第4話 盗賊と不審者

「あ、見えてきたよ〜」

「うわぁ……大きい」

 今まで手付かずの大自然や小さな町しか訪れていない僕等の瞳にその巨大な街はとても信じ難い現実離れしたものと映った。

 無味で幼稚な感想しか出てこないのも余りに驚きが甚だしいからだ。

 人の往来は活発で、ラオスしか訪れた経験のない僕達は門の端っこで立ち尽くしてしまう。

「人多いね〜」

「本当に。まさかこんなに人が集まってるなんて」

 北の賢者から教えて頂いた通り大陸の中でも活気のある町。

 色々教わったお礼に彼女の大変貌を見て頂きたいものだ。

 中央の大通りを歩いていくと様々な店が隙間なく並び、かなり幅のある筈の路も人で埋め尽くされている。

 くさむらを掻き分けるように人の間を擦り抜けて、流されまいと足速に歩んでいく。

 そしてようやく人混みを抜けた頃にはもうくたくただ。

「ふぅ〜大変だったね——あれ?」

 人心地ついて背後にいる筈のセリアに声をかけようと振り向くと、忽然と姿を消している。以前の彼女の状態ならば気紛れで何処か行ってしまったんだろうというぐらいにしか思わなかっただろうけど……

「逸れた、かぁ……」

 途中で別の波に乗ってしまったのかもしれない。若しくは路地裏に避難したのかも。

 僕はまたあの荒波の渦に飛び込むのを躊躇いながら大通りへ突入した。


「はぁ〜疲れた」

 純白のローブを身に纏い、立派ながらも使い込まれた杖を携えた少女が薄暗い路地裏を前傾姿勢で顔を些か青くしながらゆっくりと歩いている。

 端的に言えば全身で疲労を表現しているのである。

 路地裏に灯りなどある筈もなく、全くといっていい程人気がない。

 かなり不気味できな臭い様相なのだが、彼女は然程意に介してはいない。

「うん?」

 案の定というべきか。彼女の前方に刃物を持った男が立ち塞がる。勿論顔はスカーフやら布やらで覆い隠されている。

 不審に思い後退ると背後にもう二人いることに気が付く。

「高そうな服着てるなぁ〜俺らはこんなボロい薄布被ってるっていうのによぉ」

 矢張り彼女の服装は淡麗な容姿と相俟って相当人目を引くようだ。

 しかし、彼女はそのことを自覚していないらしく何か悪いことをしたのかと回顧する。

「さて、金を出してもらおうかぁ」

 統率者と思われる卑賤な男が息を弾ませながら、要求もとい脅迫する。

「お金?ないけど」

「「は?」」

 期待に胸を躍らせていた男たちは素っ頓狂な声を上げた。どうやら盗賊の勘が外れたようだ。

「そんな訳あるか!」

「いや、だから無いって」

 男は刃物を彼女の首筋に近付け、言葉の真偽を確かめようとする。

 しかし彼女は臆することなく、涙一つも浮かべずあっけらかんとしている。

「こいつ……」

 盗賊も思わずその豪胆さに気圧され、額に汗が浮かぶ。

「仕方ねぇ、杖とローブで勘弁してやる」

「は?」

 男は肩を落として妥協した積もりだったが、その一言で彼女の態度、表情は一変する。

 目は吊り上がり眉を顰め、舌打ちを繰り返す。

 あまりの豹変っぷりに盗賊たちは狼狽し、距離を取って戦闘態勢へ移行する。

「ふざけたことかしやがって、生きてきたことを後悔させてやる」

 彼女の右手に膨大なエネルギーが集中する。

「ひぃぃ……!」

「我が道を——」

 例の破壊光線を発射しようとしている途中で、頭上の気配を察し、砲口は真上へ向けられる。

「——切り拓け!」

「ッ⁉︎」

 屋根の陰に潜んでいた男は強大な覇気と殺気を感じ取り、咄嗟に身を引いてスレスレの所で躱す。

 強烈な光が辺りを照らし雲を突き抜けて大空へ突き刺さる。

 そんなことなど知らぬ彼女は次の標的へ目線を移す。

「さて——」

 だが襲ってきた三人組はいずれも倒れ伏しており、代わりに背後に気配がする。

 如何やらその男が三人を倒したらしい。

「街中であんな魔法を撃つとは……何という奴だ……」

 辺りが暗いため余計になのか、顔色の悪い男が呆れたように呟く。

 盗賊が倒され、彼女の「怒り」は解除されるが、警戒体制は未だ続いている。

 彼の服装が男達とあまり変わらなかったこと、その怪しい様子。彼女が敵と見做すには十分な判断材料だ。

「面倒だなぁ……」

「まあ待て、私は決して盗賊などでは——」

「ごちゃごちゃ五月蝿うるさい」

 少し投げ槍に光球を飛ばし、辺りが爆散する。

「話している途中に攻撃するな」

 嘆息しながら防壁を引っ込める男。

 適当に放ったとはいえ、攻撃を防がれて彼女は静かに舌打ちする。

「いい加減憤りは引いたか?」

「まあ。おじさん、弱そうだから生かしといても大丈夫かなぁって」

「随分と上から言ってくれるな……まあいい、少しお前に聞きたいことがあるんだが——」

「あ——!」

 そんな時彼女の聞き覚えのある声が耳を通り過ぎる。

「少し場所を変えるか」

「え、待っ——」

 何やら言い掛けた彼女を気にすることなく、地面に出現した白い穴が二人を吸い込んでいった。



「あっ……」

 街中を捜し回って路地裏まで足を伸ばしてそれでも一向に見つからず途方に暮れていた時、やっとセリアらしき人影を見つけたと思いきや——

 得体の知れない男が白い穴を出現させたと思うと、二人共その中へ呑み込まれていった。

 誰もいなくなってからハッと我に返って地面を凝視しても、特に細工がある訳ではなさそうだ。

 これも魔法という奴なのか。

 全く魔法の知識がない僕でも先程のが空間と空間を繋げる魔法であるだろうということは簡単に察しがついた。未だに信じられてはいないけど。

 セリアの光線よりも不可解だ。方法が全くピンとこない。

 加えて何故彼女を拐ったのか……

 いや、誘拐と決めつけるのは早いかな。もしかしたらセリアの知り合いだったのかも……

 なら僕が突撃する必要はないか。

 ただ、万が一のこともあるし、一応もう少し探ろう。

「うん?」

 情報を整理していると何か模糊とした心当たりが浮かんでくる。

 一瞬見えただけだけど、あの頭から身体全体をすっぽりと覆い隠す黒い布。

 詳らかにはわからないけれど、高度な魔法。

 知識量が乏しいあまり僕の中にはその人物の候補は一人しか浮かばなかった。

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