カレン、失意の帰国

 そこから日本では大騒ぎになったそうだ。


 カレンから辞めた勤め先の元上司だと確認したセイジは速攻で地元の警察署に駆け込んだ。

 警察署では最初、セイジがカレンの恋人ではあってもまだ結婚もしてない他人であることを理由に動くことを渋られたらしい。


「参ったよ、うちの所長に『そういうときは堂々と婚約者だって言わなきゃ!』って怒られちまった」


 だが、その後の数日間で飴田がカレンの部屋のポストに手を突っ込んでいる場面が他の住人に目撃された。

 ついには裏手のベランダ側から室内に侵入しようとしたところを近所の人に撮影され、通報されたことで逃げていった。


「逮捕はされなかったのね……」


 そこまで不審者として目撃されてしまったなら、さすがにもう地方に戻っていっただろうと思ったら、甘かった。


 カレンは飴田をブロックしていたが、恋人のセイジは警戒のため彼のアカウントをチェックしていた。

 すると翌日、飴田のアカウントにロサンゼルス国際空港内を出てすぐのエントランスの写真が投稿されたからだ。

 ご丁寧にもまさに現地にいるのだと証明せんばかりに、日付と時刻の表示された電光掲示板を背景に自撮り撮影していた。


「カレン、安全な場所はあるか!? 俺がいいって言うまで避難してろ!」


 そこからはセイジも仕事どころではない。

 まず、カレンの元勤め先に事情を話して、飴田が転勤させられた支社に連絡を取ると、本人の無断欠勤が続いているという。


 元部下カレンの東京のアパートまで来て、更に留学先のアメリカまでストーキングしてるようだと伝えると、飴田の家族に即座に連絡を取ってくれた。

 彼らも飴田が危険人物であることは把握していたようで、行動が早かった。


 飴田の実兄がすぐロサンゼルスまで飛んだ。

 セイジも、再び警察署に向かって助けを請うた。

 この時点で、警察は飴田がカレンのアパートの郵便物を盗もうとしたことや、部屋に侵入しようとしたことを把握している。

 さすがに留学先までストーカー行為を働く飴田には腰の重かった警察側も慌てて、すぐ成田空港の所轄の警察署に連絡を入れて、飴田が帰国するなり身柄を押さえる手配をしてくれた。


「まあ、こいつがアホで助かったといえば助かったな。自分が今どこにいるか、頻繁にFacebook投稿してやがるんだから」


 カレンは現地で世話役のミスター禅の自宅に保護されたそうだ。

 彼は現地のコミュニティで顔がきくそうで、カレンの滞在していた地域の警察も飴田確保に動いてくれている。




 事態の発覚から飴田が彼の兄に発見され、強制的に帰国させられるまで三日半。

 この間、セイジは日本でほとんど仕事どころではなかったし、ロサンゼルスのカレンもミスター禅の自宅で震えているしかできず、ろくに睡眠も取れなかった。


「俺も今すぐロサンゼルスに飛んで行きたいとこだけど……」


 弁護士事務所勤めの税理士のセイジはちょうど手放せない案件を抱えていた。

 ここ数日のトラブルは所員たちの助けを借りて奔走できたが、さすがにロサンゼルスまで渡米してとなると数日では済まず、穴を開けられなかった。


 カレンの実家、石垣島の家族とも連絡を取って、誰か一人でも現地に向かってカレンをフォローしようと話し合っていたところ。


 いつもカレンが通っていた東銀座のレジンアクセサリーの会の講師義明が、宿泊先のアパートを貸した叔父と一緒に渡米してくれることになった。

 わざわざ成田空港に行く前にセイジの勤め先の弁護士事務所まで来てくれて、セイジは所長の弁護士先生と一緒に挨拶を受けた。


 この二人、以前カレンから聞いていた通りの見事な美形系のイケメンとイケオジだったが、異常事態の今はセイジに他人の外見に構っている心の余裕がなかった。

 応接室にお茶を運んでくれた事務員のおばちゃんは眼福そうにはしゃいでいたけれど。


「カレン君のことはどうしましょうか。オレたちと一緒に帰国させますか?」

「現地で……あいつの様子を見て、そのほうが良さそうだったらお願いします」


 義明の叔父が申し訳なさそうな顔になっている。


「本来ならカレン君に貸したアパートに、うちの社員を駐在か巡回かさせておくべきだった。申し訳ない」

「いえ。いくら何でもこんなトラブル、誰も予想できないですよ」


 まさか辞めた会社の元上司が、留学先の海外までストーキングする。常識では考えられないことだ。


 それから一週間の後、カレンはロサンゼルスでの語学学校の退校手続きや大学へのゲストパスの返還、世話になったミスター禅や友人たちとの別れを済ませて日本に帰国した。


 本来なら三ヶ月の予定だった短期留学を半月以上早めての帰国となってしまった。

 英会話も大学での勉強も何もかも中途半端なまま、失意の帰国だった。



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