第12話 第一次クソ商品販売対策委員会
「とにかく、そういう事だからよろしく。ついにアボルスター星人に訴訟を起こされたみたい。対応に行かなくっちゃ……クソが!」
ジア女史は一瞬携帯端末の通知を見て血相を変えて捨て台詞を吐き、私たちに有無を言わさず無理難題を押し付け、裁判の方の対応をするべく惑星ゼノへと宇宙車で飛んでいった。
ジア女史を見送った——というより、女史に置いて行かれた——私たちは女史が手をつけなかった分の茶菓子を食べながら、魔法少女コスチュームを纏ったゼンを見てため息をついた。
「な、何見てんだよ!」
ゼンはその珍奇な格好をした巨体を一生懸命に腕で覆い隠した。
「ボス、仕事受けんの?」
姐さんがマグカップのお茶を啜りながらボスの方を向いた。
「いやいやいや! どう考えても我々で手に負える話じゃないだろう! 宇宙経済は終わりだ! バカなおもちゃのせいで!」
ボスは水槽の中で取り乱し、変身した愚かなゼンを指差しそう叫んだ。今度のストレスはこれまでの比ではないらしく、ボスの半透明の体は心なしか緑色に濁っている。
「——でも、拒否権ないって言ってましたよね。マーク卿とサーク卿から直接仰せつかったって……マーフィー君が反応しなかったんだから、嘘だとは思えません」
私はジア女史が資料と共に置いていった依頼書に書いてあったマーク卿とサーク卿のサインを見た。ゼノ連盟の総帥にしてゼノ社の代表取締役・マーク卿とサーク卿。上司だとか親近感のある言葉で呼べるほどの存在ではない。雲の上、私たちの住む宇宙の支配者と言っても過言ではないほどの権力者のふたりが、なぜ突然私たちにこんな任務を寄越したのかは分からない。ボスはいよいよ体全部を真っ青にしていた。
「ステラ、やめてくれえ……言わないでくれ……もうおしまいだ。皆には悪いけど、どう考えても断るか放置するしか選択肢がない。ゼノ星系外に出る身支度を——」
ボスは自身の選択で宇宙経済を崩壊させるかもしれないという責任感、無理のある仕事を押し付けられた上に部下全員と共に宇宙中を敵に回すかもしれないというプレッシャーのせいで、水槽の中で風に遊ばれるビニール袋みたいになっていた。
「早まんないでよ! 断るとしても、言い方を考えないと」
姐さんはそう言ってボスの水槽を、肩を掴むときのそれと同じく掴んで揺らしたが、ボスは目を覚ますことなく水の力に弄ばれているだけだ。
「でも、この仕事を放棄するか断るか、夜逃げしたとしても会社の抱える問題が解決しなくて、宇宙経済が冷え込んで……不況に陥って、結局私達の暮らし終わっちゃうかもですね……」
私がそう言うと、好き勝手に騒いでいた皆が静かになった。
「なあ、なら俺たちがやった方が良くね?」
十秒くらい経ってから、ゼンが沈黙を破った。
「ゼン」
「ん? なんだよ、姐さん」
「その格好で言われても説得力ないのよ」
「あ、ああ……」
姐さんはいいことを言った風な顔をしておきながら、はち切れそうな魔法少女コスチュームを纏っているゼンを見て頭を抱えた。
「でも——確かに、ゼンの言うとおりだとは思う」と姐さんは付け加えた。
「姐さん……! だろ?」
明らかにTPOというか、そもそものイメージにそぐわない格好をしたままのゼンはその可愛い衣装に負けないほど顔色を明るくした。悔しいことに私も積極的ではなくむしろ消極的賛成ではあるものの、ゼンと同意見であった。
「そうですね、どうせならなんかの間違いで成功して、臨時ボーナスとか貰っちゃいましょうよ。ギャンブルみたいなやつです」
「ステラ……随分ノリが軽いねえ」
連日のストレスによって少し体積が小さくなった気がするボスはいよいよ気泡になってしまいそうな勢いでその可愛いぷよぷよした体を縮みあがらせた。
「まあ、何もしないで宇宙を追われるよか、思いっきり華々しく散った方が人生の最後にはちょうどいいかなって」
私がそうわざとらしい笑顔を浮かべて言うと「ポジティブなんだかネガティブなんだか分かんねえ……」とゼンが首を振った。
「あんたはコンセプトがわかんない格好してるじゃない」
私は滑稽なゼンの姿を一瞥し、窓の向こうに広がる美しい無限の宇宙に思いを馳せた。「エアリ、どこにいるんだろう」とか「もうそろそろこの宇宙ともお別れか……」とか心の奥でつぶやいた。ジア女史によって押し付けられた異常事態とも言える、逃げられず失敗も許されずなおかつ失敗することがほぼ確定しているというこの理不尽な無茶振りを前に、地球が産んだ天才である流石の私も思考回路がショートしてしまった。この宇宙の経済を自らの手で崩壊させるかもしれない状況、宇宙転覆を目論む悪役であればまたとない好機だが、私は宇宙を愛し、宇宙経済の中で生きる小市民である。責任が重い、裁量が大きいという次元ではない。自分の一挙手一投足が多くの人々の運命を分つような立場にいる人々ってすごいのだな、と改めて子供めいた感慨に浸ったのち、私は「もうなるようになればいい、全て運に身を任せてしまおう」という諦念の域に達した。
「全く、若いもんはすぐそんな投げやりになる。この宇宙経済を、この手で! 終わらせることができるやもしれん好機ぞ! もっと楽しめい!」
真横にラスボス級の悪役がいた。博士は性格がひん曲がりすぎているせいで首もくねくねに曲がってしまったのかもしれない。収拾がつかなくなってきたところで、ボスが半狂乱で叫んだ。
「失敗して我々に責任を押し付けられたらどうするんだ! 経済を混乱させたテロリストとして週刊誌にすっぱ抜かれ、ゼノ連盟の星々全てに憎まれ……見せしめにブラックホールに投げ込まれでもしたら……ああ、恐ろしい! グレイ、君もなんか言いたまえ!」
先ほどから我関せずと言わんばかりにマーフィー君と皿洗いをしていた先輩に、ボスの矛先が向けられた。グレイ先輩は白々しくスポンジを持つ手を耳に当てた。
「え? 俺はどっちでもいいっすよ!」
聡明なグレイ先輩も私と同じように壮大で絶望的な話を前にして、現実から目を背けたくなっているようだ。
「ダメだ、姐さん以外みんながおかしくなっちまった!」
ゼンは悲痛に叫んだ。
「あんたの格好が一番おかしいのよ」
私は窓の向こうの小惑星が燃えるのを見つめながら、反射するゼンへ静かに告げた。
「ったく、皆取り乱しよって情けないの。バーガックスの捕獲の時に見せた威勢の良さはどうしたんぢゃ」
博士は長く曲がった首を横に振った。
「博士、そうは言っても今回ばっかりは詰んでるよ! 終わりなんだ!」
ボスは水棲の種族なはずなのに水槽の中で溺れているかのように動転してぶくぶくと泡を吹きながら博士の前に立ちはだかった。
「失敗したらその時! そうなったら宇宙経済が冷え込んで苦しむ人間が増える! ワシが何かしら発明して大儲けができる! 成功したら宇宙経済を救った者たちとしての名声、さらにはマージンも弾むぢゃろう。またとないチャンスぢゃ。それに失敗した時の保険もある。ジュディス」
『ハイ』
博士がジュディスにそう言って目配せすると、それまで静かにしていたジュディスが頷いた。
『この宇宙に居場所、なくなっちゃうかもしれない』
ジュディスの顔にあたるモニターの部分から、先ほどのジア女史の理不尽な指示が流れはじめた。どうやらジュディスは先ほどの会議の様子を録画していたらしい。
「仮に経済が滅茶苦茶になって責任を取れと言われたら、これを週刊誌に売りつけてやればいいぢゃろう。ゼノ社の理不尽なパワハラ実録。自伝も出せば隠居生活の初期費用くらいは稼げるぢゃろ」
「そうだよ! そもそもなんかみんな失敗した前提で話してっけどさ、俺たち前回も出来たんだから、今回だっていけるって。いいチームだろ、俺たち」
博士は自信満々にある意味ではポジティブな作戦を明かし、ゼンは間抜けな格好で熱弁したが、ボスは水槽の底で寝込んでいたので聞いていなかったようだ。
「はあ。もうボスには部屋で休んどいてもらうとして、とりあえずやるだけやってみよ〜。メール整理も飽きたし。飲み物とってくんね」
姐さんは恐らく、ことの重大さを理解した上で凪いだ水面のような心を保つことのできる強い心を持っているのだろう。私は先ほども申し上げた通り、絶望の先にある無我の境地、諸行無常、風の前の塵、草舟のような心持ちである。
ストレスにさらされたボスは熱を出して寝込んでしまったので自室で休んでもらうことにし、皿洗いを終えたグレイ先輩も渋々加わって、私たちはボス抜きで会議をはじめた。
「で、どうするんです。欠陥品とはいえ、あれだけ生産しちゃったからにはそのまま廃棄すれば宇宙環境保護法違反だし、収益もゼロ。結果的にゼノ・ダンバイ社が莫大な借金を抱えて倒産してしまうから無理だし、少なくとも、定価より低い値段だろうがどうにかしてこの激ヤバの品物を売り出して少しでもコストを回収しなきゃなんですよ」
誰も話し始めないので、仕方なく私が今一度この絶望的情報を皆にまとめて伝えた。
「時間も無限にある訳じゃないのよね。ゼノ・ダンバイ社の株主たちが万が一事態を察知しようものならおしまい」と、姐さんは腕を組みながらつぶやいた。
「微生物の部分を取り外して、フツーのおもちゃとして売るのはどうだ?」
グレイ先輩は大きな目で説明書を見つめながら提案した。
「確かにデザインは可愛いけど、キャラクターブランドの商品でもないし、280京個はおろかそこまで売れるとは思えません。結局微生物を取り出すためにもう一度生産ラインに差し戻す輸送、それからその分の工程を行うコストが増大するし」
そう説明すると、先輩は肩を落とした。
「そうか……いいアイデアだと思ったんだけどな」
また皆がしばらく黙って机の真ん中にあるミラクルカフカのサンプルを眺めていると、ゼンがコーヒーに映る自分の姿を見て震え出した。
「俺、一生この格好のままなのかなあ……」
「いいんじゃない面白いし」
そう言うとゼンは「いい訳ねえだろ!」と威嚇してきた。
「まあゼンが戻れるかはどうでもいいにせよ、この商品を今のまま有効活用する方法とか体よく捌く方法を考えるよりも、一度変身したら死ぬまで微生物を剥がすことができないっていう欠陥を是正していく方向性で考えてみるのはいいと思います。ま、株主たちが気づく前にそれを思いつけるかって話ですけど」
私はクッキーを食べながらやさぐれた顔でつぶやいた。
「微生物が皮膚の上で繁殖して癒着しちゃうのが問題なんだろ? 服を着た状態で変身したら服はダメになっちゃうかもだけど脱ぎ着できるんじゃないか?」
グレイ先輩の質問を受け、私はミラクルカフカの説明書を今一度見た。
「服だと皮膚に癒着できないから、そもそも微生物が繁殖できないみたいですね。だからわざわざ使用前に衣服は脱いでくださいって言われるみたい」
「なんだよこのクソ商品は!」
グレイ先輩はコーヒーをぐいと飲み干して酔っ払いみたいに叫んだ。おもちゃ会社がこんなとんでもないものを開発するだなんて、誰も予測していなかっただろう。ジア女史があのようにストレスを隠しきれていなかったのも、よくわかる。私は頬杖をついてそんなことを考えながら、ミラクルカフカの説明書に載っている微生物の顕微鏡写真を見た。隣の姐さんも同じものを見つめているようだった。
「この微生物について、もう少し調べて理解を深めた方がいいかもしれないね。このおもちゃの致命的な欠陥なわけだし」
姐さんが説明書を指さしてそう言うと、博士はミラクルカフカのサンプルのうち、未使用の方を手に取って席を立った。
「ならば解析はわしが引き受けよう。生物の分野は明るくはないが、遺伝子実験を繰り返し——とにかく、生物実験できる設備もある。このサンプル借りてくぞい」
きな臭い単語を口に出しかけたが、博士は頼もしくも自分から面倒そうな仕事を引き受けると言ってくれたので、姐さんは満足そうに笑った。
「博士って意外とやる気出すよね〜。こういう時」
「キャキャキャ! こんな恐ろしい微生物のサンプルが手に入ったのぢゃ。調べて悪用できないか考えるに決まっておろう!」
「自ら悪用って言わないでくださいよ……」
私は一瞬博士を見直したことをまた後悔しながらつぶやいた。
「小僧! お前も来い。発動した微生物についても詳しく調べたい」
「おう!」
博士とゼンはそうして席をたち、マーフィー君とジュディスと共にラボに向かうべくエレベーターへ歩き出した。
「クキキ、実験体が頑丈そうでよかったわい」
「あの、俺で実験しないでくれよ?」
博士に言われるがまま着いていったゼンは、エレベーターの扉が閉まる直前で不穏なことを言われていた。あいつ生きて帰ってこられるのかな、と思いながら私はカップのコーヒーを飲み干して、背伸びをした。
「僕たち暇になっちゃったけど、どうする?」
グレイ先輩はカップを片づけながら少しばつが悪そうな顔をした。恐らくあの憎き博士のみが今役立つ仕事をしている状況が気に食わないのであろう。
「まあ、博士が結果を持ってくるまでは結局何もできませんもんね。自由時間にしちゃいましょう!」
「それもそうか、了解」
几帳面なグレイ先輩は皆のカップを洗い始め、私は席を立って足早に階段へ向かった。
「あれ、どこ行くの」
姐さんが下から声をかけてきて、私は立ち止まった。仕事もなく、絶望を前にしてしまった地球人の魂を鎮めることのできる場所——行くところはただ一つである。
「はあ、なんだか疲れちゃいました。お風呂行きます!」
私が答えると、姐さんは羨ましげに角を輝かせた。
「え、じゃあアタシも行こっかな〜」
ステキなステラ 脱水カルボナーラ @drycalbo
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