第11話 トウソウ、開始

「やりやがった……あのバカ……」


 悪い予感が的中し、剣を抜いたガットを見ながら、リーナは頭を抱えていた。

 彼女としても、ガットが状況を黙って見過ごすことはないと分かってはいた。しかし、いくら何でも相手が悪い。

 ガットの強さは理解している。ソムラックはおろか、近隣諸国にまでその武勇を轟かせるゴストラとほぼ互角の戦いを演じた剣士だ。個人の強さとしては、間違いなく大陸でも屈指の実力だろう。

 だが、今回はあまりにも多勢に無勢。いくら強い剣士といえど、物理的に限界があろうというものだ。

 この状況でリーナが取られる行動は限られている。最も手堅いものは、今すぐにでもこの場を去り、ゴストラ達にこのアジトの場所を伝えること。彼らならば、暁の戦士団とも互角以上に戦える。しかし、その選択は同時に、目の前のガットを見捨てるということでもある。だがそもそも、後先を考えずに剣を抜いたのはガットだ。リーナの心情としては彼の横っ面に拳を叩き込みたいところではある。


(だけど……ああ、畜生)

 

 鎖から解放された娘たちを守るように、ガットは盗賊たちの前に立ちはだかる。


「娘たち!今すぐに山を下りられよ!逃げるのだ!」


「えっ……あっあの……」


「逃がすな!アジトの場所が漏れちまう!」

 

 突然の出来事にまだ理解が追いついていない娘たち。

 その隙を逃すまいと、野盗たちが襲い掛かる。


「させぬッ!」


 しかし、ガットはすぐさまそれに反応し、瞬時に二人の男を叩き伏せる。

 あまりの速度に呆気に取られ、たじろぐ盗賊達に対し、ガットは淡々と剣を構えなおす。


「寄らば斬る。創世の女神に誓いを立てた者から参られよ……!」


 それは近づく者には命の保証はしないという、ガットにしては珍しく、強い言葉での宣言であった。


「今のうちに!さあ早く!!」


 一瞬だけ生まれた膠着の時間にガットが叫ぶ。

 その声色の鋭さに、娘たちも思わずハッと我に返る。そして、状況を理解しないながらも、慌ててその場から逃げ出す。

 一見、ガットに気圧されている盗賊達だが、この人数差では、流石のガットと言えど分が悪い。すぐにでも気を持ち直し、再び襲ってくるであろう。

 それでも尚、彼は一歩も引くことは無い。

 ガットは己の矜持や誇りを曲げることは絶対にしない。それが彼の生き方であり、それに殉ずる覚悟があるからだ。


 (お前の無鉄砲さには呆れるけどよ……けど、オレだって……!)


 そしてそれは、リーナとて同じこと。黒蝕器を手に入れ、自分を虐げた全てのものを見返す。

 なんと無謀で、なんと独善的なことか。だが、そのようなことは知ったことではない。

 その目的に掛ける執念も、覚悟も、リーナにとっては自らの全てだ。決して生半のものではない。

 

(仮にもアイツとコンビを組んだんだ。見せてやるよ……オレの覚悟……!)


 状況は良くない。今の膠着状態が解けたとき、ガットの劣勢は誤魔化しきれなくなるだろう。

 早急に流れを変えなければならない。そして、それをできるのはリーナをおいて他にいない。

 ふうー、と、長くゆっくり息を吐き出す。それが終えると、今度は同程度の時間をかけて空気を吸い込む。

 拳を握りこむ。顔を上げる。ここからは、命がけの博打だ。

 睨みあう男たちからやや離れた茂みから、リーナは勢いよく飛び出し、叫ぶ。


「おい、そこまでだ!薄汚え盗人ども!」


「!?」


「リーナ殿……!?」


 突然の乱入者に、その場にいた者達が一斉に振り向く。

 ある程度距離は離れているものの、多人数の放つ圧に、思わず気圧されそうになる。

 だが、それを意志でもってねじ伏せ、彼女は続けて口を開く。


「テメエら、そこのアホとやりあうのはいいけどよぉ、俺たちのバックにいんのが『ゴストラ一家』だと分かってんのか?あ?」


「ゴストラ……!?」


 リーナが出した名前に、ゼンダルはピクリと反応する。そして、少し遅れて、手下の男たちもざわめき始める。


「ゴストラ一家つったら、あのソムラックの!?」


「最近あの辺に届ける積荷は片っ端から奪ってたからな……報復に来たってワケか」


「ゼンダルさん!んなこと関係ねえ!あの女もまとめてやっちまいましょう!」


 ゼンダルはしばし思考を巡らせ、やがて口を開いた。


「なるほど……ガットさんも貴女も、ゴストラ一家の一員……さしずめ、様子見の斥候といったところでしょうか」


「そうさ。ウチの大事な商品に手を付けた、身の程知らずのバカ共のツラを拝みに来たって訳だ」


 いかにも余裕かのような態度を装いつつ、リーナは心の中でホッと胸を撫でおろす。

 よかった。もしリーナの言葉などお構いなしに襲ってこられたら、生き残りを掛けた戦いを『最後』までしなけらばならない。しかし今のところ、どうやらゼンダルは対話をする気があるようだ。


「既に麓の方ではゴストラ一家の主力部隊が待機してる。お前らの出方次第じゃ、すぐに戦争がおっぱじまるぜ?」

 

 勿論そのようなことは無く、真っ赤な嘘である。山の麓どころか、ゴストラ達はソムラックにいる。馬車を使ったとしてもここまで三日は掛かる距離だ。

 

(ハッタリでも何でもいい……!ここさえ切り抜ければあとはゴストラにブン投げて終わりだ……!)


 リーナは大仰に腕を広げると、ニヤリといかにも含みがありそうな笑みをそのおもてに張り付ける。

 余裕のあるかのような振る舞いは、あくまで、状況の主導権はこちらにあると思わせるためだ。


「だけどな、ウチとしても戦争なんて本意じゃねえ。お前らがきっちりケジメさえつけてくれりゃあ、それで手打ちにしてやらんでもねえと、そういうワケだ」


 何度でもいうが、これも当然嘘である。リーナはこれまでの人生で何度も危険な橋を渡ってきたが、その度にこの二枚舌で切り抜けてきた。決して褒められたことではないが、事実としてリーナが今も五体満足で生き延びていることが、その効力を表していると言える。


「ケジメだと!?たかだかヒュマールのヤクザ如きが舐めた口きいてんじゃねえ!」


 野盗のうちの一人が叫ぶ。それを受けて、周りの男たちもそうだ、そうだと口々に同調していく。

 やがてそれが段々と熱を帯びてきた矢先、ゼンダルが無言で手をかざし、それを静止させる。


「ふむ……確かに、ゴストラ一家と事を構えるのは得策とは言えませんねえ」


 よし。狙い通りだ。

 流石にイカれた思想の盗賊といえど、ゴストラと正面から争うリスクぐらいは勘定に入れられるらしい。

 リーナは内心、少し安堵しながらも全力でそれを顔に出さぬよう努める。


「……!懸命だな。それじゃあゴストラに伝えてやるからよ、そこのバカも連れてくぜ――」


「ですから、ガットさんとそこのメスヒュマールは今ここでおきましょう。」


 リーナは、ゼンダルの丁寧な口調のせいで一瞬、意味を理解するのが遅れてしまう。

 そしてその言葉の狂気的なまでの冷酷さに気付いた時、盗賊達も一斉に動き始める。


「しゃああ!ぶっ殺せぇぇ!!」


「……貴様ら!」


「ガット!!」


 先ほどまでの膠着を忘れたかのようにガットに襲い掛かる男たち。半ば不意討ちのような形になってしまったことで、ガットも咄嗟に守りに入ることで精一杯だ。


「あの女は俺たちに任せてくだせえ!」


 そう言って飛び出したのは、ボルタと呼ばれていたガットを連れてきたゴブリンの男。そのボルタの後を追うように、二人のゴブリンが駆け出す。

 男たちの目指す標的は勿論、リーナだ。


「……畜生がっ!おい、ガット!!」


「リーナ殿!」


 リーナは既に戦闘を開始したガットに向けて、力の限り叫ぶ。

 ガットもまた、視線すら送る余裕のない中、声だけで答える。


「じゃあな!精々死ぬなよ!……あばよ!」


「……リーナ殿……?」


 そう言うや否や、リーナはくるりと背を向け、全力で逃げ去っていった。

 

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