第10話 誇り

「こ……れは……一体……」


 目の前に連れてこられた娘たちを見て、思わずガットは絶句した。

 娘たちは皆一様に手枷を嵌められており、さらにそれは鎖に繋がれている。

 彼女たちはひどく怯えたような様子で、そのやつれた姿からは、今の環境の過酷さを容易に想像できた。

 それはまさしく奴隷と呼ぶべき姿であった。


「おや、驚かせてしまいましたか」


 一方、ゼンダルは何事もないかのように振舞っている。


「三大国周辺では、ヒュマールの奴隷は珍しいですからねえ。ですが、近い将来、これが当たり前になりますよ。我々が


 ゼンダルは爽やかにはにかむ。その口ぶりは、まるで今日の天気の話でもしているかのようだ。

 

「何故……」


「ん?」


「何故……このようなことを……」


 絞り出すように、ガットは問いかける。

 明らかに狼狽した様子を隠せないガットに対し、ゼンダルはあくまで優しく、丁寧に応対する。


「これは予行演習でもあるんですよ。我々の作る新しい世界のね。……簡単に説明すると、我々『暁の戦士団』の目的は、ガロニア王国を亡ぼすことです」


 ガロニア王国。大陸に覇を唱える三大国の中でも、最も強大な軍事力を誇るとされている国。その一方で、千年前に起こったとされる大戦争以降に生まれたヒュマール至上主義の思想が色濃く、同時にゴブリンやオーガといった種族に対して、迫害や奴隷にしたりなどの過激な弾圧を行っている。

 そのような大国に対して、たかだか15名程度の盗賊たちが歯向かう。どう考えても正気の沙汰ではない。

 しかし、それを語るゼンダルの眼は、真っ直ぐで淀みがなかった。


「勿論、それを聞いただけでは無謀に思うことでしょう。しかし、私には現実的にそれを可能とする算段がついています。そして、それ以上に、我々にはこの目的を完遂するという強固な意志があります。……それは、何があっても決して絶えぬ炎です」


 冷静に語っているように見えるゼンダル。しかし、徐々にその語気には熱が帯び、その眼は鋭さを増していく。


「そして!かの奸邪の根源たるガロニアを打ち滅ぼしたとき!生まれながらに理不尽を強いられた有角の同胞たちと、その躯を肥やしとしてきた醜虐なヒュマール共の立場が逆転するのです!!」


 そうゼンダルが言い終えると同時に、一斉に周りの男たちが雄たけびを上げる。

 その腹の底から震えるような狂騒は、大陸中を吞み込んでしまうのではないか、と一瞬、錯覚してしまいそうになるほどのものだった。


(イカれてやがる……)


 その様子を隠れながら伺うリーナは、湧き出る嫌悪感に思わず眉を顰めていた。

 囚われた娘たちの表情や衣服の汚れ、傷跡。それらを見るだけでも、彼女らがどんな扱いを受けてきたのか想像に難くない。

 叶うはずもない理想を大義名分として、それを盾に弱者をいたぶる。

 リーナは自らを真っ当な人間だと思ってはいないが、それでも虫唾が走らずにはいられなかった。


(だが……)


 しかし、それはリーナがヒュマールとして、少なくとも種族由来の格差を感じずに生きてこられたからこその感性でもある。

 ガロニア王国やその影響の濃い土地で、オーガやゴブリンといった種族の置かれた状況が、人道に反したものだということは紛れもない事実。

 もし自分がオーガやゴブリンとしてこの世に生を受けていたら、果たしてどのような運命を辿っていたのか。彼らのようにならない保証はどこにもない。

 本気で一国を亡ぼそうとするほどに憎悪を募らせた彼らの狂気など、リーナには推し量れようはずもなかった。

 そしてそれは、ガットについても同じこと。普段はそのような様子をおくびにも出さないが、彼の過酷な半生を考えれば、ガロニア王国やヒュマール族に対してどれほどの恨みがある事か。

 

「ですからガットさん、共に往きましょう。我々の折れぬ誇りで、ガロニアを穿ち貫くのです」


 ガットに歩み寄り、力強く右手を差し出すゼンダル。

 それを前にして、ガットは静かに口を開いた。


「誇り……か。……お尋ねしたいのだが」


 そして、ガットの視線はヒュマールの娘たちに向く。


「彼女らの誇りはどこにある?」


 静かに、しかし確かに力の入った声色。

 周囲の空気が固まったような静寂。

 リーナは以前にも似たような状況があった事を思い出す。ゴストラがリーナの父親を侮辱した、あの時と同じ空気。


「これが我々の誇りだと……?断じて違う。ならばどこにある……」


 ガットは顔を上げ、ゼンダルを睨めつける。


「この場のどこに誇りがある……!」


 瞬間、強い視線が固まった空気を貫き、弾けさせるような感覚に、その場にいた全員が襲われた。

 

(あ……ヤバい……)


 その状況の中、リーナはぼんやりとそう思った。

 なんだかんだと、ガットと共に過ごすうち、彼の考えることは分かるようになってきていた。だから、次の瞬間に何が起こるのかも大体想像がつくし、その後にどうなるのか、彼が何も考えていないだろうことも察することができた。


「……!皆さん!戦闘態勢を……」


 ただならぬ空気をゼンダルも感じ取ったのか、仲間に号令を下そうとする。しかし、それは僅かに遅かった。

 首だけで振り向いていたゼンダルの頬を一陣の風が掠める。

 それとほぼ同時に、山中に響き渡る甲高い金属音。

 あまりの速さに、一瞬、何が起きたのか分からなかったゼンダルだが、やがて焦点が定まると、その双眸は驚愕で見開かれることとなった。

 その視線の先には、抜身の剣を携えたガットと、枷に繋げられていた鎖を全て断ち切られた娘たちの姿があった。


「ゼンダル殿……多少手荒になってしまい、申し訳ない。しかし、某の目の前で、もう二度と……二度と誇りを奪わせはせぬ……!」


 小柄なガットから発せられる大きな圧力に、思わずたじろぐ盗賊たち。しかし、その中に於いてゼンダルはゆっくりと剣を抜き放つ。

 その表情は、心から落胆したような、または悲しそうな、複雑なものであった。


「残念ですよガットさん……本当に。たかだか家畜のために同胞を……斬らなければいけないのですから」


 二人の男は、己の信念を突き付けるがごとく、互いに剣を構えた。

 

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