突如聖女が現れ、飛行船でブン殴る!!

 馬によって更なる機動力を手に入れた聖女たちは、真っすぐ王都郊外の空港へと向かっていた。王都の地理をよく知るセシリアの導きで聖女が馬を走らせていると、遠くの空に銀色の流線形の物体が飛んでいるのが見える。

 目を凝らして見れば、軍旗が描かれているのが確認できた。つまり、軍用の硬式飛行船であり、それは邪龍神の心臓がそれによって持ち去られたことも意味していた。


「遅かった!」


 セシリアが悲鳴を上げるが、聖女はまだ諦めていない。まずは空港に行ってみてから、次の手を考えたかった。

 しばらく馬を走らせ続けると街が不自然に区切られて、かなり広い平地が現れる。ここは王都近郊の飛行船発着場、つまりは空港。今は真っ暗だが、よく目を凝らしてみると、いくつかある飛行船を格納するための建屋が見え、その内の一つが空になっているのが分かる。

 二人は空港の中でまだ明かりがついている建屋へと向かって行く。そして、その建物にようやくたどり着くと、馬を乗り捨て、ノブを回しながら扉を何度も叩いた。


「誰か!」


 聖女が外からそう声をかけると、扉の向こうから鍵が開けられる音。すると、中から作業着を着た老人が現れる。察するに、先ほど遠くに見た軍の飛行船に関係がある地上作業員だろうか。

 聖女が一瞬警戒するも、老人は目の前の聖女を一目見ると彼女の前で跪いて最敬礼をする。聖女はそれに天秤を掲げて礼を返し、老人はしばらく祈ってから立ち上がって感激の表情をする。

 そんな老人を見れば、聖女は警戒心を完全に解くというものだ。


「聖女様と会えるとは……長生きはするのものですな」

「申し訳ありませんが、ご老人。我々は先ほど飛び立った飛行船を追いかけたいのです。可能ですか?」


 聖女はまず、説明は後回にしてでも要求を伝える。すると、老人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら頭を掻く。


「先ほど、と言うと、軍の?」

「はい」


 聖女がすぐに首肯すると、老人は困った顔になってしまう。


「一応、明日朝一の飛行のために整備されている一機がありますが……」

「では、それを動かしてください」

「いや、でもですねえ……」


 流石に聖女の頼みと言えど、自分のものではないものを動かす事はできない。そもそも、整備は済ませてあると言っても、格納庫から引っ張り出して起動するのも人手がいる。他にも、明日、本来の所有者にどう説明するのかも検討がつかない。

 老人が流石に渋っていると、後ろに控えていたセシリアが前に出る。そして、真剣な表情で頭を下げた。


「この国の存亡の危機、事は一刻を争います。ブレントフォード家からもお願いいたします。責任は我々が最後まで取りますので、なにとぞ」

「むむむ……」


 ブレントフォード家と言えば、この王国でも五指の指に入る名家であり、王家に直接仕えるお家。そして、そんな家の娘子が責任を取るとまで言っているのだ、それに『国存亡の危機』とまで言われれば冗談ではないのだろう。

 しばらく考えた老人は心の中でしっかりと決断してから頷いた。


「分かりました。若い衆を呼びましょう。まだ起きているはずです」


 セシリアと聖女は顔を見合わせ、事態が好転したことに笑顔になってしまう。一方の老人は建屋に入って、怒号を発した。


「おい!出てこい、野郎ども!聖女様のお役に立てるぞ!」

「冗談きついぜ!ジジイ!」

「そうッス!もう今日は上がりッス!」


 部屋の奥から聞こえてくるのは、文句の声。しかし、奥から出てきた作業服を半脱ぎにした男たちが冗談ではなく本当に存在した聖女のことを見ると、慌てて服を着直しながら奥に引っ込んでしまう。

 老人はそんな男共にため息をつき、聖女達に向き直り、二人のことを中に招く。


「ささ、聖女様方、準備が終わるまではごゆっくり」

「いいえ、そういうわけにもいきません。最悪、空中で飛び移る必要があります」

「は?」

「え?」


 聖女のその言葉に老人は口をポカンと開け、セシリアは目を剥いて聖女のことを見る。だが、聖女は恐らくはそうなるだろうことを予期していた。


「あちらは軍用機、何をしてくるかわかりません。攻撃をしてきた場合、無理やりにでも飛びつき、あなた方には離脱してもらいます」


 老人とセシリアが絶句する中、聖女はこれは決定事項だと言わんばかりに宣言し、それに老人は禿が目立つ頭を掻き、セシリアはなるほど確かにと頷きながら一人決意に満ちた表情をする。


「そのためには、あの機体の設計図でもあればよいのですが……」


 その言葉には、奥の扉から手だけを出した作業員の言葉が応えた。


「ありますよぉ!あれはここでメンテナンスしてますからね!と言うか、そこまで構造は変わりません!」

「そうでさあ!ちょっと外装が丈夫で、外装と水素タンクの間に空間装甲があるくらいさ!っちゅうか、パイロットどうすんすか?」


 老人の言う若い衆がぞろぞろと出てくると、聖女の前で略式の礼を取っていく。それに対して聖女は心を込めて天秤を掲げ、最大限の礼を返すのだった。

 礼をした整備員が格納庫に走って行って離陸準備を進める中、聖女とセシリアは持ってこられた軍用硬式飛行船の設計図を広げてそれを見る。


「大きいですね」

「ええ。とても大きい。これなら飛び移れそうです」


 全長900フィート(275m)、流線形の外殻の最も直径が大きい部分は140フィート(45m)ともなる大型の飛行船。硬式とは、外殻やそれを支えるフレームが存在することを示し、その外殻は薄くともできうる限り頑丈な物だ。

 聖女とセシリアが設計図を精査していくと、飛行船の上部から下部にかけてパイプ・シャフトが幾本も柱のように設置されているのを確認する。それはメンテナンス、排気、その他の目的のために、最上部のハッチによって船内と船外とが行き来できるようになっているのも見てとれた。


「ハッチ含め、人一人なら余裕で通れますね。梯子もちゃんとありますし」


 聖女が寸法を読み取ってそう呟き、セシリアも頷く。飛行船から飛行船へと飛び移るとなると、最上部にしか乗ることはできないので、侵入するならここしかない。

 ハッチから侵入できることを確認すると、二人は格納庫まで行き、近くの整備員を捕まえてそれの開け方を尋ねる。


「ドライバーで開けられるッス。後で持ってくるッス」

「お願いします」


 聖女が軽く頭を下げ、整備員が飛行船を格納庫の外へと出すために走っていく。その彼と入れ代わりに格納庫へと入って来るのは制服を着た男。彼は聖女のことを見つけると、帽子を取りながら聖女の方へとやってきた。


「こんばんは。私が今回のフライトを担当するもんです」

「こんばんは。よろしくお願いします」


 機長と聖女とセシリアが握手をして挨拶をすると、三人は飛行船へと乗り込むためにタラップを登っていく。その間に聖女は機長へと問いかける。


「機長、彼らの進路はわかりますか?」

「フライト・プランは提出されてねえですが、奴等南東方面の気象情報を収集してました。まずはそっちに向かって、最後は目視ですな」


 南東方面と聞いてセシリアは心当たりがあると声をあげる。


「ダントン辺境伯領がある方角ですね」

「追いつけるでしょうか?」

「可能ですとも!あっちは防御力をあげるために速度を若干犠牲にしとりますからね!こっちの方が早さも高度も取れるんでさあ!

 それでは、コクピットはこちらなので!」


 飛行船の最下層へと乗り込んだ三人。機長はそのまま、少しでも重量を減らすために壁もない通路を歩いて、前方へと歩いていく。後に残された聖女とセシリアは、飛行船の下層中央部分の部屋ゴンドラに入るための扉を開く。


「頼もしい限りです」


 聖女がそう言いながらゴンドラへと入っていく。ゴンドラ内部は豪華な一室になっていて、グランドピアノすら置いてあり、見ればベッドルームもあるらしかった。セシリアはそのベッドルームを見つけると、聖女の手を取って彼女に声をかける。


「聖女様、しばらく休みましょう」

「いや……そういうわけには」


 散々、錫杖を振るい街を走り、精神力を相応に使う神判を連発していた聖女はその実疲れていた。だが、聖女としてここで一人だけ休むのは気が引ける。

 セシリアはそう渋る聖女をベッドルームまで手を引っ張って導くと、彼女のことを強引にベットに座らせる。ベッドはふかふかで、聖女が座るだけで深く沈み込む。

 見れば花も飾ってあって、聖女が他人ごとのように『固定してあるのかな』などと思っていると、セシリアはあらぬ方向を見る聖女を覗き込むように額を合わせた。


「仮眠をとってください。連絡などは私が受け取りますから」


 聖女は鼻が触れ合うほど間近にある、セシリアの微笑みにわずかに頬に朱を染めて、こくこくと頷くのだった。




『聖女様ぁ!見つけやした!ダントン辺境伯領に奴ら一直線でさあ!』


 ふかふかのベッドで仮眠をとっていた聖女は、突如響いた声に飛び起きる。

 半身を起こした聖女がその声の方を見ると、そこには伝声管が。そして、窓の方を見れば、前方にスポットライトで照らされた銀色の流線形の機体。月明りが無いゆえに、スポットライトの光で飛行船は不気味に浮かび上がっていたが、聖女はいささかも恐怖を覚えず、代わりに強い使命感を溢れさせていた。


「聖女様!」


 聖女が目標の飛行船を観察しながら乱れた身だしなみを整えていると、ベッドルームの扉が開いてセシリアの声。


「準備はできています」


 聖女はそう言って錫杖を手に取り、軽く鳴らす。体力を回復させたらしい聖女にセシリアが力強く頷くと、二人はそろってゴンドラを出て下層の通路に出る。その通路は、流線型の外殻の先端から最後方までを外殻の形に沿って伸びていたが、少しでも重量を削減するために骨組みばかりで、外殻の内面や浮遊のための水素が充填されたタンクまで見ることができた。

 普通の客はゴンドラから出ないからこのように殺風景でもよいのだ。付け加えるなら、この構造は今追っている軍用機でも同じだ。

 聖女とセシリアはエンジン音が反響するその通路を渡って、飛行船から吊り下げられる形になっているコクピットまで歩いていく。そして、二人がコクピットに降りようとした時、激しく船体が揺れ、下に押し付けられるような重量感が襲い掛かる。


「マジかよ!」

「おい!奴ら撃ってきやがったぞ!正気か!?」


 コクピットの扉を開けば、機長と副機長が悪態をつきながら操舵輪を回していた。機体を左右に貫く軸と平行の軸を持つ操舵輪で、機首の上下ピッチを操作しているのだ。それに加え、前後の軸を平行とする操舵輪が正面にあり、それで左右に傾く回転軸ロールを操作し、こちらの操作であちらの飛行船へと近付いていた。

 セシリアが船体の揺れに振られながら機長へと声を投げかける。


「大丈夫ですか!?」

「問題ねえ!完全に上方を取れば、向こうからは死角でさあ!」


 機長はそう言って笑って見せる。先ほどから感じ続けている下方向への圧力は急上昇をしているがゆえの慣性だった。

 コクピットの良く開けた視界からは、曳光弾を断続的に発射する軍用機、こちらの上昇に合わせて向こうも上昇しているらしかったが、こちらの方が上昇速度が速く、距離も徐々に近づいているのが見えた。


「この分ならやはり、我は向こうに飛び移ります。機長、あちらの上方前方に位置を取ってください!」

「聖女様!マジで行くんですかい?」


 機長が操舵輪から手を離さず、聖女の言う通りにしながら問いかける。


「行きます!こちらとあちらの高度差はどれくらいになるか分かりますか?」

「300フィートまでは近付いてみせる!それ以上はキツイ!」

「では、そこまでお願いします!」


 聖女は頭を下げてコクピットを出ていく。そして、下層通路に戻れば、すぐに前方に走っていき、上へと登る梯子があるパイプ・シャフトへと到達する。そこには、安全帯をつけた整備員が待っていて、片手にクランクのついた鉄の棒を持っていた。


「聖女様!これで上部のハッチを開けられるッス」

「ありがとうございます」

「俺らには何が何やらわかりませんが、奴らがやべえやつってのはわかったッス。ハッチは俺が閉めますんで、そのまま行っちまってくださいッス。御武運を!」


 聖女がお礼を言って梯子を上っていく。そして、最上部にすぐに到達すると、そこのハッチを開けようとする。すると、同じようにパイプ・シャフト内を上がってきて、聖女の隣まで登り切る人間がいた。

 髪を束ねて服の中にしまい込んだセシリアだった。


「セシリア様!」

「私も行きます」


 聖女はハッチを開けるためのハンドルを回しながら首を振る。


「駄目です。危険すぎます」

「ならば逆に聞きますが、聖女様は本当に向こうに飛び移れるとお思いですか?」


 セシリアは硬い表情をする聖女に問いかけた。聖女はその問いかけに、ハンドルを回し切った後、ハッチに手をかけたまま押し黙る。

 飛行船は時速100km近く、高度も3000m、揺れも激しい、外は凄まじい風も吹いているだろう。極めつけは相対速度や、相手の動きが分からぬまま100m近く飛び降りなければいけないことだ。


「私ならば多少は軌道を修正できます。やってみせます」


 セシリアは、唇を噛む聖女の横顔に向かって意志の強い視線を向ける。聖女はそれに何秒か目をつぶって考え、やがて頷いた。


「分かりました」


 聖女は目を開けて、セシリアと視線を交える。


「ハッチを開けたら、真っすぐ後方へと走って、そのまま飛び移ります」


 聖女がそう言えば、セシリアも確かに頷く。そして、下から梯子を上って来る音。


「聖女様ァ!もう行けるッス!」

「分かりました!後はよろしくお願いします!」


 聖女は下の作業員に声をかけてセシリアに目を向けた。


「しっかり掴まってください!」

「はい!」


 セシリアは聖女の首に両腕を回し、聖女は彼女の腰を強く抱く。そして、ハッチを肩を使って押し上げようとすると、少し開いただけで風圧により、一瞬にしてハッチがガダンッと音を鳴らして全開になる。

 ハッチから吹き込む余りに冷たい風に二人は顔をしかめつつも、聖女は体を出していき、やがて腰をかがめながら、全速の飛行船の上に現れる。

 上を見れば満天の星空、少し目線を下げれば銀色の流線形描く船体、まっすぐ前を見れば地平線。美しい景色なれども、今は楽しんでいる余裕は無し!


「行きますよ!」


 聖女はハッチの穴の淵を踏み台にし勢いをつけ、風を背に全速で走り始めた!


「おぉぉぉぉおおおお!!」


 助走は200m!背中に受ける風で加速していく聖女!

 狼より速く!馬よりも、鳥よりも速く!

 聖女は垂直尾翼横を猛スピードで通り過ぎ、全力で飛び上がった!


「飛びまぁぁす!!」


 踏み切った一瞬だけ強く下へ引っ張られる感覚!そして、すぐに浮遊感!

 二人は二つの飛行船の間を落下していく!

 だが、軍用機はこちらを振り切ろうとしていたのか、旋回をしていた!


【風よ!風よ!シルフの息吹!】

【我らを運びたまえ!】

【世界巡る風のように!】

【風に乗る鳥のように!】


 セシリアは強い風にも負けずに目を開け、必死に呪文を唱える!

 そして、その魔法は実を成し、何もない所へ落ちかけていた二人を風で押す!

 伸びる飛距離、逃げる軍用機へと横にズレていく落下地点!


「ぉぉぉおおおおお!!」


 聖女は片手で錫杖を掲げ、みるみるうちに大きくなる銀色の船体に突き出した!

 果たして錫杖は、固く薄い金属板を貫いた!

 金属板が裂け、二人が勢いのまま滑っていくが、内部の支持骨格に錫杖が引っかかり、何とか停止することができた!


「聖女様!!ハッチ!!」


 そして、セシリアがハッチをすぐに見つけ、そちらを指さす。聖女はすぐさま錫杖を抜くと、そちらへと風にも負けずに走っていく。相変わらずすさまじい風量ではあったが、二人は何とかそこへとたどり着き、ドライバーを突き刺す。

 そして、聖女がドライバーを回している最中、セシリアは今まで乗ってきた飛行船を振り返る。その飛行船からは、光量があるサーチライトがこちらを向いていて、それが何度か瞬くと、やがて無事に離脱していく。


「セシリア様!!私が先に入ります!!ハッチを閉めてください!!」

「はい!!」


 聖女はハッチを開くと、その奥にあるパイプ・シャフトを覗き込む。すると、パイプ・シャフトの中間点、恐らくは船体中層の通路から、こちらに向かって指を指す兵士が見えた。

 その兵士がこちらに向かって梯子を上り始めるのを認めると、聖女はドライバーを引き抜いて、それを思いっきりパイプ・シャフト内へと投擲する。

 果たしてドライバーは兵士のヘルメットに着弾し、彼は梯子をずり落ちていく。


「付いてきて!!」


 聖女は相手が状況を立て直す前にと、すぐさま梯子に手だけを添えて自由落下していく。途中で梯子を握って落下速度を落としながら、最速で細い中央通路へと降りたつと、そこでは前後に兵士がいて、サーベル片手に取り囲み待ち構えていた!


「お覚悟!!」


 兵士が前後から聖女に向かってサーベルを振り下ろす!

 しかし!聖女は錫杖をまずは前に突き、そしてすぐさま石突を後ろに突く!


                「聖誅!」

             ――PUNISHMEN†――

        神速!前後を取られた程度で、聖女はひるまない!


 残心する間もなく、聖女は追加の敵がいないかを油断なく索敵する。

 飛行船の軸部分に当たる中央通路にはもう兵士はおらず、パイプ・シャフトの残り半分を見下ろせばこちらに視線を向ける兵士の影。


「聖女様!」


 やがてハッチを閉じて降りてきたセシリアが合流する。

 ここはまだ機体後方の中層部分。邪龍神の心臓がどこにあるかは分からないが、恐らくは飛行船の下層であることは推測できる。なら、次へ向かうべきはそこ。

 聖女は下を覗き込み、待ち受けんとする兵士を確認すると、顔をあげてセシリアと目を合わせた。


「このまま下層へ突入します!」

「はい!」


 聖女はパイプ・シャフトへと身を躍らせると、次は梯子に手をかけようともせずに落下を始める!それに下の兵士が驚いた表情をするが、聖女は両足でパイプ・シャフトの壁面を何度か蹴って落下速度を制御。

 そして、サーベルがギリギリ届かない地点で、聖女は足を突っ張ってパイプ・シャフトの途中で急停止!そのまま錫杖を突き出した!


                「聖誅!」

             ――PUNISHMEN†――

        驚き固まるなかれ!兵士は見開いた目を閉じ昏倒!


 聖女が突っ張っていた足を閉じれば、また身長二つ分ほど落下、そして、最下層の通路へと無事に降り立った。そこにいたのは一人の兵士、彼はサーベルを聖女へと向けて投擲!

 聖女、これには驚き、思わず体を捻って避けてしまう!

 聖女はすぐにそれを後悔、だが、もう遅い!

 サーベルはあらぬ方向へ飛んでいき、水素タンクを傷つけた!


「我々の理想をジャマするなぁ!」


 愚かな兵士、彼はそう言いながら聖女へと次はピストルの銃口を向けた!


「止めなさい!」


 聖女は錫杖を突き出してそれを止めようとするが、一瞬間に合わず!

 錫杖に弾かれたためにあらぬ方を向いた銃口から弾丸が放たれてしまう!

 

「この!大馬鹿者!」


 聖女は暴発の危険を認知し、次は錫杖ではなく、接近して自らの手でその兵士の襟をつかむと、彼のことを引き倒す。そして、そのまま制圧しながら、サーベルと弾丸が飛んでいった水素タンクへと目を向ける。

 水素タンクの素材は特殊な牛の腸の外膜、ある程度丈夫とはいえ、サーベルと弾丸ともなるとひとたまりもない!

 聖女が水素タンクを観察すればそこには裂け目ができていた!


「馬鹿ヤロォ!」


 先ほどまで気絶していた兵士もゆっくりと起き上がり、弾丸を放った兵士に向かって悪態をつく。一方の聖女はパイプ・シャフトを降りている途中だったセシリアを見上げて、声をかける。


「セシリア様はもう一度上に昇って、伸びている二人を前方へと運んでください!」

「は、はい!」


 降りてきたセシリアはすぐさま中層へととんぼ返り。聖女は彼女に任せておけば大丈夫だろうと、目の前のピストルを発射した愚か者を一旦完全に気絶させる。


「聖女様、で、伝声管を!」


 一方の、起き上がりつつあった未だに痛みに頭を振る兵士がそう声をかけると、聖女は辺りを見回して伝声管を見つけそれへと飛びつく。


「メーデーメーデーメーデー!機体後方でタンクの破損による水素漏れが発生!」

『――なんだって!?』


 伝声管から機長の物と思しき声が聞こえてくると共に、女性の悲鳴のような、何かが引き裂ける音が響く!

 聖女が振り返れば、タンクの亀裂が急速に広がっているではないか!

 さしもの聖女もこれには顔を青くさせる。そして、倒れていた兵士がなんとか立ち上がりながら苦し気な声をあげた。


「13番タンク!」

「破損個所は13番タンク!亀裂が酷くなっている!火災の危険もあり!」


 聖女は兵士の言わんとすることをすぐに理解し、伝声管で報告をしてから彼に肩を貸そうとする。しかし、彼はそれを首を振って固辞し、床で伸びている愚か者へと目を向けた。


「俺は大丈夫だ。そいつを運んでやってくれ」

「分かりました」


 聖女は伸びている男を俵担ぎにすると、通路を走っていく。そして、前方からは消化器と工具箱を持った3人組が走って来る。聖女は通路脇に寄って彼らを先に通り過ぎさせ、その後は中央に鎮座する部屋ゴンドラまで走った。

 そして、やってきた機体下層中央部分のゴンドラ、通常では爆弾や観測機械が置かれているのであろう広い部屋の中央には、大の大人が蹲った大きさほどもあるブラック・オニキスが鎮座していた。

 白い線が幾筋か入った以外は光を反射せぬ漆黒色のそれは、禍々しい気配を持ち、聖女はその気配にごくりと生唾を飲む。


「これが邪龍神の心臓」

「そうです、聖女様。これが邪龍神の心臓」


 聖女の呟きに答えたのは、ゴンドラ内にいた胸にいくつもの勲章を付けた男。はっと我に返った聖女がそちらの方を向き、その間に彼が右手を挙げれば、ゴンドラ内にいた兵士五人がサーベルを抜き、扇状に聖女のことを半包囲する。


「大人しく投降してくださると嬉しいのですが」


 隊長のその言葉に、聖女は首を振りながらここまで運んできた兵士のことをそっと床に下ろす。そんな彼女の動作にも油断なくサーベルの切っ先を突き続ける兵士たちに、聖女は内心、この危機をどう突破するのか考えあぐねていた。

 邪龍神の心臓に囚われて、目先の危険を見逃すとは、まだ甘かったかと聖女が歯噛みする。一方の隊長は聖女のことを睨みつけながら、油断なく彼女の出方を伺う。

 ピリ、とした緊張感が走るゴンドラ内。

 聖女が手を動かしかけ、兵士たちがサーベルの切っ先を僅かに動かした。

 その時!


「伏せて!」


 聖女は背後の扉の外から飛んできたその言葉に素早く反応!

 錫杖を振りかぶりながら体を沈み込ませた!


【穿て!】


 そして、勢い良く開いた扉の奥からセシリアが突入し、右手を振るう!

 迸る魔法の閃光!それは二人の兵士のサーベルに直撃し、それを吹き飛ばした!


「聖女様!」

                「聖誅!」

             ――PUNISHMEN†――

    セシリアの声に応え、聖女は三人の兵士をひと振りで薙ぎ払う!


「なんだと!」


 あまりの聖女の早業に隊長格の男は一歩後ずさる。そして、聖女はその男へと錫杖を突き付けた!

 彼は辺りを見回すが、痛みに蹲る五人の兵士はもう役に立ちそうにない!


「手加減はしています。今すぐ避難の準備をしなさい」

「く……くそ……」


 隊長格の男が歯ぎしりしながらサーベルに手をかけたその時!


『出火ーーーー!!!』


 ゴンドラ内の伝声管から悲鳴の声!思わずこの部屋の全員がその悲鳴が飛んできた伝声管へと目を向けて、僅か数秒後。


 ボガァァァンッ!!


 けたたましい爆発音と激しい揺れ!誰も立ってはいられない!


「きゃぁっ!」

「セシリア様!」

 

 聖女はすぐさま後ろに振り返って倒れかけたセシリアを片腕で抱きかかえると、もう片方の手を壁について何とか姿勢を維持する。

 だが、ゴンドラ内部、いや、飛行船全体の水平が維持できなくなり始め、急速に後方が落ち込んでいくように傾いていく!


「くっそぉ!!総員退避!!繰り返す!!総員退避!!」


 隊長も、もはや作戦が続行不能だと悟り、伝声管にとりついて叫び声をあげる。一方の聖女も気絶させた兵士にとりつくと、彼らの事を気付けして起こしていく。

 激しい傾斜が何とか回復され始めた頃、兵士の一人が叫ぶ。


「邪龍神の心臓はいかがしたしますか!」

「置いていけ!命を優先しろ!」

「聖女様いかがいたしますか!?」

「置いていきます!」


 聖女はここに置いておけば墜落した飛行船の火災によって回収は不可能になるだろうと打算的に考えながら、セシリアに短く返す。

 そんなやり取りの間にも隊長格の男は部屋の隅に置いてあった緊急用のロッカーを開け、次々兵士へと鞄状の何か。パラシュートを投げ渡していく。

 もちろん聖女にも投げ渡されたが、彼女はそれを肩にかけつつも、ゴンドラから外へ出ていこうとする。


「聖女様!!避難用通路はそちらではありません!!」

「まだやれることがあります!!」


 聖女はセシリアにそう言い残してゴンドラから出て、骨組みだけの通路へと出る。船体後方を見れば、炎と金属がきしむ音。

 それを見た聖女は何か決意した表情をし、骨組みを頼りに通路を歩いていく。そして、それを追いかけるは、パラシュートを背負ったセシリア。彼女もまた骨組みを頼りにして何とか歩みを進める。

 やがて二人がたどり着いたのはコクピット。そこには必死に計器を見ながら水平を維持し、何とか飛行船を飛ばし続けようと奮闘するパイロット達がいた。


「聖女様!?速く退避を!」


 パイロットの内の一人がそう言うが、聖女は首を振りつつコクピットから見える外の景色に目を凝らす。

 下方には山林、少し前方には畑が広がり、その奥には城と城下町。

 城はダントン辺境伯の居城であり、城下町は辺境伯領の領都だろう。距離はまだあったが、逆に言えば目視できる範囲までもう接近していたという事だ。

 それを確認した聖女は計器を横から覗き込みながら、大声をあげる。

 

「私はこの飛行船を飛ばし続け、あの城まで行きます!」

「何馬鹿なことを言ってるんだ!」


 パイロットの罵倒にも聖女はひるまない。残りの高度と今の速度、先ほど見た炎の広がり具合から可能だと判断していたからだ。


「ダントン辺境伯の元まで今すぐに行かなければいけません!ここで地上に降りては時間がかかりすぎる!」

「何故ですか!」


 後ろから飛んできた理由を尋ねる声はセシリアの物。聖女は振り返って、彼女の肩を両手でつかんだ。


「逃げられる可能性があります。今ここで捕まえないと、また同じことを繰り返します。今、すぐ、捕まえないといけません」

「……」


 聖女のその言葉にセシリアは厳しい表情で彼女に言葉を返した。


「では、聖女様。私を連れていってください」

「それは……」

「私をダントン辺境伯の元へと連れていけないほどの危険があるならば、聖女様のその計画は最初から破綻しています」


 遠くでまた爆発音。そしてまたも飛行船が傾き始め、パイロットが後ろで水平に保つための操作をする。

 聖女は彼らの言葉を振り返って聞き、またすぐにセシリアに目を向けた。


「行けます。やります。セシリア様を連れて行ってみせます」


 そして、聖女はセシリアにしかと頷いて見せた。セシリアはその聖女の意志の強い瞳を見ればもはや反対も何もできなくなり、返事をするように頷いた。


「皆さん!退避してください!後は私が操縦します!」

「できんのかよ!」


 パイロットが一瞬振り返って聖女のことを見る。

 それに、聖女は不敵に錫杖を打ち鳴らした!


「やってみせましょう!」


 突き刺さるいくつかの疑問の視線。沈黙は爆発音と機体が軋む音が破り続ける。

 

「神に誓って!」


 聖女が天秤を掲げる!神に誓いを立てることは、それを最期までやり抜くことを意味する!もし果たせなければ、神の名のもとに神罰すら下る!

 天秤が輝き、聖女はパイロットを強く見つめる!


「もう知らねえからな!」


 パイロットはそう言って操舵輪の前を退き、聖女へと譲る。代わりにそこに立った聖女は、それをしっかりと掴んで、計器と窓から見える外の景色に気を配り始める。


「俺たちは退避する!」

「はい!」


 パイロットたちはそう言ってコクピットから次々出ていき、後に残されたのは聖女とセシリア。そして、セシリアは聖女の頼もしい背中に問いかけた。


「操縦の訓練を受けたことがおありで!?」

「ありません!が、理論と方法は頭の中に入っています!」


 セシリアは聖女のその言葉に一瞬不安になるも、すぐに首を振ってその迷いを消し去り、聖女の傍らに立つ。


「私も手伝います。指示を下さい」

「はい!」


 聖女が力強く返事をし、それを聞きながらセシリアは窓の外、視界の端にパラシュートで脱出していく兵士たちを見たのだった。

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