第4話  決闘の行方

 向かい合う二人の剣士。しかし、片方の男が手にする刀は刀身が半分ほどへし折られていた。

 誰も予想だにしなかった展開に、静まり返る野次馬たち。その中に紛れていたリーナもまた、周囲と同じく唖然とした表情を浮かべていた。

 先の一件でガットがかなりの実力を持った剣士であることは分かっていたが、よもやこれほどまでとは。目にも留まらぬ俊敏さに加えて、鍛えられた鋼を真っ二つにする程の斬撃の破壊力。そのすべてがゴブリン離れしている。

 

「な、何者なんだ、あいつ……」


 衆人の一人が呟いた疑問は、リーナも含めその場にいた誰もが思い浮かべていたことであった。

 唯一、彼とまともに会話を交わしたリーナですら、ガットがガロニア王国の奴隷剣闘士であったということしか知らない。


(ん……?待てよ……ゴブリンの剣闘士っていや……)


 ここに至り、ふと何かを思い出しそうになる。それはリーナがふた月ほど前、行商人から聞いた噂話。

 彼の話によると、何でもガロニアの闘技場から、久々に「正門くぐり」が現れた、とのこと。正門くぐりとは、奴隷剣闘士が戦いにより得た褒章金で自らを買い上げ、自由の身となること。脱走とは違い大手を振って正門から闘技場を抜けることからその名がついた。

 しかし、剣闘士は試合に勝たねば褒章金など貰えない上、大した額ではない。さらに、怪我をした際の治療費なども自己負担なため、現実には目標の額が貯まる前に試合か怪我で命を落とす者が多い。

 とはいえ、その程度の情報、わざわざ入れ込む程ではない。そう言って去ろうとするリーナを、行商人はやけにしつこく呼び止めた。


「まあ聞いてけよ、問題はその正門くぐり……何でも、ゴブリンだって噂なんだぜ?」


 それを聞いて、リーナは思わず鼻で笑ってしまった。

 あの過酷で有名なガロニアの闘技場を?ゴブリンが?

 与太話もそこまで行くと呆れてしまう。正門くぐりなど、身代金の安いゴブリンでも達成するのに軽く十年は掛かる。剣闘で圧倒的に不利な種族がその間生き残り続けるなど、全く現実的ではない。

 ……当時はそう考え、一笑に付しただけであったが。

 改めて今、目の前で剣を構えているゴブリンを見て、リーナはその噂が真実であったのだと悟る。

 それと同時に、ガットの異常なまでの強さにも納得する。彼は地獄のような戦いの日々を勝ち残り続けたのだ。生き残り続けたのだ。

 そして今、強者集まるこの街でもトップクラスの実力者を追い詰めている。


「はっはァ、やるじゃねえかよ、チビ助」


 そう、誰が見ても追い詰めているのはガットのほうだ。しかし、ゴストラには未だ余裕が見えた。

 彼は不敵な笑みを浮かべつつ、折れた刀を地面に突き立てる。


「こっちも本気でいかせてもらうぜ。≪土魔術ガイアード:剛性強化≫」


 そうゴストラが唱えると、地面に突き立てた刀が淡い光を纏い始める。

 魔術。この世界を構築するとされる火、水、土、風の四大元素を用いて、超常の事象を発現させる力。

 才ある限られた者のみが適性を持つが、ヒュマール族は個人差こそあるものの殆どがこの適性を持つ。強大な力故に、大陸においてヒュマール族が最も繁栄しているのも、それが大きな要因だという説が有力な程だ。

 

「むう……魔術か!」


 闘技場で数多の猛者と渡り合ったガットも、当然魔術を使うものとは何度も戦ったことがある。剣士として彼らの最も警戒すべきところは、剣の間合いの外から一方的に仕掛けることのできる、長射程の攻撃である。いかに優れた剣技も、遠間からの攻撃には基本的に無力だ。

 ガットの判断は迅速であった。ゴストラが魔術を使い始めるや否や、即座に次の攻撃に転じる。瞬時に距離を詰め、再び回転切りを叩き込む。


「……っとォ!」


 しかし、ゴストラもまた瞬時に対応する。まともに受け止めた初撃と違い、今度はガットの斬撃の威力を逃がすようにいなす。

 それでも、暴風の如き一撃に、ガキィン!と激しい衝突音が響き渡る。このままではゴストラの得物が破壊されていくだけだと、誰もが思い始めていた。


「……むう」

 

 だが、ゴストラの刀は折れるどころか、刃こぼれ一つ見当たらない。

 ガットは思わず呻きながらも、冷静に分析する。

(見たところアレは武器の強度を上げる魔術。であれば詰まる所、行き着く先は剣による接近戦。ゴストラ殿も手練れの剣士だが、某の剣を完全には見切れていない以上、依然としてこちらに分がある!)

 ゴストラのような優れた使い手は難なく操っているように見えるが、本来魔術とは発動するだけでも多大な集中力を要する。魔術式と呼ばれる型を複雑に組み合わせながら、魔力を練り上げ、放出することにより、初めて元素や魔力が魔術として形を成す。

 そのため、基本的に一つの魔術を発動している間は、同時に他の魔術を扱うことはできないというのが常識である。

 故にガットは、この先も剣戟が続くと予想した。

 このガットの読みは常識的に考えれば極めて的確であると言える。ただ一つ、読み違えたことがあるとするならば———それは、対峙している男もまた、ガットと同じく規格外であるということであった。

 打ち合った二人が互いに距離を離した瞬間、ゴストラは刀にかけた≪剛性強化≫を、新たな魔術を発動する。


「≪土魔術ガイアード:石弾≫」


「なんと……!」


 予想外の展開に思わず目を丸くしたガットの視線の先、ゴストラの周囲に無数の石の礫が生成されていく。それらはあっという間にこぶし大にまで大きくなる。


「っ潰せェ!」


 ゴストラが腕を振り下ろすと同時に、無数の礫が一斉にガットに襲い掛かる。

 それらは一つ一つがまるで投石器の達人が放ったかのような速度と威力を持ち、一発でも当たればただでは済まないことが容易に想像できた。

 しかしそのような状況でも、ガットはあくまでも冷静であった。剣を構えなおし、浅く息を吸う。

 そして、飛来した礫が剣の間合いに入った刹那———。


「……ッシ!」


 鋭い呼気と共に、ガットはひらりと身体を回転させつつ、剣で礫を弾き飛ばした。

 彼はそのまま、次々と襲い来る石の弾丸に合わせ、鋭く軽やかな回転を繰り返す。その度に剣閃が煌めき、礫の雨をいなし、弾き、切り落とす。

 それはさながら舞踏のようであった。

 やがて全ての礫を捌き切ると、再び剣を直した。


「やるなァお前。なるほど……『回転』か。曲芸じみてやがる」


 ゴストラは素直にガットの剣技を称賛しつつ、その本質を看破した。


「回転がお前の剣の秘密だ。守る時は回転で威力を殺して流し、攻める時は跳躍の勢いや遠心力を利用する。そうすりゃ、体格に劣るゴブリンでも、十分以上に戦えるってワケだ。」


(勿論、言葉で言うほど簡単な話じゃねえがな……)

 理屈の上では可能とはいえ、それを実践することはゴストラにさえ不可能だ。回転を繰り返しながら状況を判断する能力に加えて、剣を接触させるタイミング、位置。すべてが完璧に噛み合わなければ、その効果は発揮されないどころか、半減以下になってしまうだろう。

 どれほどの戦闘経験が目の前のゴブリンをここまでの傑物にさせたのか。ゴストラは戦いに明け暮れた自らの若かりし時代を思い出し、胸の奥が熱くなってくる感覚を覚えた。


「久々に面白くなってきやがったぜ」


 再び≪石弾≫を発動するゴストラ。迎え撃つガット。

 目の前で繰り広げられる人の理を外れた闘いに、リーナは唖然と見守ることしか出来なかった。


「なんなんだよ、この化け物どもは……」 


 不意に、先ほどガットが言っていた、彼の夢を思い出す。

 ——英雄。

 誰よりも強く、誰よりも気高い者。

 この時代にも英雄と呼ばれる限られた強者が存在するが、恐らくガットが目指しているのはもっと別のもの。

 彼は英雄譚の主人公、サビールのようになりたいと語っていたが、それこそがガットの持つ分かりやすい英雄像なのだろう。

 そして、そのために彼は文字通り人生の全てを捧げてきたのであろう。それは突出した強さや、その日初めて会った人間の名誉を守ろうとする高潔さが証明している。

 だからこそ、リーナは悔しかった。彼女も彼女なりに、「野望」のためにできることをしてきたつもりだ。だが、ガットを見ていると、その手段や結果の拙さを浮き彫りにされる気分だった。

 

「負けんじゃねえぞ……ガット……!」


 いつの間にかリーナは、自然と拳を握りしめていた。それは、自分をここまで惨めな思いにさせ、しかし自分のために剣を振るう小さな英雄への、不器用な激励であった。

 そして、決着の時は着実に近づいてきていた。

 ゴストラの放つ弾幕に対して、捌きながらも間合いを詰めようと移動するガット。それに対し、絶妙な距離を維持するゴストラ。

 膠着しつつある戦局が動き出したのは、ゴストラが放つ新たな魔術であった。


「こいつで終いだ……≪水魔術ウォルタード:沼枷≫!」


 ゴストラが唱えると同時に、ガットの足元の地面が沼のようなどろりとした性質に変化する。


「ありえねえ!三つ目の魔術だと!?」


 思わずリーナが叫ぶ。そもそも、二つの魔術を同時に扱うことすら、長年魔法を研鑽し、極めた熟練の魔術師クラスの所業だ。三つの魔術を同時に扱うなど、聞いたこともない。


「自慢の回転も、足場をとられちゃ満足にできねえだろ!≪土魔術ガイアード≫……」


 更に、≪石弾≫での追撃をかけようとするゴストラ。彼の脳裏には既に、決着の景色すら浮かんでいた。

 しかし、その隙とも呼べぬ刹那。

 ガットは懐から何かを取り出し、ゴストラに向かって投げつけた。


「なにっ!?」


 空気を切り裂き迫るそれを咄嗟に刀で受け止める。金属音と共に弾かれたそれは、ゴストラの折れた刀の先端であった。


「何時の間に——っクソ!」


 集中を乱され、生成途中の≪石弾≫は消え去っていく。

 その一瞬の隙は、ガットが沼を抜け出し、肉薄する距離まで近づくには十分であった。


「おおおおおお!!」


「があああああ!!」


 互いに雄たけびを上げながら手にした武器を打ち合う。

 暴力的な破壊音が周囲を包み、やがてゆっくりと鳴り止んだ時——両者の手に握られていたのは、刀身が砕かれ失われた、柄のみであった。


「ハア……ったく、気づいてやがったか。俺が≪剛性強化≫を解いてたことに」


 流石の俺様でも三つ同時は無理ってもんだ、と軽い調子で笑うゴストラに対し、ガットの表情は沈んでいる。


「いや、半ば賭けのようなものであったが……いずれにせよ、某は剣を失い、貴殿には魔術がある。某の敗……」


「オイオイオイ……冗談よせよ」


 自ら敗北を宣言しようとするガットの言葉を、言い終える前に遮るゴストラ。


「このゴストラ様が、刀をへし折られた上に魔術を全て破られて、それでも勝ったと言い張るような恥知らずに見えるってェのか?おい」


「い、いやそういうつもりでは……」


 その剣幕に思わずたじろぐガットに対し、ゴストラはその胸をドンと小突く。


「勝負は引き分けだ。おめえの剣があんなナマクラじゃなけりゃ、結果も違ったろうよ。だが、それはそれとして……だ」


 ゴストラはニヤリと笑う。


「建前としては俺の勝ちってことなら、落とし前はきっちりつけて貰うぜ。チビ助……それと、ゴブリーナァ!」


「な、なんだよ!?」


 唐突に名前を呼ばれ慌てるリーナと、ゴストラの真意を測りかねるガット。

 しかし次にゴストラが発した言葉は、彼らを更に困惑させた。


「てめえらの身柄はゴストラ一家が預かる。今日から俺の舎弟としてみっちり働いて貰うからな」


「えっ……」


 その宣言は、当事者の二人のみならず、その場に居合わせた衆人全員が同じ反応をしてしまうほどの衝撃を人々に与えた。


「ええ~~~~!!??」


 

 

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