戦場にて踊る

囲みを食い破って中に侵入してきたのは、返り血で全身を赤く染め上げた『ニワトコ団』のレニスであった。

そのままトリュ―ル王のもとへと馬を駆けると、すれ違いざまに振るった剣は王の鎧ごと、その身体を上下真っ二つに斬り裂いたのだった。

そして下半身と別れた上半身だけが、不気味な音を立てて馬上から地面に落ちた。


「トリュ―ル王、討ち取った!!!」


その場にいる誰もが呆気にとれているうちに、レニスが勝鬨を上げた。次の瞬間、『ニワトコ団』のゾーイやその配下のものたちも勝鬨を上げながら、囲いを破って雪崩れ込んできたことで、混乱した敵兵は散り散りとなって壊走し始めた。


「ゾーイ、あとは適当に蹴散らしておけ」


「ハッ! 承知致しました、若!」


レニスは一言、ゾーイに対して声をかけると、自身は馬を降り、私の方へと歩み寄ってきた。

ちらりと、地面に横たわった王太子の死体を見やると、不敵な笑みを浮かべた。


「単身で王太子の首を獲るとは流石だな、リンドバーグの狼」


「そうか、貴方は黒獅子だったのか…!」


先ほどの王を一刀両断にしたその豪剣。そして見事に洗練された無駄のない太刀筋。

それは紛れもなくあの日、死闘を繰り広げた黒獅子のものであった。


「アリストリア帝国の将である貴方が、なぜこんなところで傭兵の真似事をしている」


「狼にやられた傷が漸く癒えたのでな。快気祝いの腕慣らしといったところだな」


「まさか…『ニワトコ団』は、貴方の配下か?」


「ご明察。『ニワトコ団』は皆、俺が率いる黒獅子騎士団の連中さ。普段は経験が少ない新兵に実戦を積ませるため、ゾーイが教育係として傭兵の真似事をさせている…それより、まずは剣を下ろしてはくれないか?」


レニスにそういわれて、初めてまだ私は剣を構えたままでいたことを自覚した。

慌てて剣を下ろし、べったりとこびりついた血のりを服の袖で拭ってから鞘に納めると、レニスは水筒を投げ渡してきた。

それを受け取り、一瞬ためらったのちに、喉の渇きには敵わず一気に飲み干した。


「俺はアリストリア帝国の第二皇子、レニスフィア・デン・アリストリアだ」


「皇子、だと?」


黒獅子が帝国の皇子であるなど初耳であった。

その悪名こそ轟いているものの、黒獅子の正体については謎が多く、リンドバーグ王国でも情報をほとんどつかめないことも、その存在を不気味な怪物じみたものとしていた。

だが、そこまで情報統制をしていた理由が、その正体が皇子であったからなどとは夢にも思わなかった。


「北の砦ではこちらだけ名乗りもせず、失礼をした。リリー・ナイトレイ殿」


「今はただのリリーだ。事情あって家名は捨てた」


「家名を捨てただと? 身分を隠して我々同様、傭兵の真似事をしていたのではないのか? リンドバーグ王国の銀郎騎士団を率いるナイトレイ侯爵家の一人娘にして、第一王子の婚約者である君が、なぜ?」


あの時、素直に名前を教えた私が悪いのだが、どうやらこちらの素性は調べ上げているらしい。だが、婚約破棄の話までは伝わっていないようだ。


「貴方に受けたこの傷のせいで、王子に婚約破棄されたんだ」


「なに?」


「仕方なく国を出て、傭兵として生きようと思ったんだが…どうやら傭兵も向いてないみたいだよ」


自分が信じる正義もなく、金のために敵を殺すこと。

実際にやってみると、戦場は戦場でしかなく、無我夢中で自分の命を守るため、敵の命を奪うために最適な剣を振るい続けるだけだった。

戦いには勝ったが、今私の胸を占めるのは虚しさばかりだった。

その虚しさに慣れ、飼いならすこともできるとは思う。

しかし、それは斯くありたいと願う自分ではない。


また違う道を探すかと吹っ切れて顔を上げると、呆然としているレニスがいたので、思わず吹き出してしまった。


「すまない。つい恨み節のようになってしまったが、婚約破棄されたのはこの顔の傷だけが原因ではないから、そんな顔をするな」


「いや、リンドバーグの王子が予想以上の愚か者で驚いていただけだ。しかし、これは何という幸運か。いや運命か。神に生まれて初めて感謝をした」


そう言うと、レニスは先日の集会の夜のように、再び血だまりの中で片膝を付き、私の手を取った。


「俺は君が欲しい。あの集会の夜の言葉に偽りはない。婚約者がいないのであれば、俺の妻となってほしい」


「はあ!!? ま、またおかしなことをっ!」


その真正面からの告白に、不覚にも心拍数が跳ね上がった。

お互いに返り血に染まり、死体がそこかしこに転がる戦場で、ムードもなにもない。

しかし、私はその熱のこもったレニスの瞳から目を離すことができないでいた。


「君にもメリットがある。君がリンドバーグにいないのであれば、次こそ北の砦を落とし、王都を蹂躙してみせる。だが、君が私の妻になってくれるのであれば、私はリンドバーグと和平を結び、君が生きている間は侵略しないと約束しよう」


「それは脅しでないか!!?」


「事実だ。それは我々と戦った君が一番理解をしているのではないか?」


そう言われると、押し黙るしかなかった。

銀狼騎士団は、先の砦の戦いでその多くが戦死し、戦力は大幅に削がれた状態にある。

人の数だけであれば補充はできるだろうが、また同様の規模の侵攻が行われた場合、練度の足りない団員たちが堪え切れるかは分の悪い賭けと言わざるを得ない。


「だ、だが私はこの顔の傷もあるし!」


「その顔の傷は戦士の誉だろう。それにその傷が君をより美しくしていると、俺は思う」


「ふ、普通の令嬢と比べて凶暴だぞ!?」


「普通の令嬢と比べるまでもなく、俺と互角に渡り合える剣士は帝国でも片手で数えるほどしかいないさ。そして俺はその強さを、好ましく思う」


「っ……!!!?」


「好きだ、リリー。俺の妻になってくれ」


レニスの手が緊張からかわずかに震えていていることを感じ、その言葉が本気であることが嫌というほど分かった。

そのため、私も覚悟を決めることとした。


「…貴方が本気なのは分かった。だが、貴方は卑怯にも銀郎騎士団に毒をもって奇襲をかけ、多くの戦友を殺した仇敵だ。同時に、武人としての貴方は畏敬の念を抱かざるを得ないほどの高みに居るのは事実であるし、先ほどは命を救ってもらったという恩もある」


「なるほど、つまり俺の妻になってくれるということか?」


「ま、待て待て! そうは言ってない!!」


慌てて否定をすると、レニスはにやりと笑ってみせた。どうやら、レニスは私をからかって遊んでいるらしい。


「ひとまず過去の遺恨は全てを水に流す。そして、まずは良き友人からというのはどうだろうか?」


「そんな悠長なことをしている時間はない。今年中に皇帝はリンドバーグを再び攻めるよう、命を下すだろう。しかし、君が俺と結婚をしてくれるのであれば、俺が必ず戦争を回避してみせよう。必要であれば帝位の簒奪もしてみせるさ」


帝位の簒奪。

それはつまり、現皇帝である父上と、自分より高位の継承権を持つ兄弟を殺すということだ。

情熱と脅しと狂気をもって、全力で口説かれている。


「結婚を選べば、戦争は回避できるということだな」


「その通りだ」


「しかし、戦争を回避する手は一つあるぞ?」


「なに?」


「貴方を今ここで、私が殺せばいい。黒獅子さえ欠けば、銀狼騎士団が遅れをとることはないだろうさ」


私が瞳に殺意を込めて睨みつけると、レニスは猫のように後ろに飛び跳ねて、すぐに臨戦態勢を取った。


「そう来たか…! そこまでして、俺との結婚は嫌か?」


「求婚自体は検討中だ。だが、結婚するにしても、しないにしても、私が脅しに屈するような女でないことを貴方には思い知らせなければならない」


私は静かに剣を再び抜きながら、そう告げた。

すると、レニスも大きくため息をついてから、柄に手を置いた。


「確かに狼の様に凶暴だよ、君は」


そうして、私たちは戦場で二人、剣と剣の火花を散らし、夢中になって踊り明かしたのだった——。

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王子をかばって顔に傷を負った令嬢は、婚約破棄されたので傭兵になります。 なつも @fukunats

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