第7話 そして『毒抜き』が始まる

 変な言い方だけど、決戦の舞台は私が取引停止を言い渡された部屋の隣。

 そこはかなり広い部屋で、六人が中に入っても全然余裕がある。


 六人。

 そう、この場にいるのは六人だ。


 私、ピュリファ。

 彼女、トキシーさん。

 それと、クレィブさん。


 向かい側には、グウェンさん。

 あと二人、筋骨隆々の大柄な戦士と、蒼い宝玉をあしらった杖を持つ魔導士。


 それが『エストラ一党』のエストラさんとカーレンさんだ。

 エストラさんは『暁の戦士』の異名で呼ばれるリーダーで、Sランク冒険者。

 カーレンさんは『蒼杖』の異名を呼ばれるサブリーダーで、Aランク冒険者。


 共に、冒険者の街アーネチカを代表する超有名人だ。

 そして同時に、私のポーションにクレームをつけてきたのも、この二人だった。


 この人達に対して、私はどんな感情を向ければいいんだろう。

 本来であれば、私みたいな新米では話すこともできないような立場の人達だ。


 恐れも、憧れもある。

 でも同時に憤りもあるし、苛立ちもあった。


 それに加えて――、グウェンさんと、クレィグさん。


 アーネチカの街を表と裏で牛耳る、事実上の街の最高権力者の二人。

 私はこれから、そんな人達と話をしなければならない。


 私なんかが?

 私みたいな新米如きが……?


「それは違うさ、ピュリィ」

「え……」


 俯きかけていた私の肩をポンと叩いたのは、トキシーさんだった。


「俯いちゃダメだよ。自ら『自分は弱いです』と言っているようなモノさ」

「だって、それは――」

「今、この場で一番立場が強いのはキミだぜ? 最強で無敵。大正義で大勝利だよ」


 えええええええええええええええええええええええええええええ?


「オイ」


 トキシーさんが私にウィンクしてくれたそのとき、誰かが声をかけてくる。

 それは、部屋の真ん中に置かれたテーブルに着席しているエストラさんだった。


「グウェンさんよ、こりゃ何だ? 俺達との打ち合わせはどうなったんだ?」


 見た目二十代後半ほどの、色の濃い金髪をしたエストラさんが不満げに腕を組む。

 そしてジロリをこっちを睨みつけてくる。その眼光に、私はビクリを震える。


「この小娘は何だ? 魔導士か? 新人のようだが、何でここにいるんだ?」

「ぁ、その、あぅ……」


 エストラさんに見据えられて、私はすっかり委縮する。

 だけど、ここでもトキシーさんが助けてくれた。


「オイオイ、エストラ君。それはないんじゃないかな? キミ、この子に散々世話になっておいて脅しをかけるのかい? いやはや、信じられないSランク様だな」

「……黙れよ『毒血の魔女ダーケンブラッド』。世話が、何だって?」


 エストラさんは苦々しそうに顔をしかめながら、だけど確認をしようとする。


「ポーションさ。キミ、絶賛してたらしいじゃないか。この子が作るポーション」


 トキシーさんが私の方をチラリと見て、そんなことを言う。


「ポーション……?」


 エストラさんはそう呟き、一瞬キョトンとなったあとで――、


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」


 ガタンッ!


「ひっ……」


 絶叫と、椅子が鳴らした激しい音に、私はビクッと震えた。

 その間に、エストラさんはこっちに近寄ってきて、いきなり私の手を取る。


「あんたがあのポーションを作った錬金術師なのかァ! いや、あれはいいな! あのポーションは最高だ! 今後も是非、買わせてもらおうと思ってるよ!」

「ぇ、……え?」


 そう語るエストラさんに、私は呆けるしかない。

 何、この人……?

 すごい怖い目で私を睨んだかと思えば、いきなりこんな、人懐っこい笑顔で……。


「相変わらずキミは単純だね。さすがはアーネチカの街を代表する単細胞だよ」


 トキシーさんが肩をすくめて、罵倒としか思えない評価を語る。

 た、単細胞……?


「黙れ、トキシアナ! 俺は思ったことをそのまま言ってるだけだァ!」

「すごいな、この『暁の戦士』。自分は何も考えてませんと公言しちゃったぞ?」

「何だとォ!?」


 エストラさんが気色ばむ。

 でも、ごめんなさい。割と私も、トキシーさんと同意見です……。


「いい加減にしろ、エストラ。丸め込まれかけてるぞ、おまえ」


 そこで、大声を出すばかりのエストラさんとは対照的な、冷ややかで平坦な声。

 彼の隣に座っていた『蒼杖』のカーレンさんだった。


 見た目からは年齢が想像しにくいけど、多分、エストラさんと同年代。

 声は男性にしては高めで、エストラさんとは真逆の、物静かな印象が強かった。


「それに、あのポーションの製作者だと?」


 今度はカーレンさんが、私のことを静かに見つめてくる。

 さすがに待ってと言いたい。どうして街の英雄に立て続けに睨まれてるのよ、私。


「思い出せ、エストラ」

「お、何だよ、カーレン?」


「あのポーションの製作者ってことは、先日の一件を引き起こした元凶でもあるってことだぞ。それについて、グウェンさんに報告したばっかりだろうが。忘れたか」

「…………。――おお! いや、忘れてない、忘れてないぞ!」

「嘘だな。今、おまえ、必死になって思い出してただろう。顔を見ればわかるぞ」


 騒ぐエストラさんにカーレンさんは随分と冷ややかな目を向ける。

 これが、街の英雄と称される『エストラ一党』のリーダーとサブリーダー。

 何か、想像してたのと違う……。


「そうだな」


 と、ここでグウェンさんが口を挟んでくる。


「俺はカーレンから『買ったポーションに不良品が混じっていた』という報告を受けて問題の二本を受け取り、鑑定した。結果、それは確かに基準を下回るものだった。二本ともピュリファが作ったものだ。だからピュリファとの取引を打ち切り――」

「作っていません」


 私が、彼を遮る。


「……何?」

「私の作るポーションに、そんな不良品はありません。何回もチェックしています。何度も何度も確認して、不良品なんて絶対に混じるはずがないんです」


 グウェンさんに向かって、私は言う。

 これだけは譲れない。何度否定されたって、これだけは、絶対に譲れない。


「混ざってたんだよ、実際に」


 言ったのは、カーレンさんだった。


「先週からのダンジョン調査。そのときに俺達はギルドでポーションを十本購入した。俺達が向かったダンジョンはなかなかの難物でな、生息するモンスターもヤバめで、ヒーラーの魔力は底を尽き、ポーションも八本使って残り二本になってた」

「つまり、最後に残った二本が、その不良品だった、と……?」


 トキシーさんに尋ねられ、カーレンさんは顔をきつく歪めながらもうなずく。


「ダンジョン調査もいよいよ大詰め、最後の部屋を調査する寸前ってところだった」

「ああ、ありゃあ、ひどかったなぁ……」


 カーレンさんの説明に、エストラさんも同調を示す。

 彼は短い髪を掻きながら当時を思い出しているようで、天井を軽く見上げて、


「仲間は多少余力を残してたんだが、肝心の俺がギリギリでな。けど、いつも買ってるポーションの回復量なら行けると思って九本目を口につけたんだが、これがまぁ、不味くてなァ~……。しかも全然回復もしないと来たモンだ。ビックリしたぜ」


 エストラさんが小さく舌を出していかにも渋い顔を見せる。

 隣に立つカーレンさんもそのときを思い出しているのか、忌々しげな顔つきだ。


「九本目は使えない。そう判断して十本目に手をつけたが、これも不味い! そして効かない! 結局、それが決め手になってダンジョン探索は中止になっちまった」

「エストラは壁役兼アタッカーだからな。こいつが働けなきゃ、ウチは戦力半減だ」

「そんな……」


 語る二人に、私はショックを受ける。

 不良品だったポーションが原因で『エストラ一党』の依頼は失敗したことになる。


「おまえのせいだぞ、錬金術師」

「え……」


 カーレンさんが向ける冷たい視線に、私は背筋を冷たくする。


「おまえが作ったポーションの中に不良品が混じっていた。それが原因で俺達の依頼は失敗したんだ。おまえがそう主張しようが、それが現実なんだよ。まぁ――」


 と、今度はカーレンさんはグウェンさんの方へ目線を映す。


「ロクに一本一本確認せず、そのまま売りに出すギルドにも責任の幾ばくかはあると思うがな。……その辺、どう思いますか、ギルドマスター?」

「……それについては、申し開きのしようもない。ピュリファを信頼しすぎていた」


 な――、この人達……!?

 絶句する私の前で、グウェンさんは申し訳なさげに下を向き、語り出す。


「エストラの言う通り、ピュリファが作るポーションは非常に質が高い。しかもこれまで納品されたものはほとんどムラがなく、質も均一に保たれていた。だから我々も彼女に任せっきりになっていた部分はあった。――たかが十五の新米なのにな」

「たかが、って……! その言い草はあんまりです、グウェンさん!」

「黙れ、ピュリファッ!」


 私は反論しようとするが、グウェンさんはさらにその上から私を一喝する。


「絶対に不良品が混じることはない、と言ったな。これまでは事実、その通りだった。しかしすでに不良品は出てしまったんだ。それなのに、おまえはそれでも『あり得ない』と言ったんだぞ。動かぬ証拠があるのにも関わらず、だ!」

「それは本当のことです。私の作るポーションに、不良品なんてありません!」

「とんだ自惚れだな」


 私が必死になって抗弁しても、グウェンさんはそれに聞く耳を持とうともしない。


「その自惚れが、おまえの中に驕りと油断を生じさせたんだろう。取引停止は正解だったな。この街の錬金術師全員が、おまえのせいで評判を落とすところだったぞ」

「そんなこと、私は――」


 さらに私が反論しようとした、その矢先だった。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 大声、豪快、大爆笑。

 広い部屋を響かせるかのような、まさしく抱腹絶倒の大笑い。

 それは、トキシーさんの笑い声だった。


「ダ~メだこりゃ! ここまで笑かしてくれるとは、さすがのわたしも思ってなかったよ! ゴメンねぇ~、クレィブ君。お先に楽しませてもらってるよォ~!」

「いいねぇ、羨ましい。俺も早くあんたさんみてぇに大笑いしてぇモンだわ~」


 クックと押し殺しきれない笑いを漏らす彼女へ、クレィブさんも肩をすくめる。


「な、何だ……!」


 笑われているのは自分だと察し、グウェンさんが顔を赤くして二人をねめつける。


「いやはや、今のは最高の言いがかりだったよ、グウェン君。こうなると、いよいよキミの『ドゲザ』も楽しみになるってモンさ。もちろん、そっちの二人もね」

「ぐ、トキシアナ、貴様……!」

「本当に、毒まみれだなぁ、キミ達は。よく生きてられると思うよ」


 トキシーさんが『毒』というワードをそこで口に出す。


「何だ『毒血の魔女』。その『毒』ってのは? 俺は見ての通り、健康だ!」


 そこでエストラさんが「ムンッ」と肉体を誇示するポーズをとる。

 何か、この人だけみんなと違う空気を吸ってる気がする……。


「フフフフフ、違うよエストラ君。わたしの言う『毒』は、命にかかわるものじゃない。意識と心を侵す『見えない毒』さ。ま、キミもしっかり蝕まれてるんだけどね」

「何ィィィィィィィィィィィッ!? オイ、カーレン、解毒剤! 解毒剤!」

「安心しろよ、エストラ君。その『毒』をこれからわたしが抜いてあげるからさ」


 慌てふためくエストラさんへ、トキシーさんが言う。

 しかし、エストラさんはそんな彼女を怪しむような目で見て、呟いた。


「『毒』を抜く? 『毒使いポイジン』のおまえがか?」


 ああ、やっぱりそうなのか。確認はしていなかったけど予想はしていた。

 トキシーさんは、毒を専門に扱う錬金術師『毒使い』だったのか。


「そうだね、解毒は本来であれば『薬師メディシン』であるピュリィの領分だろう。でも、残念なことに彼女も『見えない毒』に蝕まれていてね。だからわたしがやるんだよ」


 そして、トキシーさんは部屋にいる全員をグルリと見渡す。

 さらにそこにクレィブさんは、一言付け加えた。


「こいつは闇ギルドのギルドマスターである俺っちも了承した話し合いさ。いくら天下の『エストラ一党』様でも、退席は許されんぜェ~?」


 クレィブさんがわざわざ闇ギルドのギルドマスターの称号を持ち出した。

 どうやらそれは、私が思っているよりずっと遥かに重い意味を持っているようだ。


 途端に引き締まったエストラさんとカーレンさんの顔を見ればわかる。

 グウェンさんも取り乱して、クレィブさんに詰め寄ろうとする。


「本気か、クレィブ。貴様、本気でこの魔女の与太話に乗るのか……!」

「確認が遅いよ、グウェン君」


 答えたのは、トキシーさんだった。

 彼女は席に座って、余裕そうにテーブルに肘をついて笑っている。


「それよりもさ、そろそろ持ってきてくれないか?」

「な、何を……?」

「決まってるだろ、キミがさっき動かぬ証拠とか言ってた、例の不良品だよ」


 不良品。

 この一件の始まりとなった、エストラさんの冒険を邪魔した、二本のポーション。


「ギルドで保管してあるんだろ? 今ならまだ廃棄されてないと思うけど?」

「ぐ、確かにあるが……」

「じゃあ、すぐに持ってきてくれよ。でないと『すでに廃棄されてました』とか言われちゃいそうだからね。あ、これからやるのはナシね? 闇ギルドは怖いからね?」


 トキシーさん、面と向かって冒険者ギルドの一番エラい人を脅してる……。

 もしかして、私はとんでもない人に頼ってしまったのではないだろうか。


 私がそんなことを思っているうちに、職員が問題のポーションを運んでくる。

 テーブルの上に置かれたそれは、封が開けられた使いかけ。


 入れ物は、いつも私が使っている安物のガラスの小瓶だ。

 中身は、私のポーションと同じ色合いをしている。ように見える。


「……匂いを」


 私は、片方を手に取ってふたを開けて、軽く匂いを嗅いでみる。


「ぅ……」


 ツンとした刺激臭が、私の鼻の奥に不快な感覚を催させる。


「どうだい、ピュリィ?」

「これは、私が作ったものじゃありません」


 すぐにふたをして、私はポーションをテーブルに戻した。

 飲んで確かめるまでもない。

 こんなモノ、こんな酷い出来のモノが、私のポーションであるはずがない。


「何をバカな。自分で作っておいて、その言いようか」

「なぁ、ピュリファ。いい加減、自分の失敗を認めたらどうだ? 見苦しいぞ?」


 カーレンさんが私を鼻で笑って、グウェンさんが憐れむような目を向けてくる。

 だがそれに、またトキシーさんが笑うのだ。


「どうだい、トキシー。無様なモンだろ? これが『見えない毒』の猛威なのさ」


 そう言った彼女の声にあるのが、揺るぎない絶対の自信。確信。

 森で、私にメギドダケの串焼きを差し出してきたときと同じ声だった。


「それじゃあ『毒抜き』を始めよう」


 濃いピンクの髪を手で掻き上げてヴェールのように広げ、トキシーさんは言った。


「まず言うけどね、そこにあるポーションを作ったのは『エストラ一党』さ」


 そして告げられたのは、場を震撼せしめる一言だった。

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