やはりあの男子校生はヤバかった

 男子校生バイトのトラブルが片付いた頃、カレンがセイジと小料理屋ひまらやに行ってみると、これまで会わなかった常連さんがいた。


 地元の寺院の住職、通称『和尚さん』だ。

 ラクダ色のコーデュロイのシャツとジーンズにトレッキングシューズ姿の坊主頭なじいさんである。


「和尚さん、お久し振りです」

「おっ、税理士君か。久し振り、半年ぐらい会ってなかったなあ!」


 セイジは面識があったらしい。しかも税理士君と呼ばれているときた。


 その後は店主のオヤジさんの美味い肴を摘まみながら日本酒を飲み飲み、カレンが弁護士事務所を辞める寸前のトラブルを愚痴っていたところ。

 途中で和尚さんの顔色が変わった。


「お姉ちゃん、そのクソガキの名前、なんだって? 上の名前もわかる?」

「ええと、確か……岩木。岩木ナオキ君ですね」

「……その野郎、僕の孫を虐めてた奴ですよ。小中と同じ地元校でね。図工の授業で作りかけの道具を壊したり、持ち物を隠したりされたんだ」

「えええっ!?」


 世間が狭すぎる!


「それでどうなったんです?」

「小学校のときは僕がランドセルに付けてやった寺の御守りを盗られてハサミで切り刻まれてね。いくら何でも罰当たりだしふざけるなって、僕が学校に乗り込んだの」


 和尚さんの孫娘の両親は共働きだったので、特例で祖父の彼がPTAで役員をやっていたそうで。


「最後は教育委員会まで巻き込んで大騒ぎになったんだ。けど公立小だからね。相手のクソガキを退学なんかは無理だっていって、親を呼んで厳重注意で終わっちゃった」


 中学ではあらかじめ事情を学校側に話してあり、クラスは別になったそうだ。

 だが、わざわざ和尚さんの孫娘のクラスまで来て面と向かって悪口を言ってきたりが続いていた。


「幸いだったのは良い友人に恵まれて、周りに守ってもらえたことだよね」


 それで中学の間はまあまあ平穏に過ごせたそうなのだが、三年の修学旅行のとき事件が起こった。


「そいつ、修学旅行中に女子風呂を覗いたんだよ。仲間何人かと。さすがに東京まで強制送還だ。うちの孫はたまたま入浴時間ズレてて被害なかったんだけど、裸見られた女の子たちの中にはショックでカウンセリング受けた子もいたんだ」

「そういう……子だったんですか……」

「高校はうちの孫とは違うとこだよね」

「あ、そうですね。都立◯◯◯高校です」


 この話は念のため、弁護士事務所の所長に話しておいたほうがいいかもしれない。


「高校では彼の過去のこと、把握してないんでしょうか?」

「受験時の内申書に今どきそういうの書くかな?」

「私立ならまず落ちますけど、公立校だとね……」


(なるほど。あたしに向かってあんなこと言う子だもの。問題有りの訳有りだったか)




 そしてその後はそんな話も忘れていたカレンたち。

 だが、翌月2月に入って節分も過ぎた頃にセイジが仕事後にカレンのアパートに寄って、顔付きを硬くして地元新聞の切り抜きを見せてくれた。


「あのナオキって奴、バイク事故で人、殺したって……」

「えっ!?」

「しかも盗んだバイクで」

「昭和ネタ!?」


 前の職場で好きな子がいてカレンもアルバムを借りたものだった。


「その盗んだ家が、同じ高校で付き纏ってた女子生徒の家だったとかで」

「え、え、待って、ほんと待って、それって」

「……カレンもあのままあいつに気に入られてたら、何かされてたかもしれない。そう思ったらちょっと、俺も怖くなっちゃって」


 怖い、怖すぎる!


「カレン、一人暮らしじゃん。俺の実家も近くだから何かあったら遠慮なく頼ってくれ」


 例の男子校生は今後少年院に入り、出所は先のことになる。

 だが不安だ。カレンは特にストーカー紛いのブラック上司被害で会社を解雇されていることもあり。


 そこでふたりは話し合って、お互いのスマホに同意の上で位置情報を確認できる見守りアプリを入れることにした。


「どうしても居場所を知られたくないときは機能オフにできるし」

「まあ半年単位でアプリ削除するかまた考え直せばいいんじゃない?」


 スマホのカレンダーアプリの半年後に「見守りアプリどうする?」とのメモと一緒にアラーム通知設定をした。


 関わった時期は短かったが、男子校生の件は何とも後味の悪さを残して終わったのだった。


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