第4話 二人の怪物

「やれやれ、こんなにいたぶりやがって。待ってろ、今助けるから」

フリルで縁取られた怪人——フリル怪人は、また気を失ったとしおの方を向いた。

「お前、臭うぞ。人間のフリしてる。気持ち悪い」

パプリカ頭は、食事を邪魔されて心底不愉快だったのか、目を細めてフリル怪人の方を向いた。フリル怪人はパプリカ頭の言葉に、頭の周りのフリルをぴくりと動かしたものの、その薄笑いは変わらない。

「——俺は人間だよ」

フリル怪人の周りの空気が、瞬く間に凍てついて、青白い氷の粒子が舞い始める。

「ふぅん、素直になればいいのにねぇ。ま、いいや。邪魔したんだから、お前は肥料にしてやるよ。そうだなあ、お前は、ズッキーニの肥料にしてやろう」

パプリカ頭は目をねっとりと歪めながら、フリル怪人に向き直った。

「言ってろ。お前を酢豚の具材にしてやるから」

そう言うフリル怪人の背後には、点々と彼が来た道を示すように、切り刻まれた異形の野菜たちの残骸が転がっている。手には氷の剣、背中には絵の具を空中に撒いて時間を止めたような色と形の、奇妙で禍々しい翼。間違いなく、フリル頭の怪人も、パプリカ頭とはまた違う異形そのものだ。

「死ね」

パプリカ頭がジャケットのボタンを外す。彼の体から枝が二対、左右から生える。枝の先には、耳をつんざくような音を立てて丸鋸が高速でまわり、フリル怪人の体を八つ裂きにする機会を伺っていた。

「残念だ。頭がキモい奴同士、仲良くできると思ったんだけどな」

フリル怪人は捨て台詞を吐いた後、高く跳び上がって大きく剣を振りかぶり、パプリカ頭に斬りかかった。パプリカ頭は見切っていたように難なく躱す。フリル怪人が着地するよりも早く、彼の体の四方を鋸が囲う。

「あっけないもんだね」

パプリカ頭はにやけた。咄嗟にフリル怪人は翼でその身を覆って、鋸を受け止める。鋸の回転は止まることを知らないのか、フリル怪人の翼を絶えず責める。翼は傷すらつけられることもなく、液体のように形を保ち続けていた。

「くっ」

フリル怪人は翼を勢いよく広げて、鋸を退けた。

「いいねぇ、手間がかかって最悪だ」

 パプリカ頭は不快そうに真っ赤な頬を掻いた。

「うるせえよ」

フリル怪人の持っている氷の剣が溶けた。溶けた剣は地面に吸い込まれていくかと思いきや、また瞬く間に光を纏って凍り始める。そうして、まるで魔法がかかったように氷の剣は、フリル怪人の背丈ほどもある大きな弓へと姿を変えた。

「そんな重たそうな武器にして、馬鹿だね。真っ二つにした後また真っ二つにして、肉片を十六等分にしてあげるよ」

パプリカ頭は、フリル怪人が弓を構えるよりも早く、間合いを詰めて首を刈り取ろうとした。

「お前にはこれで十分だろ」

「はぁ?」

フリル怪人は張り付いた薄笑いに余裕そうな色を浮かべた。彼は弓を携えたまま禍々しい翼を広げて跳び上がり、またパプリカ頭の攻撃を避ける。フリル怪人は勢い余って体勢を崩したパプリカ頭の一瞬を見逃さない。引いた氷の弓の真ん中に、また空気が輝いて矢が現れる。周りの空気が冷たくなっていく。しかし、血が沸騰するような熱い苦しみにうなされるとしおは感じ取ることはできなかった。

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