26. 迷信




 「これってもしかして、人……?」

 「ああ。人型であることは確かだな」


 俺たちの前に現れた、さっきまでとは様子の異なる“影絵の獣”たち。中でも一目見て分かる大きな違いは、やはり明らかにヒトのカタチをしていることだろうか。


 「───」


 声にならない声で呻きながら、俺たちを扇状に半包囲してくる五体の“影法師かげぼうし”。よく見ると、一人の手には刃物のような鋭利なものが握られているようにも見える。


 「この動き、見覚えが……もしかしてあの人たちって」

 「気付いたか」


 シャロンがハッとしたように呟いたのを、俺は肯定する。


 「あの時の五人か。動きまで同じとは……なかなか凝った演出じゃねえか」


 ゆらりゆらりとおぼつかない足取りで俺たちを囲む人型の影たちは、シャロンと初めて会った時に彼女を追っていたチンピラ連中とそっくりだった。顔立ちは真っ黒なせいで輪郭以外ほとんど分からないが、背格好や動作のクセが同じだ。


 「どういうこと……というか、この魔物たちって何なんですか!?」

 「コイツらが何者かなんて俺も知らねえよ。おとぎ話に出てくる魔獣、伝説のドラゴン、幽霊や妖怪の類に向かって、そいつらが何なのかなんて聞いても意味は無いだろう?」

 「でも、この人たちは、どう見ても……」

 「既視感があるよな。面白いもあったもんだ」




 シャロンと問答をしている間もなく、奴らが示し合わせたように一斉に襲い掛かってくる。


 「頼むぜ、相棒」


 黒狐猫チェレンの黒刀を、鞘のまま振り払い襲ってきた影法師たちを吹っ飛ばす。だが一人だけひと呼吸おいてから動き出した刃物持ちの影だけは、上手く被害を逃れてそのまま俺に向かって刃を突き出してきた。


 「死ネヤァ……!」

 「死ぬかよ。勝手に仲間に引き入れるな」


 黒ん坊の腕を掴んで叩き伏せる。人型の奴らは知恵が働き連携を取ってくるのが厄介だが、そのぶん体術が効くのは有難い。武術というのは人間を想定した技術なのだから。

 這いつくばった影から右手のナイフを叩き落とそうと思ったが、どうやら手と一体化したものらしい。分かっていたことだが、こんな姿ヒトのカタチであってもやはりコイツらは人間ではないのだろう。


 「悪いな」


 俺はチェレンの刀を鞘のまま、地に伏した影に突き立てた。


 「───」


 声なき声で呻きながら、影法師は霧となって消える。残る四体の影たちが、それを見て狼狽えたかのように動きを止めた。




 「この人たちって……どう考えても、あの時の……」

 「そうだな。……なあシャロン、君を襲った五人があの後どうなったか、知ってるか?」

 「え?」

 「俺と君が出会った、明くる日の朝のことだ。街外れで五人の男たちの遺体が発見された」

 「っ……!?」

 「現場を調べた騎士団の見解では、仲間割れからの喧嘩が高じて殺し合いになったと判断されたそうだ。あいつら、他にも色々と後ろ暗いことに手を染めていたらしいからな」

 「でも、それは……本当じゃないんですね?」

 「十中八九、違うな。手を下したのは当然死神。奴やその背後との繋がりが露見しないように、口封じされたに違いない」


 それを聞いたシャロンがキッと唇を噛む。自分を殺そうとしていた相手とはいえ、殺されたということを知るのは気持ちのいいものではない。


 「だったら、目の前のこの人たちは……」

 「以前にも、こういう人型の影が現れたことはある。亡霊の類、かどうかは知らないがな。生前の恨みや後悔を抱えて現世に留まり、報復しようとするってのは分かりやすい理屈だ。でも本当のところは誰も分からない。他人の空似ってことも大いにあり得る」

 「でも……」

 「迷信は迷信だ。特定の誰かが周囲の不幸や妙な化け物を呼んだり、死んだ人間が蘇るなんてこと、あるはずがないだろう?」


 真相の分からない怪事件、未知の獣たちによる被害。そういった“分からないもの”を人は空想で生み出した魑魅魍魎ちみもうりょうの仕業にして、無理矢理にでも納得をしようとする。

 脅威の正体が何なのか、全く分からないのでは対策も取りようがない。それよりは、たとえ空想であっても“訳の分かる”理屈を見つけてそのせいにするのは、誰もが当たり前に持つ心理的な防衛本能と言える。そしてある意味、そういった迷信の最大の当事者とも言えるのが《魔女》と呼ばれて恐れられるシャロンなのだ。


 「ミティオさん……」


 迷信について言及されて、何か思う所があるのかシャロンはハッとした顔をした。

 いわれのない空想や流言で、傷つき貶められてきたシャロン。そんなことあるはずがないと否定したい一方で、あの日彼女が夜の街で吐露したように、もしかしたら本当に自分は不幸を呼ぶ《魔女》なんじゃないかと彼女自身も思い込むようになってしまっていたのだろう。




 「シャアアァァァ!」


 残る四体の影法師たちが、またもや一斉に襲ってくる。


 「下がってろ、シャロン。人型は少々厄介なんでな」


 俺は《死神》と相対した時のように【障壁】の魔法を展開して、チンピラ連中の影を迎え撃った。

 襲い来る奴らの突進を受け止め、魔法の障壁が表面に波紋を描く。


 「立てるか? チビッてても笑わねえから、今はとにかく下がっててくれ」

 「ち、チビッてません!!」


 顔を赤くしてシャロンが起き上がり、後退する。彼女が揺れる列車に足元を取られながら距離を取ったのと、奴らが【障壁】を強引に叩き割って突っ込んできたのはほぼ同時だった。


 「さすがの馬鹿力だな……!」


 いつの間にか手足を獣の爪のように鋭く尖らせた影法師たちをあしらいながら、俺はなんとか反撃の機会を待った。

 身体の構造自体は人型なものの、動きのキレや身体能力は“以前”とは段違いだ。文字通り獣じみた腕力で抉るように繰り出される爪の一撃を紙一重で躱し、刀で胴を斬りつけようとする。が、続けて振り下ろされたもう一体の影の剛腕がそれを許さない。

 仕方なく後ろへ跳び退いた俺へ次々と連携の取れた攻撃が襲いかかり、俺は咄嗟に【障壁】で身を守ってから、壁が破られるタイミングで一気に刀を振り払う! ……が、影たちも読んでいたかのように後退して俺の一閃を躱してみせた。


 「もしかして、すごく強くなってる……!?」

 「ああ。基本的に人型の影法師は、動きにこそ“生前”のクセや仕草が見えるけれどもそれ以外は全くの別物だ。そして強かった奴も弱かった奴も、影になってからの強さには関係ない。案外、死んだ人間のをしているだけなのかもしれないぜ?」

 「あ……」


 死んだ人間とそっくりな姿、言動をする人間が現れたとして。考えられる可能性は二つしかない。そいつがまだ死んでいなかったか、あるいは何者かが化けた偽物か、だ。


 「なにせ、人を化かしてこそのだものなッ!!」


 俺は風の精霊から託された【跳躍】を使い、一気に間合いを詰めて影法師の一体を斬り伏せる!




 「やったっ! ……っ!?」


 シャロンが歓声を上げたのも束の間、残りの三体の影法師が瞬く間に俺を囲んで飛びかかった。


 「ミティオさんっ!!!」


 悲痛な声のシャロンの叫びが聞こえる。だが───


 「【止まりなさい】っ!」

 「せえええいッ!!」


 彼女の叫びをかき消すように響く聞き慣れた声とともに突如として影たちの動きが止まり、続いて月夜に響く甲高い掛け声の主が、目にも留まらぬ速さで影法師の一体を鋭利な騎士剣で切り裂いた。

 この、敵の動きを止める強力な魔法、そして突風の如き【跳躍】と剣技の主は───勿論。


 「よう、遅かったな」

 「何してるんだよ、キミたちはっ!!」

 「こんな時にまで堂々と逢引きは、流石に見過ごせないわよ?」

 「エレ! それに……モニカさん!?」


 お嬢様の直参たる少女騎士に、我が頼もしきもう一人の相棒だった。

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