再就職、そしてカレンは……(終)

 結局、二ヶ月半でカレンの留学は終わってしまった。

 帰国してしばらく、カレンはなかなか夜眠ることができずに、地元のかかりつけ医に鎮静作用のある漢方薬と睡眠薬を処方してもらい、十日ほど服用していた。


 この間、仕事で忙しいはずのセイジが毎日夜に寄ってくれて、近くのコンビニで買ったスイーツやお茶を渡してくれる。

 カレンには心の余裕がなく、セイジには時間がなくてベッドインもなかなかできなかったが、十分ぐらいは部屋の中でぎゅーっとハグし合っていた。




 そんなことを半月ちょっと続けていたらカレンも立ち直ってきて、諸々の心の整理もついてきた。スキンシップの威力はすごい。


 となれば、あとは再就職だ。

 留学期間中はほったらかしだった転職サイトにログインしてみると、留学前に貰っていたオファーはすべて回答期限が切れていた。


 カレンは留学に関する経歴を追記した。

 日本の学歴なら卒業資格の有無は必須だが、さて海外の場合はどうなるか。

 学歴欄ではなく備考欄に書くのが適切かとも思ったが、転職サイトに問い合わせると学歴欄で良いそうなのでそのまま書くことにした。


 まずは語学学校。日本にも支部のある有名学校の中級1まで。


 次にカリフォルニア大学ロサンゼルス校でのオープン講座各種への参加。

 こちらが単位ゼロで学歴にならないことは百も承知なのだが、『参加履歴』として記入しておくことにした。

 邦訳も出ているビジネス書のベストセラー作家の講座もあったので、講師の名前と著書も付記しておいた。


 経歴を追加した当日から、次々と転職のオファーが来始めた。

 それから更に一週間でほぼ企業からの誘いオファーが出揃い、カレンは自分の経歴を最も高く買ってくれた日本企業に再就職を決めた。




 ところが、日本の国内企業を選んだのが失敗だったと、すぐ後悔することになった。


 就職にあたって業務内容の契約書を交わしていなかったせいで、カレンのクラウドファンディング成功や海外ツアー参加など主な経歴がまったく活かされない営業部に配属されてしまったのだ。


 そう、カレンはそこそこ華々しい経歴を構築できていたが、日本の社会に通用する資格の類はほとんど持っていなかったのだ。

 そのため社内規定に則って、一般の中途採用者と同じ扱いになってしまったのである。


 これが外資系なら間違ってもこんなお粗末な対応はされなかっただろうにと思うと悔しい。


 仲介してくれた転職サイトにも相談もしたが、やはり事前に就労内容の詳細を契約書の形で詰めていなかったのが問題だと言われてしまった。

 面接時と、入社後のオリエンテーションで人事部から口頭説明と簡単な書類を配布されるだけだったのだ。

 これには友人たちも、恋人のセイジも「今どきそんな会社あるの!?」とビックリしていた。カレン自身そう思う。


 話が違うと言ってすぐ退職してしまっても良かったのだが、カレンが配属されたのは自社商品やサービスの展示会出品部門。その営業担当となる。

 まだ量子工学を適用するまではいってなかったが、AIやバーチャルリアリティのプログラム開発には熱心な会社だった。


 カレンがこの会社に再就職を決めたのは、公式サイトの創業社長の挨拶ページで社長がニコラ・テスラの大ファンだと書かれてあったのが決め手だった。

 ニコラ・テスラはエジソンと同時代の発明家にしてライバルで、電気の交流の発見や無線機の開発など現代に欠かせない多数の発明をした天才だ。

 その中のフリーエネルギーの開発は、カレンがロサンゼルスの大学でちよっとだけ齧った量子工学の研究ともリンクするところがあった。


(思ってたような仕事ではなかったけど、会社の事業内容は面白いのよね)


 そして会社側からヘッドハンティングされただけあって給料もいい。本採用になると前職の一・三倍だ。

 試用期間は三ヶ月。そこから更に合計一年間勤めると希望部署への移動願いが出せる。

 せめてそこまで勤めてから次を考えることにした。


 展示会は週末、全国のどこかしらの会場で開催されているので常に営業や営業事務は準備や当日の設営でフル稼働。

 それこそカレンが参加したような海外での展示会もある。


 週休二日のはずだが展示会などのイベントは週末や休日に集中しているので、規則正しく週五勤務で土日休のセイジとは生活リズムがズレてしまった。




 今日もカレンは会社に泊まり込みだ。

 仮眠のためデスク脇に寝袋を敷いて潜り込む。


(もうあたしも三十二歳だ……そろそろ本気で結婚考えないと)


 セイジとも最近そんな話が出始めていた。

 留学から失意のうちに帰国した頃は二十九歳だったカレンたちだが、あっという間に三年が経ってしまった。


 この間、カレンは日本で別の語学学校に入り直して二年でビジネス英会話のコースを卒業している。

 仕事では平の営業社員から、役員秘書への打診を受けたところだった。あるいは社内の外国人スタッフ向けのアドバイザーか。

 いずれにせよ給料が上がる。結婚と妊娠出産を視野に入れて、復職しやすいほうを選びたいものだが。


(今回のイベントが終わったら時間取ってセイジ君と話してみよう。週末休み取って石垣島じっかにも一緒に行きたいのよね……)


 そうしてカレンは目を閉じた。




おわり。


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アラサー女子、人情頼りでブラック上司から逃げきります! 真義あさひ @linkstorymaker

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