25. 影絵




 月明かりの下、街道沿いの路線を駆ける列車の上を黒い影がうごめく。


 「シャアァッ」


 獣のような姿をしているというのに、蛇のような威嚇音とともに黒影が襲いかかってくる。


 「考えなしの突撃。芸が無いな」


 毎度お馴染みの突進にあきれつつ、俺は鞘に納めたままの刀を突き出し正面の“影の獣”を貫く。と同時に、背後からも襲いかかってきていたもう一匹の頭を素手で押さえて押し止めた。


 「グルァッ」

 「前後からの挟撃は良いが、動きが単調すぎる。あらよっと」


 そのまま、鞘に刺さったままの黒獣を振りかぶり、もう一匹にぶち当てて二匹ともを彼方へ吹き飛ばす。吹き飛んだ二匹の影は上空で霧のように霧散して消えた。


 「ヒュウ、花火にしてはちっさいが、中々の見ものだな」


 まずは二体。この程度は小手調べだろう。最初の数体を呼び水に、さらに多くの“影絵”たちが現れる。それがいつもの“影の舞踏会パーティー”の幕開けの合図だった。




 「グオォォォ……」

 「おー、今夜の料理も大盤振る舞いだな。食いでがありそうだ」


 地に空中に、列車の周りに次々と現れる漆黒の魔物たち。狼のような四つ足から、羽の生えた小悪魔のような風貌のものまでいる。だが、走る列車の周りに現れるものだから、結果的にすべて後ろから追いかけてくる形になる。


 「よっ、ほっ、そ~らよっ……と」


 黒狐猫チェレンが変化した刀を鞘のまま振り回しながら、襲い来る影たちを全て一刀のもとに蹴散らしていく。元が精霊の眷属だからか、その気になれば刀身を抜かなくても敵を叩き斬れるチカラがある。相手が生身とは言えないこの“影絵”たちならば尚更なおさらだ。たとえこのように大群になって襲いかかってきても───


 「せぇッ!」


 鞘のまま刀を一閃させると、列車の後方にまるでカラスの一群のように群がっていた魔物たちが残らず霧散する。




 「ふぅっ───」

 「───すごい」


 黒刀を腰に収めたところで、背後の足元から声がした。


 「……シャロンか」


 見ると、車両から梯子を上り整備用のハッチを開けて顔だけを覗かせた白髪のお嬢様がいた。

 列車の揺れの中にかすかに誰かが近づいてくる気配を感じて、さっさとケリをつけておいて正解だった。


 「何をしにきた。さっさと戻れ!」

 「それは、ミティオさんもです! なんでそんな所にいるんですか。危ないですっ!」

 「ちょっとした鍛錬だよ。武術をたしなむ以上、定期的な訓練は怠れないだろう?」

 「じゃあ、さっきの化け物たちは何なんですか……? 一人で無茶しないでください!」

 「無茶なんてしてねえよ。今のを見たろ? あの程度、物の数に入らないさ」


 シャロンが心配して怒っているのを軽く聞き流す。

 目にした光景をまだ理解しきれていないのだろう。訳の分からない化け物が自分の乗る列車を襲っているなど、その目で見たとしてもすぐには受け入れがたい光景であるのは確か。


 「そこにいると危ないぜ? 俺一人なら決して後れを取るつもりはないが、か弱いお嬢さんを守りながらとなると流石に自信はねえからな」


 すぐに影たちの第二波が現れる。

 俺たちを囲むように虚空から現れ、すぐに列車の速度に流されていく。だが運よく列車の上に現れたものもいて、頭をのぞかせたシャロンの真後ろに降り立った。


 「ひっ……!」


 可愛らしい悲鳴を上げてシャロンの顔が青ざめる。

 俺は間髪を入れずに彼女の後ろへ跳び、刀で影を打ち払った。


 「きゃっ……!?」

 「よっと。ほら危ない」


 つい手を離してしまい落ちかけたシャロンの手を掴み、引き上げる。


 「あ、ありがとうございます……っ!?」


 うのていで列車の上に出てきたシャロンが、目の前に迫ってくる影たちの群れに思わず息を呑んだ。


 「言わんこっちゃない。この程度でビビッてるようじゃあな。ま、見てろ」


 へたり込んでいるシャロンの肩に手を置いて安心させると、俺はまっすぐ向かってくる飛行型の闇獣へ向けて刀を投げつけた。すると刀はそのまま敵を貫き消し飛ばしたかと思うと、黒狐猫チェレンの姿に戻って他の魔物たちに次々と食らいついていく。


 「あ、あの子は……」

 「そういや、紹介してなかったな。俺の同居人……もとい、付きまとっている精霊の眷属、黒狐猫のチェレンだ。可愛い上に、こういう時には頼りになるだろう?」


 襲い来る影の獣たちを、爪で引っかき牙で食い破り、尻尾で叩き飛ばしたかと思うと刀の姿に戻って数体切り伏せてから俺の手元に戻ってくるチェレン。


 「おかえり」


 俺は再び刀の姿となった相棒のつかをひと撫でしてから、前方を大きく斬り払う。

 空を切り裂いて放たれた斬撃が、周囲の獣たちをひとつ残らず切り裂き霧にしていった。




 「……もう何が何だか……」

 「まあ、そうだろうな。この子にとっちゃ散歩みたいなもんさ。チェレンと出会ってからは、月に一度くらいはこういう舞踏会パーティーにお呼ばれしていてね。襲ってくる化け物たちを狩り放題の酒池肉林ってわけだ」


 14年前。チェレンが俺に付いてくるようになったあの頃から、ずっと。


 「あの化け物……まるで、おとぎ話の魔物たちのような……」

 「ま、当たらずといえども遠からずってとこだな。初めて見た時、奴らは“影絵の獣”と呼ばれていた。俺の前にチェレンを連れていた人も、何度もコイツらに襲われてはこの子に救われていたらしい。おかげで、“災いを呼ぶ魔女”だとか散々言われていたらしいぜ?」

 「それ、って……」


 忌み嫌われる白い髪を持ち、魔女と呼ばれて忌避されてきたシャロンにとっては他人事と思えない話なのだろう。ついでに言うと、彼女もまた白髪だった。


 「あの人がいなくなって、俺がチェレンを引き取ってからは今度は俺を狙ってやって来るようになった。襲撃は大抵の場合が夜だし、見ての通りことごとく返り討ちにしてるから大した被害もない。つまり、何の問題も無いってこった」

 「でも……それってどう考えても、原因は」

 「───君は、自分の子供が災いを呼んでるように見えるからって、その子を見捨てて放り出したりするか?」


 シャロンの言おうとした言葉を制し、聞き返す。

 この魔物───“影絵”たちを呼んでいるのは、あるいは奴らが狙っているのは、誰か。そんな問いに今さら意味は無い。十年以上奴らと戦ってきて、この光景もすっかり慣れっこになっている。それこそ、猟犬と狩りに出かけるように、飼い猫の頭を撫でるように、俺にとってこの“催し”はごく普通の、日常の一部になっていた。


 「君の親は、君が《魔女》と呼ばれて不気味がられていても、決して君を捨てたりはしなかったろう。それが全てだ。この子は俺にとっての大事な家族。多少面倒なことがあったところで、それがどうした。こうやって───」


 第三波、倍ほどに数を増やして現れた影たちへ、刀を一振り、二振り。まるで外套の土埃を払うかのように、造作もなく切り伏せてみせた。


 「───全部、叩っ斬れば済む話だ。俺とこの子なら、それができる。だろう?」


 そう訊ねた俺に応えるように、黒狐猫の姿に戻ったチェレンが肩に乗って喉を鳴らした。


 「ミティオさん、あなたは……」

 「うん?」

 「……似ているから、ですか? わたしのことを……その。《魔女》だって言われる日々から連れ出してくれたのも……」

 「まあ、そういう面もあるかもな。八割方は成り行きだが」

 「……」


 両手を胸元に寄せ、ぎゅっと握りしめているシャロン。

 彼女に対して、特別な感慨があることは否定しない。あの人と同じ白髪だし、下らない偏見にさらされて傷つき悲しんでいたのも同じ。少なくともシャロンには、暗い顔をして生きていて欲しくはないと思う。




 「ミティオさん……わたし、その……」

 「おっと、悪いが話はまたの機会にな。どうやら主役の登場のようだ」


 今まで列車の外の地面や空中に現れていた“影絵”たちだったが、今度は先ほどのように偶然ではなく、明らかに狙って列車の上に現れた五つの影。

 さっきまでの獣の姿をした者たちとは違う、人のカタチを取った“影法師かげぼうし”だった。

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