24. 列車旅




 ガタゴトと音を立てて車体を揺らしながら列車が走る。真夜中の街を走り去った貨物列車は、帝国南東部へ通じる街道に沿って敷かれた線路の上を滑るように快走していた。


 「これが鉄道……初めて乗りました」

 「そうなのか? 良家のお嬢様なら乗る機会があってもおかしくは───いや、そうだな。お嬢様だからこそ、大事に家の中に囲われていて乗る機会なんて無いのが当たり前か」


 つい何気なく返事をしてしまい、失言だったと気づいた俺は苦しまぎれの言い訳でお茶を濁した。

 「白い髪の魔女」の伝説ゆえに忌避される白髪を持ち、社交の場においても敬遠されるシャロンは家から出してもらえる機会がほとんど無かった。それが理由で今回の“家出”を決意するに至ったわけだが、やはりそのことは彼女にとって根深い問題のようで、目に見えて表情が暗く沈んでしまった。


 「あ~……悪い。他意があったわけじゃないんだ、すまない」

 「いえ……わかってます。でも、お陰でこうして初めての列車旅をミティオさんと一緒に過ごせているんです。そこはお父様に感謝しないとですね」

 「逞しいな、君は」


 そう言ってニコッと屈託なく笑ってみせるシャロン。半分くらいは本気で言ってるな、これは……


 「シェリー……言っとくけどボクたちも一緒だからね? ミティオも、近づきすぎない!!」


 シャロンの隣に座るエレノアがたしなめる。彼女たちの髪にはお揃いのように、花と羽根の髪飾りが留められている。


 「やれやれ、人気者は大変ねぇ。ちなみにあたしも初めてだけど、そこのところはどうなの? あたしたちの初めての相手になった感想は」

 「感想も何も、ただの列車旅だろう……わざわざいかがわしい言い方をするんじゃない」


 ニヤニヤ思わせぶりな顔でモニカが訊ねたことで、お嬢様二人が顔を真っ赤にして俯く。幼気いたいけな御令嬢たちなんだから、少しは手加減してやれと肩をすくめた。




 「え、えっと……でもわたし、本当に一度鉄道に乗ってみたかったんです。こんなに速く走り続けられるものなんですね」

 「魔法の火を燃料に蒸気を沸かし、動力に変えて車体を動かす魔法機関車。帝国の中でも南東地域は辺境に当たる土地だが、そんな地域にも路線が引かれているあたり、帝国の鉄道網の整備は進んでるよな。交通と物流は国の発展の基盤だ。この血流のごとく国中に張り巡らされた鉄道網こそ、帝国の近年の急速な発展の象徴とも言えるな」

 「実際、帝国横断鉄道の開通以来いくつもの鉄道が各地に敷かれて、帝国の発展は三十年早まったとも言われていますね。帝都やレヴェンスのような主要都市以外でも、鉄道のおかげで急速に開発が進むようになったのが背景にあるとか」


 初めての列車旅ということで、適度に列車に揺られつつ、窓の外を眺めながら話も弾む。俺以外は列車に乗るのも初めてのようで、その反応は三者三様だった。ちなみにこの列車は貨物列車であり、客室なんてものは無い。女子三人が、精々二人分くらいしかない乗務員室を借りて身を寄せながら窮屈に座って話に興じている。俺はというと、通路に立って辛うじて顔だけ覗かせている状態だ。


 「そんなに大層なものなのかい? たしかに歩くよりかは遥かに速いけど線路の上しか走れないし、速度だって馬車の全速力の方がまだ速いんじゃ」

 「ううん。問題はこの列車の大きさだよ、エレ。馬車の場合は八頭引きでも精々列車の車両ひとつ分の、その半分くらいの荷物を曳くのがやっとだもん。これだけ長い車両をずっとこの速度で引っ張り続けられるのはすごいよ。それにこれは貨物列車だから、人を乗せる列車ならもっと速いんじゃないかな」

 「そっか。船が入れない内陸でも、線路さえあれば同じように大量の物資を運べるってことか。作戦のための物資輸送も短縮できるだろうし、兵員の輸送だって……確かに、考えてみればかなりすごいことだね」

 「でもこの機関車、原理としてはまだまだ改良の余地があると思うのよね。言ってみれば魔力を一度熱に変えて、それから蒸気を沸かして動力に換えてる訳だから。工程が多い分、無駄ロスも大きいはずよ」


 鉄道の経済的意義を見抜いているシャロン、騎士という職業柄どうしても戦略的な見方をするエレノア、技術者としての興味を隠せないモニカ。


 「それって、魔法で直接車体を動かすってことですか?」

 「流石にそこまで便利な魔法は聞いたことがないわね。でも外国では“電動機モーター”という発明もされているらしいし、何かもっと効率の良い方法があると思うのよ」

 「へえ……そんなものが」

 「知りませんでした……」

 「この国は魔法に依存し過ぎているのよ。魔法が便利で強力なのは確かだし、それを利用することは悪いことじゃないけれど、あまりに魔法を神聖視してしまっている。たしかに未だ解明されていない不可思議な技術ではあるけど、そこにはちゃんと原理や法則も存在する。観察と実験でそれを解き明かして応用に繋げていくことが魔法技術の発展には一番大事なことなのに、貴族の自尊心プライドや既得権益のせいで魔法ってのは基本的に秘匿されてる。ちゃんと公開してくれたら魔法具にして、多くの人たちの生活を豊かにできるのに、貴族たちときたら…………あ、ごめんなさい。その、別にあなたたちに言ったんじゃなくてね?」


 貴族へ毒づくのを神妙な顔をして聞いているシャロンたちに気付いて、モニカはバツの悪そうな顔をした。


 「いえ、いいんです。わたしも、貴族とか平民とか移民だとか、そういうことで理不尽な目に遭っている人たちをこの目で見ましたから。知識としては前から知っていましたけど、実際に目にすると……やりきれないですね」

 「そうだね。ボクも東街区の移民の人たちが魔法の火を求めて追い返されているのを見たことがあるけど、見てて気分のいいものではなかったよ。伯爵閣下もそういう風潮をなんとかしようとされているみたいだけど……」

 「魔法の一般化や魔法具の普及に、難色を示す貴族の方がまだ多いんです。貴族にとって、血統魔法は重要な財産ですから……モニカさんの言う通り既得権益、なんでしょうね」


 魔法とは神や精霊から授けられた、貴族を高貴たらしめる家宝である。このように考える貴族は多い。そしてそれは部分的には間違いではないのだからタチが悪い。貴族家には「魔法を授かった経緯」が家の成り立ちや興隆の歴史とともに語り継がれていることも多く、歴史と伝統を大切にする彼らの目には、魔法技術の発展は自分たちの存在意義を脅かす脅威と映る。


 「それを何とかしたくて、今こうやって実家を飛び出してきたんだろう? ま、あまり深く考え過ぎるな。いくらここで悩んだところで、何もかも上手くいく妙案なんてものは無いんだから」

 「でも……」

 「俺らのような若造が少し何かしたくらいで解決する問題なら、そもそもこんなに深刻なことになってねえよ。少しずつ、長い時間をかけてゆっくりと解決していくものさ。初心を見誤るなよ。モニカは孤児院の子たちに温かい飯と寝床を用意できるようにすること。シャロンは家から出て外の世界を見ること。エレノアはシャロンの願いを叶えさせること。それ以上は過ぎた望みってもんだぜ」


 浮かない顔をして悩む少女たちをたしなめる。

 三人とも、二十歳に満たない人間としてはこの国でも指折りの優秀な者たちだ。下手に実力や影響力があるだけに、明らかに手に余る物事にも真剣になり過ぎる。もう少し肩の力を抜いてもバチは当たらないだろう。


 「そうね……まあ精々“火の魔法”を解き明かして、お偉方の鼻を明かしてやりましょ」

 「ボクもキミやクレメントス男爵には興味が湧いてきてるから、監視がてらじっくり見定めさせてもらうとしようかな?」

 「ああ、それでいい」


 モニカとエレノアが、それぞれに自分のすべきことを思い出し、悪くない笑みを浮かべた。




 「……」


 そんな中、シャロンだけは訝しげな表情のまま俺にまっすぐな視線を送り続けていた。


 「どうした?」

 「いえ、その……ミティオさんは、どうなんですか? ミティオさんの、あなたの目的は……あなたはどうして、ここまで協力してくれるんですか?」


 他の二人の視線も集まってくるが、俺はやれやれと首を横に振って肩をすくめる。


 「俺の場合は完全に成り行きだな。元々オースティンに用があったし、シャロンに半ば脅されて、モニカの頼みもあったから乗っただけのこと。俺は適当に毎日を過ごして、たまに美味い飯と良い酒が飲めればそれでいい。それだけさ」

 「でも……!」


 納得のいかなそうなシャロンを、モニカが首を振って制する。


 「やめときなさい。こいつはこういうヤツなのよ」

 「そう、残念ながら俺は立派な人間でも志高らかな大人物でもない、ただの元孤児だ。今回は身の丈に合わない危険な仕事を背負う羽目になったが、たまになら悪くない。綺麗どころを三人も連れての列車旅ってのは悪い気はしないしな。これがもう少し年上のご婦人方なら、もっと良かったんだが」

 「って、キミねえ……男ってのはこれだから」


 ため息とともにエレノアが呆れた視線を送ってくる。が、シャロンは変わらず物問いたげな様子を崩さない。


 「どうした?」

 「いえ……」


 何か聞かれる前にこちらから訊ねると、彼女は慌てて目を逸らした。

 別にやましい理由があるわけでも、嘘を言っているわけでもないのだが……それでも、この子が妙に勘の鋭い子だということを忘れていたかもしれない。

 仕方ない、もう少し茶々を入れて──────




 「──────今のは」


 ふと、遠吠えのような音が微かに耳をかすめたような気がして、つい俺は小さく呟いた。他の三人は聞こえていなかったようで、男というものはどうこうと、年頃の少女らしい会話に興じている。

 整備された街道とはいえ、少し道を外れれば野犬や狼などの野生動物はいくらでもいる。そういった獣の遠吠えが偶々たまたま耳に入っただけだろう。本来ならば気にするほどのものではないのかもしれないが……


 「こうもざまに言われてちゃ、居心地が悪いな。俺は別の車両で寝てくる。お前らも適当に休めよ? 到着は夕方になるから、寝ておかないと持たねえぞ」


 女性陣に別れを告げ、通路を通って後方の車両へと向かう。俺たちが乗っていた車両は六両ある貨物車両の先頭だったから、七両ある列車のうち五両目にまで来るとかなりの距離があった。




 「さて───」


 俺はおもむろに列車の扉から身を乗り出し、乗車口の手すりに手を掛けると、エレノアの精霊から与えられた風の魔法で【跳躍】し車両の屋根に飛び乗った。


 「っと。……どうやら、ちょうど良いタイミングだったみたいだな」


 俺を待ち構えていたかのように、同じく屋根の上に現れる漆黒の影がふたつ。相棒チェレンよりも数倍は大きい獣のような姿をしたは、獲物を前に舌なめずりする獣のように虎視眈々と俺を狙って身構えていた。


 「チェレン」


 俺が相棒の名を呼ぶと、待ってましたとばかりに足元に黒狐猫が現れる。


 「この前片付けたばかりだってのにもう来るとは、早いな。やっぱり、《死神》との戦いでお前に頼り過ぎたか?」


 黒い小さな相棒が“知らない、もっと頼れ”と言わんばかりに鼻を鳴らす。体感的に、お前のチカラを借りれば借りるほどコイツらが襲ってくるまでの期間スパンが短くなるから迂闊に頼れないんだよな。


 「まあいい、さっさと片付けるぞ」


 掛け声と同時にチェレンが黒刀の姿に変わって俺の手に納まり、それと時を同じくして前後に陣取った漆黒の獣が俺めがけて突進を開始した。

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