第5話 再会

『もう一泊します。3307 岡本彩絵』

 彼の携帯電話にダサいメッセージを送った。悪者になるのはどうだろう。おばさんが良い気になって 今時では無い手段を使う感じ。そう 古いテレビドラマみたいな。『おいおい 食われるところだったぜ。冗談に決まってるだろ。ばばあが本気になりやがったぞ。誘うか?部屋に。ったく マジかよ……』とこんな感じ。

 埋めるのが困難な年の差を目の当たりにして 彼自身 これは大きな勘違いだと気付いてくれたら良い。

(馬鹿みたいだわ。本当に面倒。興味本意の大人のふりは迷惑この上ない。ちょっとばかりビジュアルが良いからって何様よ。なんなら お望み通り食ってやるわ! )

 どんなに毒づいても『おばさんだ おばさんだ』と言いながら 自分を卑下しても 結局 行き着く先は一緒だ。私は自分を一生懸命 誤魔化そうとしてるだけだ。心の奥底にしまい込んでおきたい『期待』という文字が チラチラと見え隠れして 今にも飛び出してきそうだ。

 そしてどうやっても振り払いきれない思いに ゆらゆらと浮ついてしまいそうになる自分を ずっと前から持て余している。


(彼女にもう一度会えるかも知れない! )

 その日の夕方 僕のスマートフォンに彼女からショートメールが届く。しょぼくれていた僕の心と体に火がつく。チャンスってやってくるものなんだ。それも こんなに早く。

 『岡本 彩絵』可愛い彼女とその名前のイメージが僕の中で勝手に一致する。

「彩絵さんか……」

 思わず声が出てしまった。そして考える。

(もう一泊するって言われたって……部屋に来いってことか?本当に行って良いのか?からかわれてるのかなあ……どういうことだろう。いったい僕は何をするのが正解だ……)

 かわいそうに 僕の頭の中はさっき以上に彼女のことでいっぱいになった。

 同僚が近づいてきて 僕に小声で話しかける。

「櫻井 どこか具合でも悪いのか?今日 ずっと変だぞ。」

 バイトもあと1時間程で終わりなのに 更に集中力がなくなり 腑抜けになった僕は 一度背筋を伸ばす。

「いえ。大丈夫ですから」

 思わず声が大きくなってしまって 自分でもびっくりした。親切な同僚はそんな僕を気の毒そうに見る。そして それ以上は何も言わず 自分の持ち場に戻っていった。


 ようやくバイトが終わり ロッカーに辿り着く。頭に浮かぶ彼女の笑顔とショートメールと戦いながら着替えをする。花占いをする少女の様に 彼女の部屋へ『行く 行かない』の堂々巡りだ。

(どうしよう……)

 着替えの手がまた止まる。でもその時僕は気づいてしまった。

(ああ 彼女の部屋に行きたいんだ。なのに行くのが怖い。怖いのはどうしてだ?彼女にこんなに会いたいのに……)

 そしてまた思考が止まる。

(もっと 素直になろう)

 自分に言い聞かせる。

(会いたいけど 色んな意味で太刀打ちできないんじゃないか。『良く来られたわね』って馬鹿にされるかもしれない。でもこのままスルーしたら『生意気に声をかけてきたくせに ほらいざとなったら結局何にも出来ないじゃない。』とか言われて……)

 くだらないプライドのせいで このチャンスを逃すのか。これから僕がしようとしていることは 別に法を犯す訳じゃない。社会的なタブーとかに挑戦するわけでもない。そして 怖いといったって虎やライオンの檻の中に入る訳でもない。美しい女性の部屋に行くだけだ。取って食われるわけじゃあない。

(ああ そこは……食べられちゃうかも知れないな……でも僕 実はそれ望んでるのかも……やっぱり僕は不埒だ)

 また頭を抱える。

 想像する限り 痛い思いをするのは気持ちや心 そう傷つくのは心だ。体に傷がつくわけじゃない。包帯や絆創膏は必要ないし 黙っていれば傷ついた心なんて誰にもバレやしない。きっと 僕が平気な顔をしていれば 明日からも変わらない日常が回っていく。それは多分間違い無い。

(別に 格好悪くたっていいじゃないか)

 諦めがついた。

 ブツブツと独り言を呟きながら手を止めてはため息をつき ニタニタする僕は どう見ても大層不気味で気持ちが悪い。ロッカーに誰も入ってこなくて本当に良かった。


「さてとーー」

 僕はロッカールームを出て 客室用エレベーターの前に立つ。

 ホテルの従業員はこのエレベーターに乗らない。というより乗ってはいけないことになっている。今日は特別。バックヤードの簡素で実用的なエレベーターには 更に気持ちが萎えてしまいそうでどうしても乗る気がしなかった。

 乗り込んで ちょっとためらって33階のボタンを押す。動き出すと路面側は一面ガラスで見事な夜景が見えた。でも今の僕は何も感じない。電車の窓から見える景色と同じようなものだ。

(全く このホテルにはどれだけのガラスが使われているんだろう)

 そんな事を考えながら美しい夜景に背を向ける。あっという間に目の前の扉が開く。僕は一歩踏み出さなくてはならない。

(どうしよう……)

 また考えて足がすくむ。引き返すなら今だ。でも僕は帰らなかった。ベージュのカーペット敷きの廊下を歩く。足音がほとんどしない。3307のプレートの前に立つ。小さく深呼吸をする。そして ノックを3回した。


 コン……コンコン……

ノックの音がして 私はドアスコープを覗く。

「馬鹿なの ほんとに ったく……面倒くさい子……」

 思わず声が出る。そして頬が熱くなる。彼は来てしまった。私の部屋まで。

 どんなに仕舞い込もうとしても 隠しきれない思い。護摩化せない。心が踊るとはこういうことだ。自分の心臓の音が聞こえそうだった。


 中から鍵を開ける音がする。僕の口からは心臓が飛び出してきそうだった。

 扉が細く内側に開いた。ドアガードはかかっていない。閉められないように 僕は慌ててつま先を扉の隙間に押し込む。ドアノブに手をかけた彼女はとても困った顔をしている。顔がとても近い。

(ほら やっぱり可愛い……)

 視線を合わせたまま 強引に玄関の中へ体を滑り込ませる。 天井が高い。

(すごい部屋だな……)

 後ろ手に扉を閉める。彼女は怪訝な顔のまま ゆっくり2歩後ろへ下がる。僕は扉に背中をつけたまま1㎜も動けない。もう一度扉を開けなければこれ以上へ後ろは下がることは出来ない。


 彼女が小さくひとつため息をついた。不機嫌な口調で話しかける。

「ここへ来たことが どういうことなのか わかってるの?」

僕は何も答えられない。

(わかっているつもりだけど……声をかけたのは僕だし。結局止まらないんだ。他の選択肢もみつからないし。だって このチャンスを逃したらもう2度と貴方に逢えないかも知れないし……。

どうしようか。怒ってる。

まあいいや。だって怒ってる顔も声もやっぱり可愛いし……)

 少しの沈黙のあと 僕は頑張って声を出した

「ただ……」

 でも また 言葉に詰まる。

「ただ?ただ 何なの?」

 彼女の声は充分にイラついている。

「ただ……僕が 僕があなたを好きになっただけですから……」


(あらら 限界だわ。自分に素直になりましょう)

 私はもう不機嫌なふりをするのをやめた。だって 本当は 嬉しくて仕方がないのだから。


「(笑) 私のことが好きなの? 」

「好きです。迷惑なのもわかってます 僕なんて……。でも 貴女に会いたい気持ちが止められなくて……。今 自分の気持ちに素直になっておかないと 一生後悔しそうで……。でも この部屋に来て 僕はもっと猛烈にあなたが好きになってしまいました」 


頭は悪くなさそうだ。状況を理解出来ているようだし きちんと言葉も繋げている。ただ 今 ここへ来たことについては 判断ミスで やってる事もお馬鹿さんだと私は思う。

(どうなっても知らないわよ……)

「ふうん。私のこと猛烈に好きなんだ(笑)」

「はい。猛烈に好きです」

そう言うと ふいに眼の奥がジンッとして涙が滲む。瞬きをしたら涙が溢れてしまいそうで 僕は彼女の左の頬のえくぼをじっと見つめ続けた。


 結局 私のメールは役にたたなかった。もともと私は 彼に会いたくて仕方ないのだから 当たり前だ。私達を止めることなんて誰に出来るというのだろう。恋に落ちていく人間に常識は通用しない。

(だったら 私を好きな証拠が見セてもらいましょうか)

 また少しの沈黙。2人の視線は絡まりあったまま。

「ふふっ……じゃあ 何でもする? 私のために? 」

「はい 何でもします。あなたのためにーー」

 彼の声は少し震える。

「まず 私をおんぶしてみて」

 人はこんなに素早く身体を動かせるのか。そんなスピードで僕は彼女に背を向け足元にひざまずく。暖かい重みが背中に乗り 手が僕の両肩をそっとつかんだ。彼女の両膝に腕を通し 肘で固定する。そして僕はゆっくり立ちあがる。

「洗面所に行って。右よ」

 僕は彼女をおぶったまま足だけを使って 靴とくつしたを脱いだ。そして言われるがま歩く。

 洗面所には大きな鏡と四角い洗面ボールがふたつづつある。壁の棚には 畳まれた大きさの違う白いタオルがびっしり綺麗に詰まっている。

 そしてバスルームはガラスで囲まれていた。

「お湯を出して」

 彼女が背中から落ちないように 深く前かがみになり 片手でバスタブの栓をしてお湯を出す。

「冷蔵庫を開けて。何飲む?冬ニ君」

 名前を呼ばれた。はじめてだ。

「ビールがいいです」

 声が少しうわずってしまった。格好悪い。

「よし。じゃあビールをふたつ出して」

 冷蔵庫のところまで行ってまた前屈みになりビールを2本出し 片手で持ってテーブルの上に置く。

「カーテン開けて」

 窓のそばに行く途中 僕は 玄関にある鏡で彼女に気づかれないように自分の姿を確認する。当たり前だが僕の背中には彼女が乗っていた。鏡には彼女の可愛いお尻が写り込んだ。思わず僕は少し興奮してしまう。

 カーテンを開ける。あまりにも夜景が綺麗で 息をのむ。そして自分のいる場所を自覚して また鼻の奥がツンとした。さっきエレベーターから見た夜景と同じもののはずなのに この気持ちは何なんだ。

「ビール 開けてみて」

 僕は彼女の声で我に帰る。前屈みになりプルトップを開けて背中の彼女に渡す。

 ゴクリと飲み込む音がする。

「美味しい。冬二君もーー」

 ビールを更に一口含むと彼女は僕の頬と顎に手をあて不自然な体勢で唇を重ねる。僕の口の中にちょろちょろとビールが入ってくる。頑張っても重なり切らない僕の唇の端からビールが少し溢れた。頭の中が真っ白になる。顔と耳がどうにも熱い。

 求めるということには理由や方法なんてないんだ。そして彼女の唇は不意に離れ 僕の気持ちは置いてけぼりになった。

「はい そこに下ろして」

 そっと彼女をソファーに降ろした。

「ここに座って これも開けて」

 トントンと自分の隣を叩く。

(いちいち 可愛いな)

 僕は彼女のとなりに座り もう一本のビールのプルトップを開けた。

「はい 乾杯」

 彼女は美味しそうにビールを飲む。白い喉が動く。雲の上を歩くような気分のまま 僕もビールを飲んだ。

「お腹空いてる?ルームサービス頼もうか?」

 ルームサービスっていったい何が食べられるのだろう。

「はい……」

 僕は戸惑いながら返事をする。

「食べられないものある?」

「野菜が少し苦手です……」

 ダメだ。頭の中が白いままだ。気の利いた言葉なんて 何一つ出てきやしない。

「ふふっ 可愛い」

 彼女はルームサービスのオーダーをするために 隣の部屋に行ってしまった。

 ソファーに1人残された僕は彼女が戻ってくるのをすごく待っている。


 しばらくして戻ってきた彼女は また僕のすぐ横に座る。そして耳に唇がつきそうな距離で囁く。

「冬至君 こっち向いて。ほら さっきの続き。口開けてみて」

 彼女の唇の感触を思い出し とたんに耳が熱くなる。そして言われるがまま口を開けると彼女の唇が僕の唇をふさいだ。またちょろちょろとビールが入ってくる。そして 次に口の中に入って来たのは彼女の舌だった。2人の舌は初めて出逢った。僕の舌は嬉しくて不器用に大喜びだ。唇も舌も離したくないのに 鼻から取り込む空気だけでは苦しくなってきた。それなのに 更に彼女は僕の口の中から空気を奪い 僕の舌は彼女の口の中に取り込まれていく。

 苦しくて仕方がないのに僕は舌は彼女のそれに弄ばれ続けたい。そしてずっと前から落ち着きがなくなっていた僕の股間を彼女の手が確認する。もっと触って欲しくて 僕の腰は前に動く。彼女の手がズボンのボタンを外しチャックを下ろす。

 唇は解放され 僕の視線を捉えたまま彼女が話しかける。

「ちょっと腰を上げて」

 少し腰を浮かすとズボンとボクサーショーツが下ろされて 硬いペニスが勢いよく飛び出す。彼女はソファーから降りて僕の両足からズボンとボクサーショーツを抜き取る。

「足はこうして……」

 彼女は僕の両膝を大きく広げその間に座る。恥ずかしくてたまらない。

「私を見て」

 僕は顔を上げる。

 目を合わせたまま 彼女がペニスにふれる。先端の小さな亀裂 なだらかな傾斜の下のくびれをそっと指でなぞっていく。そして張り詰めた陰茎を確認するかのように握る。

 呼吸が整わなくなって 僕は息をするために口を開けなければならなくなる。彼女は片手でゆっくり上下に扱き始める。すぐにペニスは震える程硬くなる。

「冬二君 いっちゃだめよ。我慢 我慢……」

「はい……」

 僕はやっとの思いで返事をする。

(我慢って……無理……ああ 出ちゃう! )

 その時扉をノックする音がして 彼女の手が止まる。 

「ご飯が来たわ。ちょっと待っててね」

 僕は肩で息をしながら 身も心もまた置いてけぼりになった。

 隣の部屋で彼女はボーイに料理をテーブルに並べさせている。何もなかった様ないつもの笑顔だ。僕はこのままここにいて良いのか 何かをしなければならないのか一生懸命考える。でも結局 ただ彼女を待っていることしか出来なかった。


 ボーイが部屋から出ていき 彼女はまた僕の膝の間に座る。何も言わず 立ち上がったままのペニスの先端に 尖らせた唇で音をたててキスをする。そして亀頭を唇で咥え そのままゆっくり口の中へ取り込んでいく。

「ああ だめです 彩絵さん そんなことしたら……ううっ! 」

 途端に僕のペニスは彼女の口の中に 熱い液体を吹き出した。

「ごめんなさい!ごめんなさい!我慢できなくて……(泣)ごめんなさい(泣)」

 僕は口の中から慌ててペニスを引き抜こうとする。『そうは させない』とばかりに 彼女は両腕で僕の腰をきつく抱える。

「うわぁ!彩絵さん だめです。離してください。ああ ほら また ……」

 彼女の口の中に再び熱い液体を噴き出してしまう。

 両手の力を抜いて彼女は少しだけ顎をひいた。薔薇の花びらのよう唇からぬるりと滑り出したペニスは 半分下を向く。そして音をたてて彼女は僕の精液を飲み込んだ。

 我慢のきかない自分が情けなくて目を伏せる。恥ずかしくて申し訳なくて 僕は彼女の顔を見ることが出来ない。

「こっちを見て冬二君。すごく可愛い(笑)。私 冬二君を好きになりそう」

 こんな僕のどこが好きなんだろう。彼女の言葉に戸惑いさらにオロオロするだけだ。 


「ふふ 本当に可愛いわ……」

 両手で彼の頬を挟みその唇を見つめる。

彼の弛緩した唇はとても美味しそうで 眼を合わせれば黒目がちな瞳が不安げにゆれる。そのまま私は唇を尖らせて見せる。つられて彼は唇を同じ形にする。多分 何も考えていない。より本能が優位になっているのだろう。

 私の機嫌が良くなるには充分で 彼の尖った唇を舌でペロリとひと舐めする。唾液と精液がついて長く糸をひいた。

「あら ごめんなさい(笑)」

 私は彼の唇を親指で拭う。


 唇に残る彼女の彼女の暖かい舌の感触。指で僕の唇に触るその仕草。うっすらとピンク色の頬をした彼女の顔。僕はまた勃起しそうになる。体が熱くてたまらない。

落ち着け 僕。

「彩絵さんうがいしてきてください。気持ち悪いでしょ」

 今日 僕が彼女の名前を呼ぶのは2回目だ。

「平気……でもご飯食べるから そうしようかな」

 洗面所から彼女がぶくぶくする音が聞こえる。

 固く絞った暖かいタオルを持って彼女は再び僕の膝の間に座る。半立ちのペニスとその周りをやさしく拭いてくれる。なぜか鼻の奥がツンとして僕はまた泣きたいような気持ちになった。左の頬にえくぼをつくりながら彼女が呟く。

「お風呂のお湯 凄いことになってた(笑)」

 そうだ お湯を出したままだった。

(ぜんぜん忘れてた)

 僕は鼻を啜った。

彼女はティッシュを2枚取り僕の鼻にあてる。

「ハイ チーンする」

 言葉につられて思い切り鼻水を吹き出す僕を見て 彼女はまた笑った。

「ふふ 可愛い」

と言った。


 料理の綺麗に並んだテーブルまで僕は下半身裸のまま歩いて行く。

 異なる種類のナチュラルチーズ ハーブとレッドペッパーが散るトラウトサーモン ローストビーフとマッシュポテトに新鮮なクレソンが添えてある。黄色いリゾット ナスの輪切りがのぞくトマトソースのパスタ パンの入ったバスケット バターの乗った小皿 塩コショウとオリーブオイルの小瓶 大粒いちご 高さの違うグラス ピンク色のシャンパン ミネラルウオーターの入ったガラスのボトル 初めて見るルームサービスは映画にでてくるような わかりやすいものだった。とても綺麗で美味しそうで でも現実味が薄い。

 僕は下半身裸のままシャンパンをあけ細いグラスに注いで彼女に渡す。左手に2枚皿を持ち2人分の料理を取り分ける。料理のあしらいはバイト仕込みだ。料理が綺麗に盛られた皿と細いシャンパングラスは彼女によく似合うと思った。

 テーブルから離れて 彼女はソファーに座り 僕はその足元で胡座をかいて食事をする。

 僕の目の前に彼女の白い膝が二つ揃っている。彼女がサラダを口に入れる。レタスのかけらが太ももに落ちる。僕はそれを拾って自分の口に入れると 彼女がころころ笑った。彼女の唇の端にトマトソースがついている。僕は指で拭って またそれをペロリと舐める。また彼女が笑う。ああ この気持ちはなんだ……。興奮と感動と美味しい料理。

(人間とはなんて単純なものなんだろう)


(一体 神様は何をお考えでしょう)

 また馬鹿な子をおよこしになった。

 不思議なもので遠ざけても遠ざけても近づいてきてしまう。

 まずは好きな顔だった。そして彼のペニスは私の好きな形と大きさだった。彼氏のそれと良く似ていた。勃起するのを見たら咥えずにはいられなかった。途端に噴射した。その時の彼の顔と言ったら! 今にも涙のこぼれ落ちそうな 怯えた子犬のように揺れる瞳。

 私はすぐまたあの顔が見たくなるだろう。私は彼が欲しくなった。彼はとても可愛い。


「お風呂に入るわよ」

 下半身裸の僕は彼女に両手をひかれて呆けたようにバスルームまで歩いて行く。後ろむきに歩く彼女は最初からスウェットのTシャツと半ズボン姿だ。

 僕をバスチェアーに座らせまず髪を洗ってくれる。そして体も。

「ねえ 脱毛して。お店は教えるから。ここも ここも ヒゲだけ残して綺麗にしてきて」

 スポンジにたっぷりボディーソープつけ泡だらけにして洗いながら彼女はそう言った。僕はもともと毛深くない。脇もペニスの周りもそれほど濃くないし 腕や脚なんてほとんど目立たなくてツルツルだ。彩絵さんがお好みなら更にツルツルになりましょう。何の問題もない。早速 次の休みに行くことを約束した。

 シャワーで綺麗にしてもらった僕は湯船に入るために立ち上がる。彼女が僕より頭一つ分小さいことに気付いてしまう。僕の男としての思いが僕自身を支配しようと動き出す。

 僕は目の前の彼女を抱きしめる。彼女の体温と柔らかさが僕の両腕に伝わる。僕の髪から雫が彼女の顔に落ちた。

「離して……」

抵抗する彼女の視線を受け止めながら 僕は唇で彼女の唇を塞ぐ。彼女を抱えたまま濡れたガラスに追い詰める。片手で彼女を抱き反対の手で彼女の両手を掴み万歳をさせる。そのまま片手で上にTシャツを抜き取る。白い脇の下が見える。

「冬二君 やめて……」

小さく彼女が呟いた。 僕は聞こえないふりをして 彼女の脇の下に鼻と唇をつけ息を吸い込む。背中に手を回しブラジャーのホックを外す。万歳させたまま真ん中をつまんで上へ抜き取る。白い胸がこぼれた。

「本当に嫌 もうやめて……」

 また彼女は呟く。

 すっかり僕はいい気になった。そして拒んでいるのが言葉だけであることを確認するために彼女のパンティーの中に手を入れる。僕の指は何の抵抗もなく彼女の中にスッ入っていく。

「ほら ちっとも嫌がっていないですよ」

 彼女はもう何も言わなくなった。そのままゆっくり指を動かす。小さく吐息が聞こえた。手を離し万歳を解放すると彼女の両腕は僕の背中を抱えた。

 僕は更に有頂天になっていく。彼女の半ズボンとパンティーを足元まで下ろす。彼女の体を半回転させガラスに手をつかせる。白いお尻が見える。僕は硬くなったペニスを彼女の中に押し込んだ。

「やさしくして……」

 その声は僕を更に興奮さ腰の動きが大きくなる。

 しばらくすると彼女の膣がペニスを締め付ける。僕はどうにもならなくなり 彼女の胸を掴みながらあっというまに昇天してしまう。

 崩れ落ちそうな彼女抱え 横抱きにして大きな湯船に浸かる。ジャグジーをオンにして 彼女の顔をみる。

 今朝僕のバイト先に現れ 僕は恋に落ちた。この腕の中にいる女性がその人であることが 信じられない。

 僕は今彼女が欲しくてたまらない。

(彩絵さんと離れたくない。ずっと 一緒にいたい)


「髪を洗ってあげましょうか」

 僕が声をかけると 彼女は湯船を出て白いバスチェアーに腰をかける。

 彼女の白い裸に再び興奮しそうになりながら 僕と大差ない長さの茶色の猫っ毛を丁寧に洗う。トリートメントをつけてタオルで巻いてあげる。

「はい 背中 洗いますよ」

 スポンジを泡立てて丁寧に洗う。胸も細い腕も足も そして立ち上がらせてお尻も洗ってあげる。

「彩絵さん 足を開いて……」

 シャワーをあてると太ももや膝が震える。

 トリートメントを洗い流し乾いたタオルで拭く。大きなバスタオルで体を包んでまたまた横抱きにしてリビングのソファーに座らせる。バスタオルを取り バスローブを着せる。白い身体が隠れてしまうのが惜しいなと思いながら バスローブと同じ生地でできた紐を腰に結ぶ。それから僕もお揃いのバスローブを着る。

 冷蔵庫から氷を出しグラスに入れる。ハイボールを作り彼女に渡す。

「おいしい」

 一口飲んでそう言った。

 僕は薔薇の花びらのような唇に口づけた。そして彼女の前に膝まずき片足を手に取りその甲に唇をつける。ボディーソープの香りがする。親指と人差し指を口の中に含み指の間に舌を這わせる。細い足首 尖ったアキレス腱 ゆっくり舌で味わう。もう僕は彼女の虜だ。

「僕の部屋に来ませんか? ずっと一緒にいたいです。こんな気持ちははじめてです。あなたが好きでどうしようもないです」

 僕は彼女の片足をもったまま言う。笑っているだけで彼女の返事はない。

 その時はまだ僕は全く気付いていなかった。僕は完璧に良い気になり過ぎたようだ。


「冬二君」

 すっかり足に夢中になっている僕は顔を上げる。

 彼女は僕の両手を優しくつかむ。そしてまた彼女に両手を引かれながらリビングの奥へと歩いていく。

 ライティングデスクの前にあるキャスター付きの椅子を180度回して僕を座らせる。彼女は膝立ちになり向かい合う。

「足はここにのせて……」

 彼女が僕の右足を右の肘掛けに 左足を左の肘掛けにのせる。2人のバスローブの紐をほどき それぞれの足を肘掛けにきつく縛る。

(僕は どうして抵抗しないのか……。)

 簡単なことだ。嫌じゃないから。理由は多分それだけだ。今 僕は歓喜余り 昂る興奮を抑えきれない。

「お尻の穴が丸見えよ(笑)」 

 そう言って彼女は僕の肛門を尖った舌でそっとつつく。

「あっ!」

思わず声が出てしまう。そして肛門から上に向かって舌をゆっくり這わせていく。陰嚢も優しく手で持ち上げその後ろも顔を斜めに傾けて舐める。そして音をたてて吸い付く。今まで知ることのなかった感覚が 僕の中でどんどん大きくなり 波のように繰り返し押し寄せてくる。もう僕はそれを抱えきれない。

「やめてっ!」

 思わず声が出てしまう。

「うそ。気持ちがいいくせに。もっとでしょ(笑)」

 同じところを彼女の舌が何度も何度も行ったり来たりする。僕の息は上がり その呼吸音と彼女の舌と唇が出す音だけが部屋中に響く。左の足の付け根 そこから先は太ももという部分を彼女の舌がなぞった。

「はあぁっ!」

 あまりの快感に出すつもりのない声が出る。可愛い笑顔の彼女は 今度は指でまた同じところを触わる。

「あっ はあぁっ……あぁっ あっ あっ やめてぇっ!」

 羞恥心が跳んだ。両足を縛られている僕は腰を浮かし身をよじる。

 触れるか触れないか 彼女の指が同じところを何度も何度も往復する。格好悪いけど僕はSEX中の女の子みたいな声を出し続けるしかない。

「ふふ 冬二君の感じるところ」

射精とは全く異なる 決して終わりの来ない どうにもならならない永遠の快楽を 僕は彼女に教わった。

(やめて……僕が壊れてしまう。ああ でも ……もっともっと触って……)

 彼女の手が止まらない限り僕は声を上げ続けなければならない。この懇願してしまうどうにもならない 生まれて初めての感覚を僕はどうしたら良いのだろう。彼女は歓喜に咽び泣き 翻弄され続ける情けない僕の顔を可愛いと言う。終わりなき快楽に我慢しようとしてもとめどなく漏れ出る僕の声と吐息もたまらなく可愛いという。

彼女の唇が感じるその部分にまた吸い付く。

「ああぁっ……やめて……」

 なぜ『やめて』と言ってしまうのか。やめてほしいなんて 1ミリも思ってないのに。

 陰嚢の横に赤い跡がふたつついている。そこを彼女はまたペロリとひと舐めする。僕の身体にピクンと力が入る。


(これは私のものというしるし)

 彼の顔をみる。紅潮したした頬と耳 潤んだ瞳は

(やめてしまうの……)

と無言て訴える。その息つく肩を見て 私はしばらくそっとしておくことにした。椅子を後ろから押して玄関まで連れて行く。鏡の正面で停める。状況の奴隷。鏡の中の怯える彼に話かける。

「良く見るのよ(笑)」


 僕は鏡を見つめる。大きく開脚して縛られた両足。陰毛の中に隆々と立ち上がるペニスとその下に肛門が見える。自分のそれを初めて見た。羞恥心はどこかへ押しやられてしまった。この状況でも 湧き上がる興奮にそれはそれで僕は不安になる。

 一体 今までしてきたSEXは何だったのだろう。愛撫することで喜び身悶えする女の子を見て興奮し 確かにペニスは勃起した。そして僕の腰の動きで昇天する女の子を見れば征服欲も満たされ喜びもあり 射精すれば快楽もあった。思い返すそれは今 色褪せていくようだ。

 そしてたった数時間の間に 違ってしまった自分を思い知る。そしてまた僕は鏡の中の自分を見て結局また不安になる。

 でも放置される長い時間の中 溢れんばかりの期待が その不安な気持ちをまた心の隅の見えない所へ追いやっていく。


 氷が解けて色の薄くなったハイボールのグラスがテーブルの上に二つ置いてある。私は冷蔵庫から缶ビールを出し プルトップを開ける。鏡と向かい合ったまま微動だにしない彼を少し離れたところから見ている。

(脱毛させないとね……)


 どれ程時間が経ったのだろう。少し前のことなのか ずっと前のことなのか曖昧だ。

 彼女が僕のそばへ戻ってくる。椅子と鏡の間に僕の方を向いて座る。紐のないバスローブから白い胸の谷間と可愛いお腹が見える。

「私に触らないでね。万歳してて。手を下ろしたらダメ。何もしてあげない。いい? 」

 僕のエッチな視線に気づいた彼女が言う。僕は何度も頷く。彼女は両手で僕の頬を挟む。

「口開けて」

 僕は言われるがまま口を開ける。

「舌 出して」

 舌で舌に触れる。そしてゆっくりと唇を合わせると私の口の中におずおずと彼の舌が入ってくる。私は弄ぶ。彼は苦しそうに一度鼻で大きく息を吸う。不器用に彼の舌が動く。ずっとそうしていたかのようにふたつの舌は絡まりあっていく。

 私が硬くなったペニスを掴み扱き始めると彼の呼吸は更に苦しそうなり 見つめる目が私を欲しいと訴えている。視線を合わせたまま 私は唇を離し 手を止める。

「っ……。彩絵さん やめないで。もっと……もっとして下さい……(泣)」

(あら 可愛い……)

「いいわよ。手はそのまま。声も出したらだめだから。わかった?」

 彼はまた何度も頷く。そして私が再び私は手をゆっくり動かし始める。彼は目を閉じ唇を噛み締め苦しそうな表情になる。

(本当に 可愛い顔……)

「眼を開けて。ちゃんと私を見て」

 僕は眼を開ける。彼女の手の動きは全く容赦がない。

「いく?」

 僕は首を振る。そして我慢をする。

「いい子ね。我慢してるの?ふふ 本当に可愛い」

 僕は限界だった。

(もうだめです。出そうです)

 彼女に眼で訴える。

「しょうがないわね(笑)いいわよ 逝って」

 彼女の手が僕のペニスを更に大きく扱いてくれる。されるがままに僕は彼女の手で動きで万歳したまま射精する。召されるとはこういうことか。

 

 紐をほどき彼の足を自由にしてあげる。膝についている赤い紐のあとを指でそっと触る。

「……あっ……」

 切ない声を出す。

(あら ここも感じるのね。(笑)私の可愛いお人形……)

「いいわ。私 このまま冬二君と一緒にいる」

 私は彼の耳元で囁いた。彼は最後の力を振り絞り私をきつく抱きしめる。


 翌朝 私は部屋の入口で丸まった靴下を見つける。

 起きたばかりの彼は まだ眠たそうな顔をして ベッドの端に座っている。全裸の靴下を表に返し 揃えて渡す。

「あ、どこにあったんですか(笑)」

 クールな甘い眼が私を見上げる。私は溶ろけてしまいそうになり 思わず両手で彼に頭を抱える。

 私の胸にじっと顔を埋めていた彼が 静かに立ち上がる。全く躊躇なく私のトレーナーの裾をめくり 両手で乳房を掴む。彼の唇はただただ欲に忠実に 私のの唇に吸い付く。それはとても激しく。

(本当に良い子……)


 チェックアウトのために 彼女はフロントカウンターの前に立っている。僕は少し離れた所からその後ろ姿に見惚れている。

 しばらくして彼女は振り返り えくぼをつくりながら僕の方へ歩いてくる。

「冬二君 行こ」

  この人と一緒に過ごした昨晩の切なさが 明るい朝日の中での今朝の営みの激しさが やはり現実であったと実感し ふたりのこれからに思いを馳せる。心躍るとはこういうことか。

 そしてそのまま彼女は僕の部屋の住人になった。


 次の休み 僕は彩絵さんが教えてくれた皮膚科に行った。どこも たいして生えてもいないのに通院は10回ほど必要だと言われた。

 支払いのためカードを出すと

「本日のお会計はございません」

と丁寧に断られた。

(いいのかな……)

 きっと彩絵さんが払うのだろう。


 僕は彼女のものだ。


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