42:使者との対話(2)
「……困りましたね。私はルーシェ様を連れ帰るまで国には戻れないのです」
「ではラスファルで暮らされたらいかがですか? 働き口はたくさんありますよ」
にっこり笑っての提案を、リチャードは曖昧な微笑みを浮かべて受け流した。
「ときにルーシェ様。あなたはジオ様と同じくファレナ孤児院のご出身だと聞いておりますが、メリナという少女をご存知でしょうか?」
「……ええ」
魔法学校を出た後、立ち寄った孤児院で「《国守りの魔女》様だー!」と無邪気に讃えてくれた少女だ。
何故彼女の名前がここで上がるのか。嫌な予感がして、肯定は少し遅れた。
「メリナは王都から少し離れた街で暮らす老夫婦に引き取られたのですが、運悪く魔獣に襲われ、大怪我を負ったそうですよ」
(あの子が……!?)
内心に激しい動揺が走る。
「幸い、治癒魔法の使い手がいたため大事には至らなかったようですが。このまま《国守りの魔女》が現れなければ、メリナのように魔獣に襲われる被害者は増え続ける一方でしょうね」
「…………」
「ちょっと待て。被害者が何人出ようがルーシェには何の関係もねーことだろうが。余計な情報を与えてルーシェを惑すんじゃねーよクソ騎士。だからテメーは嫌いなんだ」
俯いたルーシェを見て黙っていられなくなったらしく、ジオが口を挟んだ。
どうやらリチャードとジオは顔見知りであるらしい。
「失礼致しました」
リチャードはまたも頭を下げて口を噤んだが、彼の言葉はルーシェの心に突き刺さったまま抜けようとしない。
(また《国守りの魔女》をやるなんて絶対嫌。でも……わたしならいまエルダークを襲ってる魔獣を全部弾くことができる)
結界魔法以外は全く駄目なルーシェだが。
唯一使える結界魔法だけは、大魔導師リュオンに「生涯かけてもおれはルーシェの域には辿り着けない。この精度の結界魔法を使える魔女はルーシェしかいない」と言わしめたのだ。
「…………どうするの?」
長い長い沈黙を挟んで、スザンヌが問いかけてきた。
「エルダークに帰るつもりがないならそれで結構。使者たちを追い返して、このままラスファルの魔女として暮らしなさい」
「……でも、もしエルダークの王が納得せず、武力行使に訴えてきたら……」
スカートを握る。
「そのときは迎え撃つまでよ。まさか貴女、エルダークの兵士にラスファルの兵士が負けるとでも思っているの? わたくしたちが手塩に掛けて育てた兵士は常勝無敗、加えてこちらには大魔導師リュオンまでいるのよ? 負ける理由が見当たらないわ」
スザンヌは扇子で口元を隠したまま目を細めた。
(……まあ確かに、大魔導師に加えてセラもいるんじゃエルダークに勝ち目はないわよね……)
魔法で冗談のように吹っ飛ばされるエルダークの兵士たちを想像して、ルーシェは苦笑した。
「……スザンヌ様。申し訳ございません。一週間ほど休暇をいただけませんか」
ルーシェは立ち上がり、銀髪を垂らして頭を下げた。
「エルダークの《国守りの魔女》になるつもりはありません。これからもラスファルの魔女として働きたいと思っています。ですが、どうしてもエルダークのことが心配なんです。嫌な思い出もたくさんありますが、良い思い出だってあるんです」
《国守りの魔女》様と讃えてくれた人々の顔を思い出してしまっては、もう知らぬふりはできない。
不格好な手作りのクッキーをくれた子どもがいた。
抱えきれないほどの花をくれた素敵な男性もいた。
いつもありがとうね、と微笑んでくれた老婆もいたのだ。
「魔獣を追い払ったら、なるべく早く戻ってきます。ですからどうか、お願いします」
「待てよ。ルーシェが行くならオレも行く」
ぐいっと横から腕を引っ張られた。
ジオは決意を秘めた強い目でルーシェを見つめている。
「でも、ジオにはユリウス様の護衛としての仕事が――」
「お前がどんな目に遭わされるかわかったもんじゃねーのに、一人で行かせられるかよ。監禁されて強引に《国守りの魔女》に据えられた挙句、またあの馬鹿王子と婚約させられそうになったらどうする」
「…………そのときは死ぬ気で暴れるわ」
想像だけで寒気が走り、ルーシェは自分の腕を摩った。
「お願いします、スザンヌ様。オレもルーシェと一緒に行かせてください」
ジオはルーシェの隣で頭を下げた。
「……ルーシェがいなくなってしまったらユリウスの護衛にも身が入らないでしょうね。わたくしが欲しいのは腕の立つ護衛であって、恋人の安否を気にする腑抜けではなくってよ」
「じゃあ……!」
期待に満ちた顔をしたジオを見つめてスザンヌは頷いた。
「ええ、良くってよ。ジオが不在の間はユリウスの護衛は他の者に任せましょう。なるべく早く帰って来なさい」
「はい、ありがとうございます!」
頭を下げたジオから視線をルーシェへと移動させて、スザンヌが口を開く。
「ルーシェもよ。貴女はラスファルの魔女、すなわちわたくしとバートラムのモノ。エルダークの《国守り》になるなんて許さないわ」
スザンヌは白い繊手を伸ばしてルーシェの頬に触れた。
スザンヌがこうして自分に触れるのは初めてだった。
「いやルーシェはオレのモノ――」
謎の口論になりそうだったため、ルーシェはジオの腕を軽く叩いて黙らせた。
「ありがとうございます。必ず帰ってきます」
ルーシェは理解ある主人に向かって、深々と頭を下げた。
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