第2話 人形少女と欠けた親子

 斯くして僕たちはその街へ向かった。

 警備兵に調べられて初めて自分が立派な剣を持っていたことに気が付いた。

 鎧も結構高価な物らしい。しかもあんな場所に倒れていたというのに新品同様。益々自分への謎が深まった。

 セリアはというと、ボロボロローブの中は矢張り貧しい村人のような装い。

 御陰で「どこでこんな良い奴隷を買ったのか」と聞かれてしまった。

 その調子で街中でも変な目で見られ、精神的に疲れてしまった。

「その服どうにかならない?」

「どうにか、とは?」

「ほら、替えの衣服とか」

「無い」

 それだと、着替えを買うしか選択肢が無いけど、生憎——

「——やっぱり、お金がない」

 一体どうして、こんな高い買い物をしているにも拘(かかわ)らず、僕の懐には銅貨一枚すらないんだろう。

 そして、彼女は期待するまでもなく持っていないし。

「どうすれば……」

「これ」

 その声の方に目をやるとセリアが右手で持っている物に既視感を覚える。

 そう、先程倒した黒い魔物だ。

「どこから出したの、それ」

「ここらへん?」

 そう言うと彼女は何もない空間に生まれ出でた真っ黒な穴へ手を突っ込んだ。

 原理はよく解らないけれど、先の光線といい、セリアも一体何者なんだろうと新たな謎が増殖する。

「こっち……?」

「そっちって……」

 あれ、おかしいな。こんな所来たことないと思うけれど。

『買取所』

 やっぱり。

 中に入ると、皆が不思議そうな顔をする。

 この反応は最早当然。

 その中を掻き分けて彼女はずかずか入っていく。

「おい、次は俺だぞ!」

「えーっと……」

 その男の声もセリアの耳には届かず、彼女は何故か先程の魔法?をどうやったのか思い出している様子。

「あ」

 漸く例の黒い穴が開く。

「!」

 店内の人間の視線がそこに集中する。

「あった」

「‼」

 更に彼らの顔が面白いことになる。

 そして、店員が焦った様子で金銀銅が混ぜこぜになった山を差し出した。

 

「重たい」

「あんなのでこんなに貰えるなんて……」

 袋に入った通貨がチャリチャリと擦れ合って騒がしい。

 受付の人が言うには「凄く凶悪な魔物」なんだそうだ。

 何でも大陸のどこかに存在すると云われる『魔王』の手下らしい。

 そんなことを聞かされても僕達には至極どうでもいい話なのだけど。

「服屋、服屋……」

「こっち、かな」

 予想通り街の端っこにぽつりと佇む古めかしい木造の建造物。

 住居も兼ねているのだと一目で分かるような形。

「ここ?」

「多分……」

 扉を開けると少し錆びた鐘の音がする。

「いらっしゃいませ!」

 一瞬誰もいないのかと思うくらいの静寂の後、気の良さそうな男性が奥から飛び出してきた。

 外観はともかくとして、内装はとても清潔で並んでいる商品も質がよさそうだ。

 案外良い店なのではと驚嘆していると、その男性が問うてくる。

「どのような御用件で?」

「えーっと、彼女に新しい服を——」

「はて?何故賢者様のような恰好をしてらっしゃるのでしょう?」

「「賢者様?」」

 僕とセリアの聞き返す声がぴったりと重なったのに感心しながら、その男性は続ける。

「おや?てっきり賢者様に憧れてそのような装いをしているものだと」

「誰?」

「東西南北を分割して守護している四人の偉大な魔法使いのことです。もしかして、本当にご存じないんですか?」

「全く」

「知りませんね」

「?」

 店番の男性が怪訝そうに細目でじっと見てくるため、セリアと顔を見合わせて、笑われるのを覚悟で話すことに決めた。



「成程、そうでしたか」

「え? 笑わないんですか?」

「そんな真面目な表情で語られたら信じるしかないですよ」

 気が良さそうだとは思っていたけど、ここまでとは。

 こんな荒唐無稽な話信じる方が無理だと思う。

 器が大きいのか、大らかなのか、将又細かい事は気にしないのか。

 真相は解らないが、僕は僥倖を喜んだ。

「流石にそんな物は——作れるとは思いますが」

「そんな態々——」

 僕がそう言い掛けた時、彼女が金の入った袋を無言で突き出した。

「了解しました!」

 ここまできたら任せよう。

「明日には出来ると思いますので」

「そんなに早く⁉」

「ええ。なんせ暇ですから」

 何かすみません。

 申し訳なく思い、一着くらい買おうかと迷っていると、上の階からどたどたと足音がする。

「え、久しぶりのお客さん⁉」

 上の階から女の子が朗らかに笑いながら駆け下りてきた。

「こら、お客さんがいる時は下りてくるなとあれ程——」

「わぁ……お人形さんみたい。お兄さんの恋人?」

「「違う違う」」

「じゃあ、どういう関係?」

 確かにこの服装の差を見れば、不審がるのも無理はない。しかし、どういうと言われても……

「従者?」

「——それもちが」

「へぇ!じゃあ、あなたはお姫様?」

「そう、かもしれない……」

 いや、確率として無くは無いけど、一番在り得ない可能性だと思う。

僕が口を挟んでもきっぱり無視して二人は勝手に話を進める。

「それなら、華やかなドレスを着ないと!」

「いやいや、そんなものある訳——」

「——ありますよ、昔娘に頼まれて作ったものが」

「え、そんなの着れる訳ないんじゃ……」

「着る用ではなく、飾る用ですよ」

「はあ……」


斯くしてセリアは純白のドレスに身を包んで出てきた。

 相当白が好きらしい。

「うん、予想通り!」

 正に想像通りの美しさであった。

 服装を替えるだけでこんなに輝くものかと圧倒された。

「よーし、お披露目に行こうー‼」

「ちょっ――」

 無造作に扉が閉められて、男二人が置いてきぼりにされた。

 何だか外が凄く騒がしい。


「どうやって一晩過ごそう……困ったな」

「困ったら——」

「撃たないで」

 流石にドレスでは色々な意味で行動がしにくいため、町娘の服に着替えてもらった。

「——それなら家に泊まればいいよ!」

 今まで気付かなかったけど、先の女の子が付いてきている。

「そんな迷惑をかける訳には——」

「全然、大丈夫!お父さんもいいって」

 多分丸め込まれたんだろうな、店主。

 図々しくも僕達は元来た道を引き返した。

 彼にはお世話になりっぱなしだ。

「ただ……一つしか空いていないんですよ」

「構わない」

「とても有難いです」


「なんか……凄く綺麗だな」

「何も、無い」

 三つの部屋のうち唯一生活感の感じられない、空っぽの部屋。

 それはもう、宿屋よりも簡素でこの部屋だけ家から切り離されているよう。

「じゃあ、セリアはベッドに寝て。僕は床に寝るから」

「広さは十分ある」

 極めて冷静な表情で彼女は言う。

 その顔に表情と定義するだけの感情はあらず、瞳は光を灯さず、口は常に一本線。

 何とも思っていないと代弁するような冷たい視線。

 彼女は星空の方を向いて、結果的にこちらに背を向けて、寝息を立てずに安否確認すらしたくなるように眠りについた。

 一方僕はちっとも眠れない。女性が近くにいるからというのも少なからずあるが、色んな意味で彼女が気になる。

「ふぅ……」

 一息吐いて起こさないように細心の注意を払って、外へ出る。

 隣の部屋から可愛らしい寝言が聞こえ、その隣は空だった。

 裏口から出るとその人物は夜空の下に佇んでいた。

「眠れませんか?」

「ええ。分からないことが多すぎて……」

「すみませんね、ベッドが一つしかないのを失念していました」

「それも承知の上です」

 星を数えて感動していたら情けなくも口が滑ってしまった。

「あの部屋って、もしかして——」

「——はい、妻の使っていた部屋です」

「そうですか……」

 どんな問いも無礼かなと心の中に押し止めていると、店主は勝手に答え始める。

「勘違いをされているようですが、彼女は死んだ訳ではありませんし、別れてもいません」

「彼女には彼女の責務があります。偶に帰ってくることもありますよ」

「じゃあ、何故部屋の物が」

「彼女の意志です。『全て捨てるか、売り払ってくれ』と」

「どうして、そんな……」

「自分と関わりがあると知れると、命が狙われると言っていました。私は反対なんですけどね」

「彼女あっての家族です。それが欠けた時間など私には無意味だとしか感じられませんでした。今はあの子がいるのでそうも言ってられませんが」

「その人は一体——」

 成り行きでその言葉は関所を擦り抜けて出てしまった。

「——所謂賢者。南の賢者ラウルです……」

「‼」

 その答えを聞いたときその一瞬間のうちにこれまでの言動に納得がいった。

 でも、確か……

「ここはどこでしたっけ……」

「北の端の農業の町、ラオスです」

 物理的に遥か遠く。相当寂しい筈なのに、彼は静かに笑っている。

 すっと立ち上がると、振り返りながら話を続ける。

「どこへ向かうか決まっているんですか?」

「いえ、なんせ記憶喪失なもので」

「では、ここより更に北の最果てへ向かってはどうでしょうか」

「一体、そこに何が?」

「北の賢者ですよ。何でも『この世の全てを知っている』と云われる知の賢者です」

「分かりました。そうします」



 夜が明けると朝日がまぶたじ開ける。

「うん……」

 寝返りをうって目を開けると、無表情の顔面が至近距離に。

「うわぁ!」

 この声を出すのは二度目で、いずれも彼女の所為せい

「朝」

 鶏よりも目覚まし性能の高い彼女に驚き、自然と眠気が吹き飛ぶ。


「お世話になりました」

 僕に合わせてセリアもお辞儀をする。

 何も読み取れないけれど、精一杯感謝を伝えようとしている様子だ。

「じゃあね、セリア姫!」

 女の子は揶揄からかうように口にするけれど、お姫様は目線を合わせてこくりと頷くのみ。

 それでも、その子はとても嬉しそうに跳ねる。

「その服で大丈夫ですか?」

 出来上がった雪のように白いローブを見ながら、彼女は頷くだけ。

「じゃあ、今度こそ。ありがとうございました」

「はい。また尋ねて頂けると嬉しいです。その時はドレスもこしらえましょう」

 その親子を背にして、僕達は新天地へと歩き出した。


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