41:使者との対話(1)
「初めまして、ルーシェ様。私はデルニス王子を守護する第五近衛隊所属、リチャード・リスターと申します。お会いできて光栄です」
美青年は本館のサロンの床に片膝をつき、頭を下げた。
夜の闇を思わせる黒髪。蒼穹を切り取ったような深い青の目。
身に纏うのはエルダークの軍服ではなく、枯れ草色のゆったりとしたローブだ。
「宮廷魔女第三位、リナリーです」
彼の隣で跪いたのは深紅のローブを纏った中年の女性だった。
緑の髪に茶色の瞳。茶色の瞳には銀の《魔力環》がくっきりと浮かんでいる。
「ご丁寧な挨拶ありがとう。でも、そんなに畏まらなくていいわ。どうぞ、座って」
扇子で口元を隠しているスザンヌに同席を許されたルーシェは長椅子に座ったまま、わざと偉そうに振る舞った。
ルーシェはもうエルダークの公爵令嬢ではない。
王宮の使者だからといって媚び諂う義理もない。
護衛役として立つジオは明らかに不快そうな顔でエルダークからやってきた二人の使者を見ている。
彼は腰に剣を下げていて、いつでも抜ける状態だった。
(人を平手打ちして、悪魔呼ばわりしておいて、いまさら何よ?)
ルーシェの胸の奥では怒りの炎が燃え上がっている。
それでも話を聞く気になったのは、《国守りの魔女》を讃え、心から感謝してくれた人間が確かにいたからだ。
もしもエルダークの国民すべてが魔法学校にいた連中のように恩知らずだったなら、ルーシェは対話さえ拒絶していたことだろう。
「ありがとうございます」
二人は頭を下げて長椅子に座り直した。
どうやらデルニスは二人に礼を尽くすように厳命しているらしい。
「まずはデルニス様がルーシェ様に大変ご不快な思いをさせてしまったことを、主人に代わって深くお詫び申し上げます」
二人は深々と頭を下げた。
さすがに同情心が沸き、ルーシェは努めて柔らかい声をかけた。
「……その件に関しては殿下が直接わたしに詫びるべきことであって、あなた方が謝ることではないわ。それより用件を聞かせてちょうだい」
「はい。ルーシェ様の後任を務められたパトリシアは率直に申し上げて能力不足でした。現在エルダークでは魔獣の被害が続出しております。謁見の間にて陛下や大臣たちから厳しく糾弾されたパトリシアは魔法学校でルーシェ様を陥れ、濡れ衣を着せたのは自分だと洗いざらい白状しました。陛下やデルニス様は大変お怒りになり、王子に甘言を弄し、国を混乱に陥れた罪でパトリシアは国外へ追放されました。デルニス様はパトリシアを信じてしまった己の過ちを大変悔やまれております。国王陛下もルーシェ様の帰還を待ち望んでおられます。《国守りの魔女》としての報酬は倍額をお約束しますし、望むものは何でも叶えるとのお達しです。ルーシェ様、どうかエルダークに帰っていていただけませんか。偉大なる《国守りの魔女》として、再び我々をお守りください」
「お願い致します」
揃って頭を下げる二人の後頭部を見下ろして、ルーシェはふっと息を吐いた。
「……たとえどんな条件を出されようとエルダークに戻るつもりはありません。《国守りの魔女》がどれだけ大変なのかあなたたちはご存じないでしょう。《国守りの魔女》と言えば聞こえはいいでしょうが、あれは実質ただの拷問です。常時膨大な魔力を搾り取られ続け、一匹でも魔獣の侵入を許せば親の仇のように責められる。安眠できず、何をしようと気が休まることがない。その苦痛があなたたちにわかりますか?」
二人は頭を下げたまま何も言わない。
「エルダークで暮らしていたときはそれが国一番の魔力を持つ魔女に課せられた義務だから、命令に背けば殺されるからと唯々諾々と従っていましたが、いまのわたしはエルダークとは何の関係もないラスファルの魔女です。死ぬ程辛いとわかっていて、また《国守りの魔女》になるなんて絶対にご免です。たった一人で国全土を覆う結界を張るなんて、土台無理な話だったんですよ。《国守りの魔女》の称号に相応しい魔女がいないなら、国中の魔女を集めて交代しながら分担して国を守ればいいでしょうと国王陛下にお伝えください。どうかお引き取りを」
冷たい声で言うと、リチャードは顔を上げた。
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