小料理屋ひまらや

 その日の退勤後、地元の最寄駅まで戻ってくると、駅の改札口で同級生セイジが待っていた。

 紺色のスーツ姿でビジネスバッグを持った姿で手を振られ、しみじみ「大人になったなあ」と思う。

 カレンの記憶にある最後の彼の姿は、中学の卒業式の日、学ラン姿で「高校行ってもお互い頑張ろうな!」と手を振ってくれた姿だったので。


 セイジのオススメの小料理屋は国道沿いにあるとのことで、歩けない距離ではなかったがバスで十分かからないとのことなので利用することにした。


 着いてみれば、カレンの自宅方向とは真逆。帰りもバスを使うことになりそうだった。


「こっちのほう、あんまり来たことないなあ」

「俺たちの中学があった地域は新興住宅地なんだよね。こっちは古い家が多いね」


 ほとんど絶滅しかかっている銭湯があったり。


 小料理屋は国道側から路地をひとつ入ったところにある小さな建物で、2階は民家になっている。

 入口に電光の看板があって、藍染の暖簾とそれぞれに『ひまらや』と筆一筆描きで店名が。


「わあ〜これはあたし一人じゃ来れないとこだわー」

「穴場だよ。食べログにレビューもないぐらい」


 中に入ると、あ、昭和の雰囲気だなあと咄嗟に思った。

 檜の明るいカウンターがあって、席もカウンター席だけ。

 ぱっと見は、寿司屋みたいな印象だった。




「どうだった?」

「ダメだった。なんか余計悪化したっていうか」


 同級生セイジのオススメの、地元の小さな小料理屋のカウンター。店主の料理人のオヤジさん一人で切り盛りしてる店だ。


 まずは、とお通しで出されたほうれん草の胡麻和えがヤバかった。

 砂糖ちょっと多めの甘じょっぱい胡麻和えは、カレンが自炊して作るときのような水っぽさもなく、よく馴染んでいておいしい。


「オヤジさん、俺はビール。こっちは胃をいためてるらしいんで……」

「じゃあ、お白湯でも」


 ささっとヤカンに水を入れて白湯を準備してくれる。


「料理はお任せしてもいいですか。青山、嫌いなものあったっけ?」

「匂いのキツいものじゃなきゃ大丈夫!」


 それから生物は大丈夫かなどいくつか聞かれて、次に出てきたのは貝料理だった。

 北寄貝が生で手に入ったとかで、生から捌いてひもは湯通しして胡瓜スライスと海藻と合わせて酢の物へ。

 身のほうはそのまま細切りにして刺身でいただいた。


「いきなり粋な料理が出てきてビックリですー」


 しかもこの店、メニューがない。

 安くて美味い店とセイジが言っていたからぼったくりではないだろうが、ちょっとだけ心臓に悪い。


 その後もわりとお腹いっぱい食べて、お酒を飲まないカレンは二千円ほどだったので、確かに安かった。


「古い店だけど、自分の家だからね。家賃がないから案外やっていけるもんだよ」


 とは店主のオヤジさん。


 この日、カレンたちがいる間は他のお客さんもいなかったので、結構長居してしまった。


 どれもハズレのない良いお店だった。


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