第8話 金の卵を産む雌鶏か、黄金の雄鶏か
静まり返った部屋の中で、トキシーさんは語る。
「なぁ、グウェン君よ、これは単なる確認なんだけど、ピュリィのポーションはすぐに売り切れてたんじゃないかな? それこそ、店に出したその日のうちにだ」
「……ああ」
つっけんどんな応答ながらも、グウェンさんはそれを認める。
先のトキシーさんの言葉に、てっきり怒鳴って反論でもすると思っていたのに。
見れば、エストラさんは不思議そうに首をかしげている。
トキシーさんの話を全く理解できていない顔だ。本当にあの人、『暁の戦士』?
一方で隣のカーレンさんは、死んでいるかと思うくらいに無表情。無反応。
こちらは、何を考えているのか窺い知れない不気味さがある。
でも、同時にそのたたずまいは確かに高ランク冒険者としての重みを感じさせる。
ただの新米でしかない私なんかとは、天と地ほどの差もあるように思えた。
「ちなみにわたしはねぇ、この場で一番価値がある存在はピュリィだと思ってるよ」
「…………。――ひゃいッ!?」
え、ちょ、トキシーさん? トキシーさん!?
「ぶっちゃけるとねぇ、ピュリィは冒険者ギルドのマスターであるグウェン君やAランク冒険者のカーレン君とSランク冒険者のエストラ君なんかより、ずぅ~っと、ずぅ~~~~っと、遥かに、遥ッッかに、価値がある人物なんだよねぇ~! 傑物だよ、傑物! それについてはこのわたしが保証しようじゃないか!」
「何を全身全霊、力一杯ぶっちゃけてるんですかァァァァァ――――ッ!?」
「ファンだからね。推しのことは自慢したいだろ?」
初めて聞いた。
初めて聞いたよ、トキシーさんが私のファンとかッ!
「まぁ、だからさ――」
トキシーさんが、一転して眼鏡の奥の瞳を鋭く冷たいものに変える。
猫から魔物へ。まるでそんなイメージの瞬転。私は、言葉を告げられなくなる。
「この場にいる全員に、今一度再確認してほしいんだよ。ピュリィの作るポーションが、どれほどのモノであるのか。という点についてね」
「それを俺達が確認して、それでどうなるというんだ……?」
トキシーさんの視線の先で、グウェンさんが彼女を睨み返している。
気のせいだろうか、グウェンさんの顔色が少しだけ青くなっているように見える。
「まぁまぁ、それはのちのちわかるさ。順序立てて、一つずつしっかりと、誰でも、それこそ子供でも理解できるようにやっていこうじゃないか。なぁ、グウェン君」
「……チッ」
頬杖を突くトキシーさんに、グウェンさんが返すのは舌打ちだけだった。
「あのなッ!」
と、堂々と腕組みをしているアーネチカの英雄エストラさんが、口を開いた。
「俺も、そう思うぞ!」
……何が?
「俺もそこのピュリィっていうポーション作った子が、一番スゴいと思う!」
「え……」
「ぉ、おい、エストラ!」
いきなりの彼の肯定に、私は抜けた声を漏らし、カーレンさんは血相を変える。
だが、腕組みしたエストラさんは、完全な不動で、私には岩のように見えた。
「だってそうだろ。あんなスゴいポーションを作れるヤツがスゴくないはずがない! だから、ピュリィはスゴい! うん、反論の隙が無いアタマのいいロンリだ!」
どうしよう、エストラさんの言い分に頭の悪さしか感じないんだけど……。
でも、彼の主張はカーレンさんとしては看過できないようで、
「エストラ、何を言ってる! こんな小娘が数多の死線を踏み越えてきた俺達よりも偉いだと? おまえは何を考えてるんだ! 自分の立場を自覚してないのか!?」
私を指さして『小娘』呼ばわりするカーレンさんに、でも、エストラさんは、
「カーレンこそ、何言ってンだ?」
「……何?」
「俺達は冒険者だ。ただの冒険者だ。ランクが高いからって、何でそれで俺達が偉いってことになるんだ? 俺達はみんなと同じで依頼を受けてこなすだけだろ?」
平然と語るエストラさんに、私と驚かされた。
冒険者は報酬の次に名声を求め、金銭の次に名誉を尊ぶ。そんな認識だったから。
「おまえ、本気で言ってるのか? おまえはSランク冒険者なんだぞ!?」
「おう、だから色んな所で冒険ができて、嬉しいよな! ランクが低いままだと、行っちゃいけない場所とかあるモンなぁ~。それは楽しくないぜ!」
詰め寄るカーレンさんに、エストラさんは屈託なく笑ってそう答える。
その笑顔は、彼がただの『冒険好き』であることを私に知らしめるに十分だった。
「でもよぉ、そんな俺達を支えてくれるのが、ピュリィみたいな人が作るポーションとか、毒消しとか、そういうアイテムだろ? だったら、やっぱそれを作る人達の方がスゲェって思うんだけどなぁ、俺。何か、間違ったこと言ってるか?」
それを、さも当然のことのように、エストラさんは語る。
私は、唖然となりながらトキシーさんを見た。
トキシーさんは、やっぱり笑っていた。
いつものように楽しげに、何かを面白がるような笑みを、浮かべていた。
そして彼女が、話を引き継いだ。
「そう、冒険者の活動を支えている大きな柱の一つがアイテムだ。特に、ピュリィの作るポーションは、同価格帯の商品の中でも抜きんでた効能を持つ。だからすぐになくなる。――真っ先に買い漁るのは高ランク冒険者の皆様方だろうけどね」
え、わ、私のポーション、そんなに人気があったの……?
正直にいえば、寝耳に水だった。
自信はあったし、自負もある。でもそんな買い漁るとまで言われる程だとは。
「ピュリィのポーションの優れたところは、効果の高さもあるけど、その効果の割に値段がお手軽なところと、全てのポーションの品質が均一なところにある。これは買い手としては非常に嬉しいことのはずだ。そうだろ、エストラ君?」
「おう、他の錬金術師のポーションは、割と出来にムラがあるからなぁ~」
水を向けられたエストラさんが、うんうんと何度もうなずいてくれる。
それだけで、私は変な心強さを感じていた。彼は、私の味方なんだと思いかけた。
「そう、効果が高くて質にムラがない。ピュリィのポーションは高級品ではないけど上級品だった。だから、高ランク冒険者の多くがピュリィのポーションを求めた」
トキシーさんが話を進めていく。
彼女の語る内容は非常に簡潔にまとめられていて、聞いていてスッと入ってくる。
「ではそれで、他の錬金術師が作るポーションによって商売敵になるかというと、別にそんなことはない。何故なら、ポーションに対する需要は常に莫大だからだ。冒険者だけじゃない。職人だって商人だって、町人だって農民だって、みんなポーションを使う。ピュリィ一人の供給量で、それらの需要に追いつくはずがない」
それはそうだ。まさしくトキシーさんの言う通り。
自分は、質には自信はあるが、供給については私より上なんていくらでもいる。
「十年に渡る冒険者ギルドの錬金術師の地位向上運動のおかげで、少なくともアーネチカの街では『魔王事変』に端を発する錬金術師への偏見のも薄まってきてる。おかげで事変直後は『悪魔の薬』扱いされてたポーションも、すっかりとまではいかないけど、需要もだいぶ戻りつつある。喜ばしい話だね」
十年前はポーションが『悪魔の薬』扱いされていた。
それは、私も初めて聞く話で、いかに『魔王事変』の爪跡が深いかが知れた。
「冒険者ギルドの方針として、ポーションは全て定められた範囲内の価格で安く提供され、高品質=高価格とはならない。つまり、価格競争なんて発生しようがなく、商売敵なんていう概念自体、この話に持ち込むのはナンセンスってことさ」
「……バカが」
トキシーさんの説明の真っ最中、突然、カーレンさんが笑って彼女を罵倒した。
「そこの小娘のポーションが人気だったから何だっていうんだ? 実際に俺達は不良品を掴まされたんだぞ。俺達は被害者だ。それなのに、言うに事欠いてその不良品を作ったのが俺達『エストラ一党』だと? それはどんな言いがかりだ!」
「ああ、カーレンの言う通りだな」
次いで、グウェンさんが彼に同調した。
「ピュリファのポーションの質が高かろうと、それで他の錬金術師よりも特別扱いすることなどできん。不良品を出した以上、規約に従い粛々と対処するしか――」
「しなよ、特別扱い」
「な……ッ!?」
トキシーさんは、こともなげにそれを言ってのける。グウェンさんは絶句。
そして、そばで聞いている私も絶句。そんな、特別扱いって……!
「ピュリィのポーションにはそれだけの価値があるって、今、長々と説明したばかりじゃないか。Sランク冒険者がそれを認めたんだよ? だったら素直に特別扱いするのがあるべき対応じゃないかとわたしは思うんだけどね? ね、エストラ君?」
「お~。よくわかんね~けど、ピュリィのポーションが買えなくなるのはヤだな!」
「エストラ、おまえはどっちの味方なんだ!?」
カーレンさんが絶叫に近しい声を響かせる。
だいぶ、私もエストラさんのことがわかってきた。この人、おっきぃ男の子だ。
多分だけど、カーレンさんの言い分が正しいと思ったら、そっちに賛同する。
敵味方じゃない。エストラさんは、そういう人なんだ。
「ピュリファを特別扱いしろ、だと? バカを言うな、トキシアナ。ピュリファはポーションの作成以外には何ら実績がない新人だぞ? どうして冒険者ギルドがたかが一人の新人錬金術師におもねらなきゃいけない。できるはずがないだろう!」
たかが、と、言われてしまった。
ギルドマスターの立場にあるグウェンさんからすれば、それは当然の認識だ。
でも、やっぱり私はその言い方に反発を覚える。
せめてもの抵抗に、私は彼を思いっきりキツく睨もうとする。しかし、
「――金の卵を産む雌鶏を焼いて食べるどころの話じゃないなぁ、それは」
嘲笑。
トキシーさんの、グウェンさんへの、露骨なまでの嘲り。
「クレィブ君、どうかな? 今のはかなりポイントの高いギャグだと思うんだけど、キミから見て、今のグウェン君はいかほどの点数をあげられるかな?」
「いやはや……、俺も驚いたぜ、トキシーちゃんよ。こいつは参った。諸手を挙げて喜び勇んで降参するしかねぇわ。確かにこりゃあ、最高の娯楽だぜ。0点だけどな」
「おやおや、笑いに厳しい男だね、キミは」
トキシーさんとクレィブさんが二人だけで笑っている。
そして、目の前で自分への嘲笑を見せつけられたグウェンさんが、体を震わす。
「貴様ら……ッ」
「辺境伯様から直々の御依頼だったらしいねぇ、グウェンさんよぉ~」
「何……?」
グウェンさんが激発する直前、クレィブさんが機先を制してその話題を出した。
「そちらの英雄さんらが失敗したっていうダンジョン探索のお話さぁ~。国境近くで見つかったダンジョンなんて、辺境伯からすれば厄介極まりないモンな。中に何があるかもわかんないし、モンスターの大発生なんて起きて隣国に被害が出たら外交問題にも発展しかねない。早々に潰したいに決まってるわなぁ~」
「そ、それが何だというんだ……ッ!」
いきなりダンジョンの話を始めたクレィブさんに、グウェンさんが狼狽する。
何だろうか、この反応。探られて痛い腹を探られたかのような――、
「『エストラ一党』は英雄さ。それこそ近くの街や村だけじゃない。辺境伯領全域にその名を轟かす、本当の意味での英雄。そしてグウェン君は、その英雄が所属する冒険者ギルドのギルドマスター。英雄の後援者というワケだ。大変、名誉なことだね」
さらにトキシーさんがそう続けて、そして、ため息?
「だから、ピュリィが悪いってことにしようとしたワケだ」
「……私が、ですか?」
意味がわからず、私はトキシーさんに問い返してしまう。
すると、彼女はグウェンさんに対して呆れ返った様子で「そうだよ」と一言。
「ピュリィ、グウェン君は典型的な冒険者気質なんだよ。報酬の次に名声を求め、金銭の次に名誉を尊ぶ。という感じのね。だから、自分と、自分が支援する英雄である『エストラ一党』の評判には特に気を遣っているんだ」
「はぁ、そう、なんですか……?」
トキシーさんの語る内容は、私にはいまいち掴めない。
仮にグウェンさんが今言った通りの人物だとして、一体それがどう繋がって……?
「『エストラ一党』は全力を尽くした。でも、新米錬金術師が作ったポーションが不良品だったおかげで惜しくもダンジョン探索に失敗した。悪いのはそのポーションを作った錬金術師で『エストラ一党』は悪くない。――と、まあ、そんな筋書きさ」
「そ、そんな、って……!?」
トキシーさんはツラツラと語るが、言ってる内容はメチャクチャだ。
だって、それじゃあ、そんなの、ただの責任逃れじゃないか!
「もちろん、責任逃れさ。グウェン君はね、今後、ギルドに大きな貢献をしてくれるであろう金の卵を産む雌鶏を犠牲にして、今まさに自分に栄華をもたらしてくれる育ち切った黄金の雄鶏の方を選んだのさ。実に近視眼的な判断だよね」
「ふざけるな! 侮辱はいい加減にしろ、トキシアナ!」
たまらず、といった感じで、グウェンさんがトキシーさんに向かって怒鳴る。
「俺は、ギルドの規約に従ってピュリファとの取引を停止しただけだ。それがどうして、責任逃れになる? 何を根拠に、おまえはそれを主張しているんだッ!」
グウェンさんは、顔を怒りに赤黒く染めて、血走った目を見開いている。
それはオーガのように恐ろしい形相で、私はビクリと身を震わせてしまった。
「いやぁ~、根拠かぁ~、参ったなぁ。ここまでの状況を考えて、それしか考えられないから言っただけなんだけど、根拠、根拠かぁ~。う~ん、根拠ねぇ~」
トキシーさんは、態度こそ平然としたものだが、急に腕を組み考え込んでしまう。
ここまで、それが事実だと言わんばかりの決めつけに近い物言いだったのに。
「根拠は何だ? 証拠はどこだ!? そこまで言うなら証拠を出してみろ!」
「そうだ、証拠を出せ! これだけ言いたい放題したんだから、あるんだろうな!」
グウェンさんのみならず、カーレンさんまでもが証拠を求め始める。
そういえば、と、私はここで気づく。
最初にトキシーさんが言っていた。
不良品のポーションを作ったのは私ではなく『エストラ一党』である、と。
でも、一言告げただけで、以降はそこに関する部分について全く触れていない。
そして今、彼女はグウェンさんとカーレンさんから証拠について求められている。
「――――クス」
私は、見た。
トキシーさんがそこに浮かべた笑みを、見てしまった。
これまでもずっと、彼女は常に笑顔だった。
でも違った。違ったんだ。私はそれを身が凍てつく感覚と共に思い知る。
今までトキシーさんが見せていたのは、無表情。
ただ、彼女の顔の肉が笑いを作っていただけの無表情でしかなかったのだ。
そして、今見せたものこそが、トキシーさんの本当の笑み。
艶やかに咲いた七色の毒花のような、獲物に牙を突き立てる寸前の毒蛇のような。
華々しくも毒々しい、それはまさしく、毒にまみれた魔女の笑み。
誘ったんだ。
わざわざ遠回りをして、色んなところに話題を散らして、二人を誘った。
そして散々挑発して、追い込んで、証拠を出せと言わせたんだ。
今、ここに、獲物は狩られる準備を終えた。
もはやどこにも逃げ場はないと、トキシーさんの金色の瞳が告げている。
「もちろん、見せてあげるとも。キミ達が求めてやまない
私は、『
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