第6話 真の支配者

 ガットとリーナがゴストラ一家に身を置くようになってから、早三日が過ぎた。

 二人で黒い武器……通称「黒蝕器」を探そうと決めたものの、日々の仕事に忙殺され、それどころではなくなっていた。

 二人は日が昇りきらない、まだ薄暗い時間に起床すると、まずアジトの掃除をする。ホームと呼ばれるこの大きな建物は、就寝をするための居住スペースと、主に仕事をするための事務所スペースの二種類の空間に分けられる。二人がこの組織で真っ先に課せられたのが、これら全てのスペースの清掃である。

 ゴロツキの巣窟であるゴストラ一家のイメージに反して、この掃除は毎日行われている。新人教育係の三人組曰く、「掃除だけは絶対に手を抜くな」と念を押す徹底ぶりだ。

 この重労働が終わる頃には外が白み始める。そうなると、次は食事の支度だ。

 掃除と違ってこちらは何故か適当なもので、これまた三人組曰く「不味くなけりゃ何でもいい」。しかし、それでもホームに常駐する20~30名ほどの構成員分の食事を用意するのはすぐにというわけにはいかない。

 これら朝の仕事と、食事が終わるとようやく主となる業務が始まる。

 ガットは、教育係の三人組のうち、ヒュマールのイワンとルーガルのニールに連れられて、ゴストラ一家が運営する賭場や商店の見回りをする。ガットの腕っぷしを買われての配属であり、荒事への心配事が無くなったと教育係達も大喜びであった。

 一方のリーナは教育係のドワーフ、ミゲルと共に裏取引のための商品の入荷管理を任されていた。まともな教育など受けたことが無い者が大半のゴストラ一家において、読み書きから計算までできるリーナはすぐに重宝されることとなった。

  加入三日目にして、この容赦のない扱き使いっぷりに、二人は目を回していた。特にリーナなどは、既に何度か脱出作戦を考えては、ガットに窘められるということを繰り返しているほどだ。

 

「フザけやがって……ぜってえ逃げてやる……ん?」


 ぶつくさと独り言ちながらも、到着した荷物をリストと照らし合わせるリーナ。

 しかし、いくつかの項目に記載されている商品が全く入荷していないことに気づく。

 ただでさえ不満を募らせていた折、感情に火が付くのは一瞬であった。


「オォイ!!無えじゃねえか商品がよお!ここと!ここも!どっちのミスか知らねえけど適当な仕事してんじゃねえぞコラ!」


「い、いやそれは……」


 あまりの剣幕にたじろぐ男たち。

 だが、その場に居合わせたゴストラと教育係のミゲルは静かに眉を顰めた。


「兄貴……これは……」

「あァ。また『奴ら』の仕業だろうな」


 ゴストラはため息をつきながら怒れる少女に背後から近づくと、むんずと首根っこを掴んだ。


「な!?何しやがる!」


 じたばたと暴れるリーナを全く意に介さず、澄ました顔で密輸請負の隊商たちに向き直るゴストラ。


「悪かったなァ、アンタら。報酬は色付けとくからよ、今後も頼むぜ」


 そう言うと、後のことはほかの手下に任せ、ゴストラはホームへの帰路についた。右手に騒ぐ猛獣を引きずりながら。


 ホームにつくなり、ぶすっとした態度のリーナと、ちょうど同じタイミングで見回りから戻ったガットを席につかせ、対面に座る形でゴストラは話を切り出した。

 

「まあゴブリーナが騒いだのは不問にしてやる……最近は多いんだよ、あーいう商品の『抜け』がな」

「だからゴブリーナじゃねえ。……ただでさえ仕事の量が馬鹿げてんのによお、余計な手間が増えるだろーがよお」


 不機嫌なリーナとは対照的に、ガットは平常通りの調子で窘める。

 

「まあまあ、リーナ殿、誰しも失敗は付き物。かくいう拙者も、今日は道に三度も迷ってしまい、先輩方に単独行動は厳禁と釘を刺されてしまい……」

「お前ら自分の立場分かってんのか……?」


 そんな二人に呆れながら、ゴストラはこの者達を引き入れたのは失敗だったのではないかと不安を覚え始めていた。

 

「……兎に角だァ、さっさと本題に入るぞ。さっきも言ったが、最近は発注しても届かない商品が増えてきてる。だが、これはウチや隊商のミスじゃねえ。……どうやら、輸送の途中でブツを奪われてるみてえなんだ。」

 

 言いながら、ゴストラの眉間に深く皺が刻まれる。ゴストラはメンツを重んじ、それを軽んじて踏みにじるような輩には容赦せず制裁を下す。それは、先日の一件からリーナとガットは身をもって理解していた。


「おいおい、ゴストラ一家のブツに手を出すなんてよお、ソイツとんだ命知らずじゃねえ?」


 人に素直に従うことを嫌がるリーナですら、ゴストラに対しては一線を踏み越えぬように気を付けている。もう、体験はこりごりだった。


「もちろんタダじゃァ済まさねえ。それに犯人の目星は大方ついてんだ。あとは調査を任せてる出張組の報告待ちだが……あと一週間ぐらいで帰ってくるはずだ」

「出張組……?おいおい嘘だろ……まだ人が増えんのか……?」


 現状でも既にいっぱいいっぱいというのに、さらに仕事が増える事実を突きつけられ、リーナは一瞬、意識が遠のくのを感じた。

 それを見てゴストラは、カッカッカと口を開けて笑う。


「安心しろ。この三日間はおめえらの根性試しみてえなもんだ。そろそろ、掃除と炊事は今まで通りの当番制に戻すからよ」

「なんと!それはまことにありがたい……!」


 自然と顔が綻ぶガット。隣でガッツポーズをしているリーナはともかくとして、文句のひとつも溢さなかったガットの反応を見るに、余程辛かったのであろうことが伺えた。


「まあ、特に掃除なんて本当はもっと人と時間をかけてたからな。『アイツ』が帰って来る前に、一旦大掃除もしときてえし――」

「あ、兄貴!」


 そこまで言いかけた途端、バン、と大きな音を立て、部屋のドアが開かれる。驚いた三人がそちらに目をやると、飛び込んできた教育係の三人組が肩で息をしていた。

 尋常でない様子に、すぐに異変を察したゴストラは、却って落ち着いた様子で彼らに説明を促した。


「落ち着けェ。何が起きた?」

「か、帰って来てるんです……!」

「……なに?」


 主体のない返答に、一瞬困惑するゴストラ。しかし彼らの発した次の言葉に、その双眸は大きく見開かれることとなる。


「このソムラックに……もう『あねさん』が帰って来てるんです!」


 それを聞いた瞬間、心なしかゴストラの顔色がさっと青ざめたように、リーナには見えた。それは多少のことでは動じない普段の彼には非常に珍しいものであった。


「……テメエら!急いで事務所を片付けろ!最悪寝床は後回しで誤魔化してでも――」

「ただいまぁ~……あら、何だか慌ただしいわねぇ」


 来訪者と共に唐突に訪れた静寂。急にピタリと動きを止めたゴストラはゆっくりとその声の主へと向き直る。


「よお、早かったじゃねえか」


 事態をいまいち飲み込めていないガットとリーナもまた、そちらへ顔を向ける。

 そこには、女性が一人、佇んでいた。

 歳の頃は20代も半ば過ぎか若く見える30代といったところか。まず目を引くのは、女性としては比較的高い身長。どちらかというと体格が恵まれている方のゴストラと比べても、拳一つ分以上は高い。そして、額に生えた一対の大きな角。それらの特徴は、彼女がオーガ族であることを示していた。

 生来のものであろうか、一瞬、目を瞑っているのではないかと錯覚しそうになるような細目と、その顔にたたえた柔和な笑みは、見るものに穏やかな印象を与える。すらりと伸びた手足とスレンダーな身体は、痩せているというよりはむしろ鍛えられ引き締まったしなやかさを感じさせた。


「思ったよりも早くお仕事が片付いたのぉ。……あら?お客さんかしら?」


 オーガ族の女性が、見慣れない人物たちに気付く。


「いや、色々あってな、つい最近入った新入りだ。ちっこい女がゴブリーナで……」

「リーナ!名前はリーナだ!」


 ゴストラの雑な紹介を慌てて遮るリーナ。それに続く形で、ガットも名乗り出る。

 

「拙者はガットと申しまする!いずれ英雄となる男ゆえ、以後お見知りおきを!」


 そんな二人を見て、女性はクスりと笑った。何とも品の良さを感じる仕草だ、とガットはぼんやり思った。


「あらあら、二人とも元気いっぱいね。私はシャンディ。一応ここのナンバー2ということになるのかしら。よろしくねぇ」


 シャンディと名乗った女性はするりと二人に歩み寄ると、軽く握手を交わした。

 温厚そうな人物だ。しかし、場の空気はこの女性が現れてからどこか張り詰めたような緊張がある。リーナがそのことを訝しんでいると、不意にシャンディがゴストラの方に向き直る。


「ところで……気のせいかしらぁ?何だかこの部屋、散らかっているように見えるのだけど」


 ゴストラの額を、ツウと一筋の雫が流れ落ちた。教育係の三人組は、いつの間にか部屋から姿を消していた。

 

 

 

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