小料理屋ひまらや、ほや祭り

「まあ、そう何でもかんでも上手くいかないですよね」


 今日の小料理屋ひまらやでは、ほや祭りだった。

 店主のオヤジさんが小ぶりの安いほやを仕入れてきて、三杯酢用は注文ごとに捌いてくれる。


 今日の常連さんは団塊さんと院長さんだ。

 夜遅くにソースさんが来るらしいがカレンたちとは会えなさそうである。


「ほやってあたし、食べたことないです。ど、どんな感じ?」


 三杯酢のかかった薄いオレンジ色の身をひょいっと箸で摘んで、胡瓜のスライスごと恐る恐る口に運ぶ。


「!」


 不思議な食感と味だった。

 刺身でもない、貝とも違う柔らかい歯応えだ。

 味も、やはり魚や貝の刺身とは全然違う。

 ものすごい磯の香り、海の香りがする。

 オヤジさんの三杯酢の味付けがまた、ちょっと酢が強めにきいていて良い感じだ。


 次の瞬間、冷酒をきゅっと。


「ヤバいですね、これ。日本酒に合う!」

「カレンちゃん、日本酒飲める人だから好きかなって思ってたんだよね」


 オヤジさんがニコニコしながら、グラスにお代わりを注いでくれた。




 次は蒸しほやだ。

 今日は店内に入った途端、ちょっと生臭い? と思ったのだが、このほやを蒸していたせいらしい。


「ほやはね、足が速い(傷みやすい)から。でも今日のは夜明け前に三陸海岸で獲れたやつだから新鮮だよ」


 これは真っ赤な殻ごと半分にカットして、わたを取り除いた後で蒸したものだ。

 程よく水分が抜けていて、殻はぺろんと簡単に剥がれる。


「こ、これは!?」


 三杯酢で食べた生とはまるで違う。

 感触はちょっと火を通しすぎた海老の如く。

 だが味は、磯の香りのするカニっぽい!


 そのままでもほんのり塩気があったが、お醤油をちょんと付けてもまたいける。


「ヤバいですね。これも日本酒が進みます」

「だよな! 俺は子供の頃は宮城にいたんだけどさ、チューブ入りの剥き身をよくお袋が買って晩飯に出してくれてたよ。懐かしいなあ」


 常連さんの団塊さんが早くも酒で顔を赤く染めている。


「今もビニールのチューブ入りでスーパーで売ってますね。一本につき、1個半から2個くらいかな、入っているのは」

「えっ、本当ですか? 買ってきたらそのまま食べられる感じです?」

「内側のわたをできるだけ取ってからカットして、胡瓜と一緒に三杯酢が一般的だね。賞味期限を見て、加工日の翌日なら買いだね。生で食べられる。二日目だったら加熱したほうがいいね」

「なるほど〜」


 この日、カレンはほやを知る。

 そのうち捌き方も教えてもらっちゃったりして。


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