改造人間間仁田亮治は闘うどころじゃない

@souon

第1話


 目を覚ましていの一番に間仁田の目に飛び込んできたのは、銀縁メガネを怪しく光らせ、白衣を着て、悪の組織の親玉然として腕組をするブッコローの姿だった。

「おはよう間仁田クン、いいや、MANITA-R2。驚く勿れ、君はサイボーグとして生まれ変わったのだ」

間仁田は目を瞬かせて言った。

「そのメガネ、僕のじゃないですか?」

 ブッコローの大きな顔へと強引に捩じ込まれたメガネのフレームは、今にも張り裂けそうになっている。ところがブッコローは、ハラハラする間仁田の心情など知らぬ存ぜぬでそっぽを向いた。 

「ノンノンノン、ノンだよMANITA-R2!今の僕はR.B.ブッコローじゃなァい。悪のマッドサイエンティスト、Dr.ブッコローなのさ」

「じゃあやっぱりブッコローじゃないですか。そんなことよりメガネ」

「ノンノン、心配ご無用だよ。落ち着いて周りをよ〜く見てみたまえ」

 そこでようやく間仁田は、自分が実験室のような部屋の診察台に寝かされていたことに気がついた。昨夜はブッコローと飲んでいたはずだ。さほど量を飲んだわけでもないのに、途中から記憶がないのは何故だろう。ついでに、裸眼にしてはやけに視界が明瞭なのも不思議だった。棚に並んだ怪しげな薬品のラベルに印字された文字まで読める。

「改造手術により君の視力は1.2になった。君にメガネなどという前世紀の遺物はもう必要ないのだよ」

それはただのレーシックではないだろうか、と思いつつ、心底得意げに胸を張るブッコローを見て、ツッコむのはやめておいた。

「はあ、確かに驚きゅ……驚くほどよく見えます」

「っか〜!またそうやって大事なところで噛む!おまけにリアクションうっすいし!そういうとこっすよ間仁田さん……じゃないMANITA-R……R何だったっけ?めんどくせぇもう間仁田でいっか」

「すみません」

 そう言われてもリアクションの取りづらい微妙な変化なので仕方ない、と思いつつ、間仁田は内心がっかりしている自分に気がついた。どうせならばもっと派手な変化があっても良いではないか。突飛な展開に戸惑いはしたが、寝ている間に改造人間にされてしまう、という某特撮番組主人公的な展開には正直少年心をくすぐられる。

「ねえブッコロー、改造人間ってことは、視力以外も色々変わってるんですか?ビームが出るとか、空が飛べるとか」

間仁田の問いに、ブッコローはあからさまにニヤついた。どうやらそれを早く聞いて欲しくて仕方がなかったらしい。

「え〜レーシックだけじゃ物足りないんですかあ?わがままだなあ。しかし、無くはないですよビーム的なもの。脇の下にレバーがついてるでしょ?」

「ほんとだ、どうりで脇が閉めにくいはずだ」

「間仁田さん自分の身体の変化に鈍すぎないっすか?健康診断ちゃんと行ってます?まあいいや、そのレバー、引っ張ってみてください」

 ブッコローに言われるままレバーを押すと、黒い液体が両耳からデュッと噴出した。

「お醤油が出ます」

「へえ、すごいですね」

間仁田が素直に感心すると、ブッコローは何故か渋い顔になって、「この人相手だとボケがいに欠けるんだよな」などと呟いている。

「すごいですけど、いつ使うんですか」

「卵かけご飯の時とかどうです?レバーを出し入れすることで勢いも調節できるんですよ」

「なるほど、完全に止めるにはどうするんですか?」

「せっかくなんで試してみましょうか」

「完全に止めるにはどうするんですか?」

 ブッコローはご飯と卵を用意しにコンビニへ向かった。醤油まみれの間仁田は実験室で留守番をしながら、今夜は夕飯を食べて帰ると妻に連絡する必要があるだろうか、と思案していた。

 

 文明の利器たるレンチンご飯に卵を絡め、艶々の卵かけご飯を作成し、その上に身をかがめ、脇の下のレバーを控えめに引く。再びデュッと飛び出した醤油が薄黄色のほかほかご飯と床と間仁田のスーツに地図を描く。

「服が醤油まみれになります。醤油の量も多すぎますね」

 辺りにはしょっぱい芳香が漂っていた。ブッコローは顎に手をやって思案すると、そうだ、と呟いた。

「間仁田さん、左鎖骨にボタンが付いてるでしょう。押してみてください」

 スーツの胸元を捲ると、確かに真っ赤なボタンが付いている。完全に肉体にくっついて、軽く引っ掻いてみても取れなさそうだ。他人の身体をなんだと思っているのだろうかと今更のように怒りが湧いてくるが、とりあえず言われるがままにボタンを押してみる。すると、間仁田の両くるぶしのあたりからヘリコプターのプロペラのようなものが生えてきて、高速回転を始めた。間仁田の身体は上下反転して宙吊りになり、天井付近まで上昇すると、ホバリングを始めた。その上、ヘリコプターでいうテールローター――メインのプロペラの回転による反作用で機体が回転してしまわないように機体後部についているプロペラのことである――に当たる機構が不足しているため、プロペラの回転方向と反転する形で身体全体が高速回転している。間仁田は吠えた。

「ウオオオオオオオオオオオオオオ!」

 醤油は遠心力によって四方に飛び散り、部屋中を黒く染めていく。プロペラの駆動音に負けないよう声を張り上げ、ブッコローが下から叫んでいる。

「どうですかー?これで醤油が服につかないっすよ間仁田さん!おまけに飛んでますよ!」

 ブッコローの瞳は少年のように輝いている。やはり空を飛ぶのはみんなの夢なのである。


 

有隣堂Youtubeチャンネルを影で牛耳る女こと、広報担当渡邊郁は、次回の収録に向けたネタ出しに思い悩みながら有隣堂のバックヤードを歩いていた。そんな折彼女は、誰もいないはずの会議室に灯りがついており、奇妙な物音が聞こえることに気がついた。

「あの、誰かいるんですか?」

 恐る恐るドアをあけた彼女の目に飛び込んできたのは、空中で逆さ吊りになり、高速回転しながら黒い液体を撒き散らす謎の男とそれを見上げる白衣のミミズクだった。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「間仁田さーん!どうですか間仁田さーん?アレ?泣いてる?」

 彼女はとりあえずドアを閉めることにした。

 


 

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