出奔して傭兵となる

「お嬢様はこれからどうなされるんですか?」


「身の振り方を考えないとね。さすがに王子の元婚約者である私が再び戦場に出ることは国が許可しないだろうし、かといって婚約破棄された傷物の私に新しい婚約者が現れるとも思えない」


「お嬢様はこの国を救った英雄ですよ! それなのに、なんでそんな仕打ちを受けねばならないのですか…! 王子のせいですよね? 私が王子を殺せばどうにかなりますか!?」


「とりあえず落ち着こうか、マリア。王子殺しても状況悪化するだけだから」


私の代わりに涙を目にたたえながら意味不明な方向で怒ってくれるマリアの素直さにくすぐったさを覚えた。

この可愛い大事なメイドのこの先の幸せを、願わずにはいられなかった。


「このまま屋敷にこもって後ろ指をさされながら余生を過ごすというのは性に合わないし、私の取り柄と言ったら磨いてきたこの武芸しかない。となると家名を捨てて王国を離れ、別の国で軍人になるか、傭兵になるかといったところかな」


「お嬢様! 私もついていきます!」


「駄目だ」


食って掛かる勢いで、私に同行することを提案してきたマリアの鼻先を人差し指で押しとどめた。


「しばらくは自分の生活基盤を築くので精一杯だろう。マリアは足手まといになる」


「そんな…」


「もし安定して稼げるようになったら連絡するさ。今の給金以上は約束するから、その時はまた私に仕えてくれるか?」


「はい…はい! 喜んで!」


そう簡単にマリアを雇えるほど稼げるようにならないだろうことはわかっていた。

だが、こうでも言わないと本当について来かねないマリアの素直な性格も知っていた。

感極まったように、そういって私の胸に飛び込んできたマリアを抱きとめ、その頭を撫でてやりながらふと、私にもこれくらいの可愛げがあれば婚約破棄されなかったのかもなと思い、少し切なくなった。



その翌日には身支度を済ませて、母上に別れの挨拶をしてから、出奔した。

母上も朝には冷静さを取り戻しており、私が他国へと逃れることに賛成をしてくれた。そして金貨の詰まった巾着と、本当は嫁入りの際に渡すつもりだったという、海の色を溶かし込んだような碧の宝石があしらわれた首飾りをもらい受けた。


母上の家に代々伝わる家宝らしく、いざとなればその首飾りを売って生計を立てろと言ってくれたが、私は静かに首を横に振ってその場で首から下げた。その日以来、私は寝る時も肌身離さず、その首飾りを大事に守っている。


ちなみにその場で私も腰あたりまである銀髪を、首元辺りでバッサリ切った。少なくとも旅の間は無用なトラブルに巻き込まれないよう男の格好をするつもりであったし、王子の婚約者になってから伸ばし続けていた髪と別れることに、清々した気分にもなった。


そして、最低限の武装と荷物を持って乗合馬車に乗り継ぎ、王都を離れて西へ西へと移動していった。

一週間後には国境の街に着き、そこからは足取りがつかまれぬよう街道を外れて山に入り、尾根沿いに歩き続けること4日、遂にキュリジオ連邦の街の一つにたどり着いた。


キュリジオ連邦は、大国であるリンドバーグ王国とアリストリア帝国に国境を接しているため、両国からの独立を保つべく複数の小国が同盟を組んで誕生した連邦であった。

大国に比べれば資源も乏しく農作地も貧しく、そのため同盟を組んではいるものの、小国同士の小さな争いが絶えない土地でもある。


かといって大国のように大規模の常備兵を養えるほど豊かな国もないため、傭兵の需要が常に絶えず、自然と数多くの傭兵団が生まれて消えを繰り返している。

つまり傭兵天国なのである。


傭兵と一言にいっても、軍隊並みに規律の取れた傭兵団もあれば、ゴロツキや山賊と変わらないような連中が集まった傭兵団も存在する。というより、後者の方が圧倒的に大多数を占めるのが現実だ。そのため、私もキュリジオ連邦に到着してからひと月かけて街を転々とし、まずは傭兵団に関する情報を集めた。


連邦内でも勇名が轟く傭兵団は『紅蓮の烏団』『ニワトコ団』『双頭の毒蛇団』の三つ。


『紅蓮の烏団』は連邦内でも最も所属する傭兵の人数が多く、常に三百人前後の構成員がある大所帯の傭兵団だった。傭兵団内の役職も細分化され、兵の連携もそれなりのレベルにあった。

『ニワトコ団』は、百人ほどの中規模の傭兵団だが、その一人一人が精鋭であり、特に団長を務めるゾーイという傭兵は、鬼神のごとき強さであるとのことだった。

『双頭の毒蛇団』は、三つの中で圧倒的に評判が悪く、金に汚く、手段を択ばず、汚れ仕事も積極的に請け負うということで、周りの傭兵団からも忌み嫌われていた。だが、その実力に関しては誰も疑う者はいない。


その中で私が選んだのは、『双頭の毒蛇団』だった。

理由は単純で、『双頭の毒蛇団』の団長が双子の女傭兵であったからだ。

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