忘却の騎士と欠落の大賢者

四季島 佐倉

第1話 失った記憶と美しき落石

 目覚めた世界は灰色の世界。

空は鉛色で塗りたくられ、海はくすんだ青。山は白いもやがかかっている。

 ここはどこだ?僕はここの住人ではない。

その悲惨な光景を前にして、そう考えた。

何も思い出せない……

 腕の十字傷を見つける。何の手掛かりにもならない。きっと木の枝に引っ掛かれたんだろう。

 以前の記憶が全くといっていいほどない。  

 致命的な欠落。

 今いる場所は周囲に森があったのであろう丘の上。

 木は枯れ果て、獣の姿は見られない。

 見渡しても、あるのはただの焼け野原。

 グゥ……

 それにしても腹が減った。

 どこかに食い物は…… 有るわけないか。

「 ん?」

         *

ピカッ

 遥か遠くに光の筋。あれ?こっちに来てる気がするけど……

── やはりこちらに向かって飛んでくる。

 物凄い勢いで一直線に突き進む。

「 うわぁー‼」

 爆音とともに地面が削れて、地形がえぐられる。

 我ながら子供のような声を上げてしまった。無理もない。さっきまでいた場所はもうないのだから。

 顔が青ざめる。恐怖で腰が抜けてしまう。

「 は、は……」

 少し微笑した後、言葉を失う。

 記憶は曖昧だが、死への恐怖は脳にしっかり刻み込まれているようだ。

 よく見ると落ちてきたのは隕石ではない。

 透明な宝石に覆われた……

「人!?」

 暫く絶句し、再び動けなくなってしまった。

 何度も石に覆われたその人影を見る。それは女性のようだった。

 そのひらひらした衣服はお姫様のようなドレスではなく、魔法使いのものだった。

 その魔法使いは白かったであろう土塗れの所々破れたローブらしき物を羽織り、少し割れた珠を填め込んだ杖を持っている。

 本体は確かに華奢でお姫様のようではあるが、怪しい身形ですぐに魔法使いだと解ってしまう。

 一定の距離を取って周囲から眺めていると、遂に彼女は目を覚ました。

 彼女の第一声は長時間出されなかった。

 僕と目があっても、何も言わない。その人形のような固まった表情も変わらない。

 敵と見做して襲ってもこない。かと言って友好的に話しかけてくる訳でもない。

 一体何を考えているのだろう。

 我慢の限界に達した僕は待つことを諦めて、自ずから質問した。

「あなたは誰ですか?」と。

 しかし、彼女は一向に動かない。生きているのか死んでいるのかも判別が困難な程に。

 三度風が吹き過ぎてから、彼女は漸く口を開いた。

「セリア」

 再び沈黙。一口が少なすぎて、僕は反応が遅れてしまった。

「君の名前が、セリア?」

 不安になってもう一度尋ねてしまった。

 それでも人形は喋らず、代わりに折れそうな首をカクンと倒した。

 そして、また一区切りかと思った矢先、彼女は続けて声を発した。

「あなたは」

 これだけだと意味が解らないけれど、流れからして多分僕の名前を聞いているんだと思う。

 でも、僕はその答えを持ち合わせていない。

「分からない。記憶が無いんだ」

「ワカラナイ・キオクナインダ?」

 一見ただ僕の言葉を反復しているように見えるけど……

 さっきのが僕の名前だと勘違いしているようだ。

「違う、違う。僕の名前は無いんだって……」

「ナイン・ダッテ……」

 彼女は再び目を閉じる。予想するに寝ようとしているんじゃなくて、牢記しようとしているのだと思う。

 どうやら僕の名前は間違って登録されてしまったらしい。

 間違うも何も、名無しなのだけど。

 記憶作業を終えると魔法使いは宝石の中から這い出て、一緒に入っていた今にも破れそうな色褪せた紙を広げる。なんと地図だ。

 僕は僅かな希望を抱く。

 彼女の地図を背後からこっそり覗くと、何個か二つの棒を交わらせた印のようなものがいくつも書いてあった。

「ここに何が?」

「分からない。でもこれに従うしかない」

 そう言いながら、魔法使いは地図の印を指さす。

 辺りを見回して方向を確認、更に暗い洞窟の方へ逡巡せず突き進んでいく。

 しかし、真上から邪悪な気配が。

 大きく黒い飛行物体が彼女に襲い掛かる。

「とりゃぁぁー!」

 無我夢中で拳を振り被り、精一杯の力で叩いたらあっさり倒れてくれた。

 かなり肝を冷やしたが、当のセリアは全く意に介さず、ずんずんと歩みを進める。

 本当にこの怪しい人物に付いていっていいのだろうかと、自身の行く末を心配する。

「む」

 それまで絶え間なく働いていた彼女の細くしなやかな足が急に動きを止めた。

 分かれ道。右か左か。

 セリアは交互に三回ずつ左右を見たが、一向に歩き始める気配がない。

「『我が道を切り拓け』」

 その瞬間不思議な模様が浮かび、凄まじい光が輝く。

 余りの眩しさに目が開けなくなる。

 暫くして視界に入ったのは、キラキラと照り輝く太陽と、凄絶な光景。

 先程まであった筈の洞窟は殆ど全壊に近い状態になって、闇から光へ変化した。

 開いた口が塞がらないのを通り越して、何が起こったのか理解が追いつかず、茫然と陽を眺める。

「一体、何を……?」

「『困ったら使え』って書いてあった」

 それがこれか……

 遥か先の大地まで削り取って、地形を変えるほどの威力。

「街が」

「え?」

 確かに障害物が一切合財消滅した御陰で、街のようなものが地平線の奥から頭を出している。

 さっきの災害級の光線が当たらなくて本当に良かったと大きな溜め息を吐いた。

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