その男子校生は結局……
「その、失礼なことというのは、うちの息子はそちらの方に何を言ったのでしょうか?」
躊躇いがちにナオキの母親が聞いていた。
カレンはセイジ、所長の順に顔を見て、ふたりが頷いたのを見て口を開いた。
「最初、私はナオキ君に年齢を聞かれて28歳だって答えたんです。ナオキ君はそれなら全然いけるって、まあ雑談ですね。してたんですけど……」
(あーもう。これ自分の口から言うの? 気が重いなあ)
「いけるとか言われても、私は恋人がいるのでナンパは断るわって言ったんです。そうしたらナオキ君が私に『男持ちかよ、中古かよ』って言って。藤原さんはそれに怒ってナオキ君を殴ってしまいました」
「「………………」」
ナオキの両親は呆気に取られていた。
カレンたちが事前に話し合ったのは、彼の両親がどういう種類の人物かで対応が異なることだった。
ナオキと同じような自分の過失にも関わらず激昂するタイプだったら、話し合いは必然的に長期化する。場合によっては泥沼化する可能性もあった。
最悪はそれを覚悟しておくように、と所長はセイジに忠告していたのだ。
だがこの様子だと杞憂だったようだ。
「ナオキ! お前、そんなことを言ったのか!」
「あ、あなたやめて、やめてください!」
今度は実の父親に殴られかけていた。必死で母親が父親を止めている。
ここで初めて、自分の息子がカレンに何を言ったのか聞かされた両親は、頃合いを見計らって落ち着くよう所長に言われてそれぞれ我に返った。
そして何とも言えない顔になった後でカレンに対して深く頭を下げてきた。
ナオキ本人は両親の隣で不貞腐れているだけで、ここまで一言も喋っていない。もちろん謝罪の言葉もない。
「息子が失礼なことを言ってしまい、大変申し訳ありませんでした」
その後の話し合いでは、ナオキは母親に連れられて先に駐車場の車へ戻って待つことになった。
これ以上は本人がいても余計な口出しをしかねず、両親の立場が悪くなる一方だと父親が判断してのことだ。
実際に手を上げてしまったセイジは、ナオキのコブの通院にかかった医者代と薬代、診断書代を負担。
ナオキは本人都合で円満に退職ということになった。もちろん彼の高校にもそのように報告書を書いて提出する。
事務所からは怪我の見舞金として五千円だけ包んで渡すとのこと。
結果的に痛み分けだ。
「慰謝料をもぎ取るとか何とか、駐車場で騒いでましたよねえ。どうなることかと、ハラハラしました」
「まあ、弁護士事務所だからね。こういうトラブルもあるよ」
後日、父親が詫びの品を持って謝罪に来た。
弁護士事務所での話し合いの後、帰宅してから息子ナオキを問い詰めたところ、カレンに暴言を吐いたことも、そのせいでセイジに殴られたことも事実だったからだ。
そしてその詫びの品というのが、カレンの元勤め先の東銀座の老舗菓子メーカーの和菓子詰め合わせだったわけで。
事務所が出した見舞金とピッタリ同じ五千円のやつだった。
「うわーこういうところに、巡り巡って返ってきた感じですか? うわあ……」
羊羹を食べながら、何やら因縁めいたものを感じたカレンだった。
そして元勤め先の羊羹はやはり美味なのである。濃いめに入れた煎茶とよく合った。
その日の退勤後、地元のサイゼリヤで夕食を取りながらカレンとセイジは反省会をした。
「カレンは怒らなかったよな。あのクソガキに」
「うーん。まあ高校生ならギリギリ子供だし許せるかなあって。昔、従兄もあんな感じで尖った奴がいたけど、どこかで痛い目見て大人しくなったのよね」
ちなみにセイジが怒った理由といえば。
「初めてベッドインした翌日にああいうこと言われるとね。そりゃ怒るわ」
「……人の女に何言ってくれてんだって感じじゃん。そうだよ、そりゃ怒るさ」
付き合い始めたのは年末で、一緒に寝たのは年明け早々。
熱々だったところにあの男子校生が見事に水を差してくれたわけで。
「でもああいう奴は今回の件がなくたってトラブル起こしてたと思うよ」
「そうね。できたら本人にちょっとはお仕置きしたかったけど」
結局ナオキ本人はカレンにも誰にも謝ることもなく、その点だけはなあなあで終わってしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます