27. 連携




 「まったく……一体何を考えてるんだよミティオ! シェリーをこんな危ない目に遭わせて!」

 「そうは言うがな。そもそも勝手に付いてきたのは彼女の方だぜ? 大人しく客室で寝てろって言ったのによ。むしろ、保護者でありながら目を離したって意味では君の方が……」

 「そもそも何も説明せずに出て行くキミの方が悪い! シェリーの無鉄砲さは知ってるくせに、一人で意味深に出て行ったりしたらこうなるに決まってるじゃないか」

 「知らねえよ」


 エレノアから理不尽な叱責が飛んできた。

 勝手知ったる仲のエレノアならばともかく、俺にシャロンの行動を予測しろというのは無理な話ではないだろうか。


 「心配したってことよ。アンタっていつも肝心なことは話さないで自分一人で何とかしようとするんだから。アンタが出て行ってからのお嬢様二人のソワソワっぷりは見てらんなかったわ」

 「なっ!? シェリーはともかくボクは、別に……!」


 エレノアが頬を赤らめてモニカに抗議する。


 「勿論、あたしもね。毎度毎度、危険なことは分かりきっているのに何でもない風に装って……こうやって居合わせた以上、あたしも勝手に手伝わせてもらうわよ?」

 「へっ、敵わねえな」


 シャロンを庇うように立ち、両手に収まる程度の大きさで造られた小型の“銃”を手に、モニカは言い放つ。

 こいつはこうなったら下がれと言っても聞かない。それに、モニカは魔法こそ使えないものの魔法具を使わせたら右に出る者はいないのだ。



 俺たちの前に立ちはだかる残り三体の“影法師かげぼうし”の背後に、大量の黒い獣たちが現れる。その数、今夜襲ってきた影絵たち全てを合わせたよりも多いかもしれない。

 先頭の三体に続くように、一斉に襲い掛かってくる無数の“影”たち。おそらくこれが最後の攻勢だろう。


 「仕方ない。やるからには役に立ってもらうぜ。ちょうどお嬢様の護衛も欲しかったしな。背中は任せた、相棒」

 「了解っ!」


 威勢のいい返事とともに、モニカはいつになく張り切って銃を握りしめた。




◇ ◇ ◇




 モニカさんはミティオさんの言う“影絵”たちの群れへ、水の魔法で作られた弾丸───【水流弾】を魔導銃から撃ち出し、魔物たちをまとめて吹っ飛ばしていた。


 「ミティオっ!」

 「ああ」

 「す、凄い……」


 彼女の合図を受けてミティオさんは、思わぬ反撃に動きを止めた影法師の一体へ隙を突いて近づき、鞘のままの刀の斬撃で斬り伏せる。呻き声を上げる間もなくたちまち霧散する影法師たち。

 “家族”というのに相応しい息の合いっぷりに、わたしは思わず溜息を漏らした。


 「見るのに夢中で列車から振り落とされるなよ、シャロン。モニカ、次だ」

 「任せなさい!」


 わたしへひと言忠告だけして正面へ向き直ったミティオさんへ向けて、再び挟撃の態勢に入っていた魔物たちの集団を、モニカさんの放つ魔法が牽制する。

 魔法を弾丸として装填し撃ち出す“銃”。火薬の代わりに火の魔法を用いて弾を撃ち出す魔力銃というものがあるのは知っているけれど、このように魔法そのものを撃ち出すような───魔法射出装置とでも呼ぶべき代物なんて、今までに見たことも聞いたこともない。

 ミティオさんはあの人を魔法具の技師だと言っていた。だったらあの銃も、あの人自身が作ったものなのだろう。きっと、ミティオさんと共に戦い、助けるために……


 「はぁ。今日はやたらと戦場が広いぜ。敵が来ないからわざわざこっちから動き回らなきゃならねえ」

 「何よ。せっかく手伝ってやってるのに今さら文句でも?」

 「スリルが無くていけねえや。目の前以外に敵がいなくなっちまうからな」

 「当然ね。大人しく普段から連れてこればラクできるのに」

 「明らかな過剰戦力だからな。お前の腕を化け物相手に見せてやるのは勿体ない」


 軽口を叩きながら、魔物たちの群れを一網打尽にしていく二人。お互いこれ以上ないくらいに信頼し合っているのが分かる。

 長年連れ添ってきた絆の深さをまざまざと見せつけられているようで、つい心がざわついてしまう。




 「エレも。《剣姫》の腕前、当てにさせてもらうぜ?」

 「当然。シェリーを守るのはボクの役目だ。これ以上キミの出る幕なんて無いねっ!」


 ミティオさんの問いかけに、剣身に風を纏わせ突風で影たちをまとめて弾き飛ばしながらエレも応える。


 「はあぁぁぁぁっ!!」


 エレが得意の【跳躍】で魔物たちの間を駆け抜け、黒い影たちを一体ずつ確実に倒していく。エレの剣術の腕前はよく訓練を見せてもらって知っているけれど、こうして本当に戦っているのを見ると、やっぱりエレは凄いんだと実感してしまう。

 《風の剣姫》なんて呼び方、本人は「大袈裟おおげさだよ」なんて言っているけど……そんな呼び方が生まれるくらいには、彼女の技は他の騎士たちと比べても卓越している。才能と、なによりエレ自身のたゆまぬ努力のおかげだということは、わたしが一番知っているから。

 それに比べて、わたしは……?


 「───ゴァ───!」

 「この程度の獣にやられるような騎士は親衛騎士隊ウチにはいないよっ!」


 熊のような姿をした影法師の爪の一撃を華麗に剣で受け流して、そのまま【暴風】の檻に封じ込めるエレ。


 「ミティオっ」

 「おうよ」


 地に伏した影法師へミティオさんの鋭い追撃が打ち込まれる。


 「一丁上がりっと」


 彼は影を刺し貫いた鞘を無造作に引き抜くと、霧散した影の残滓を払うかのように手ではたいた。


 「やるな、エレ」

 「ミティオの方こそ、即興なのによく合わせたね?」

 「既に二度、君の剣筋は見てるからな。経験の差だな、経験の」

 「というより、年の功かな? 流石、ボクより五つも歳を食ってるだけはあるね」

 「俺はまだ二十歳だ! 十分若いっての」


 気が付けばエレまでミティオさんと仲良くなっている。というか、いつの間に愛称エレ呼びになってたんだろう。

 本来、エレはわたしの護衛なんかに収まっていて良い実力じゃない。日の当たらないわたしなんかよりもお姉様やルシウスの方が相応しいし、名声も鑑みればゆくゆくは騎士団長にだってなれる。

 積み上げてきたものも実力も、わたしなんかとは比べ物にならないモニカさんとエレ。そんな二人だからこそ、ミティオさんと肩を並べられる。そんな二人に比べて、ただ連れ出されただけのわたしなんかじゃ、何の役にも立てない……!




 「……っ……」


 悔しい。

 仕方ないことなのは分かってる。こんな化け物たちを相手に、わたしに出来ることなんか無いということも。

 でも……

 ミティオさんが必要だと言ってくれたのはわたしなのに。わたしだけがあの人に、今この場で必要とされて───いない。


 「シャァ──────ッ!!」


 ミティオさんに向けて、残った一体の影法師が襲い掛かる。が、ミティオさんはそれを軽々と受け止め、投げ飛ばした!


 「モニカ! エレ! 残りは

 「任せ」「なさいっ!」


 モニカさんが魔法で影法師の身体を【止め】、エレが颯爽と斬り伏せた。


 「───ァァァ──────」


 最後の影が掻き消える。影法師を形作っていた黒霧が、走る列車に流され過ぎ去っていく。


 「ふう。即席にしちゃあ、悪くない連携だったな」


 そう言ったミティオさんの肩に、刀の姿から戻った黒狐猫チェレンが飛び乗る。

 そうだ、この子も。

 ミティオさんは満足げに黒猫の頭を撫でた。


 「そうだね。モニカさん……だっけ。その魔法具、大した性能だね」

 「非力で“紋なし”のあたしが身を守るには、これくらいの物が必要なのよ。そうね、“魔導銃”とでも名付けようかしら。ふふっ、《風の剣姫》様も噂に違わぬ実力ね。その歳で親衛騎士隊の副隊長様を務めるだけはあるわ」

 「シェリーの護衛として、肩書きだけだけどね」


 エレとモニカさんが額の汗を拭いながらお互いを称え合う。

 二人とも、命の危険すらあったあの修羅場の中でも余裕を失っていなかった。わたしは、ただ座り込んでいることしかできなかったのに……

 そして、まるで何もなかったかのように平然としているミティオさん。少し手を伸ばせば届く距離にいるのに、彼の姿が何故だかとても遠くにあるような気がしてしまう。


 「っと。無事か、シャロン?」

 「っ……はい…………」


 わたしの方を振り返って訊ねるミティオさんに、思わず目を逸らしてしまった。


 「? どうした?」

 「いえ……」


 この人は───ミティオさんだけじゃない、エレやモニカさんも───この人たちのいる世界は、わたしとは違う。違いすぎる。わたしなんて、さっきから足がすくんで立つことができない。

 みんな、ずっと屋敷の中に引き籠っていたわたしなんかじゃ付いていけない世界に生きているのだと、思い知らされたような気がして───


 「───っ!?」


 ぞくり。

 言い知れない悪寒が背筋を走る。


 「何か───来ます!」


 得体の知れない、恐ろしい“何か”が来る。

 そんな直感に従って、わたしは遠ざかる街の方向を指差して叫んだ。




 「オオオヲォォ──────ンッ!!!」




 直後、この世のものとは思えないような咆哮が響き───


 「───こいつは……」


 わたしたちの目の前に、一匹の“獣”が降り立った。

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