23. 黒




 「お嬢様は見つかったか!?」

 「まだだ。執事長の話では賊はシャロン様を抱えて屋敷の外に飛び去ったらしい。伯爵閣下には既に連絡して、現在は捜索隊の編成をしているところらしい」


 屋敷の警備を任されていた親衛騎士隊の騎士たちが忙しなく話し合っている。彼らの話しているところによると、どうやらシャロン・オースティン伯爵令嬢は何者かに連れ去られたらしい。


 「飛び去った? まるで副隊長みたいだな。魔法か?」

 「おそらくは。その副隊長も、自らの魔法で奴らを追いかけていったきり連絡が無いそうだ」

 「まさか、副隊長がやられたのか?」

 「わからん。あの子───ごほん、あの人も《風の剣姫》なんて呼ばれてる実力者だ。誰が相手でもそう簡単に負けるような人じゃないが、お嬢様を人質に取られた状況ならな……見失ったのならすぐに報告に戻ってくるだろうし、おそらく今も単独で追い続けているんだろうが……」

 「まさか奴の手に、なんてことはないよな……」

 「そう思いたいが……我々親衛騎士隊を丸ごと出し抜いた相手だ。どれだけ仲間がいるのかも分からん。無事でいてくれるといいが」

 「くそっ! こんな時に、屋敷を警備することしかできないなんてっ!」

 「気持ちは分かるが、皆が出払っている今だからこそ、警戒を怠るわけにはいかん。副隊長や皆を信じて待つしかない」

 「ああ……」


 《風の剣姫》エレノア・フォンティールはオースティン家の親衛騎士隊の副隊長を務め、シャロン・オースティンの身辺警護を行う少女騎士。大それた異名を取るだけあってその剣技は卓越したものであり、弱冠15歳にして騎士隊を率いる実力は決して虚仮威こけおどしではなかった。

 それに、精鋭と名高い親衛騎士隊を出し抜いた、だと……? あんな若造が───この、《月夜の死神》ヒュプシス・レニーリョを凌ぐだとっ……!!




 「目覚めたか。おい、《死神》。知っていることがあれば洗いざらい吐け。暗殺者である貴様は誰かに雇われただけだろう。話せば少しは罪も軽くなるかもしれないぞ?」


 牢の外で話し合っていた騎士たちが私に気付いて言った。

 クッ、この私を捕らえた上に、そのような偉そうな口をきくなど……


 「誰が……キサマらなんぞに……」

 「このままじゃ、反逆罪で処刑されるのは明らかだ。そうなる前に、口を割った方が賢明だと思うがね」

 「そうそう、アンタも結局は誰かに雇われて仕事をしただけなんだろ? 暗殺者なんて仕事、大っぴらになんかできないし、失敗したら切り捨てられて終わり。それで捕まって捨て駒みたいに雇い主に尻尾切りされるよりは、売れるもんは売っておいた方が得じゃねえか?」


 この国を陰から動かしてきた我が一族の崇高な使命を、捨て駒だとッ……!

 すぐに二人まとめて喉をかき切ってやりたいが、私は手足を縛られた上で鎖で繋がれている。

 かくなる上は、この者たちに【幻影】を見せて……


 「無駄だ。この牢は魔法の発動を封じる【封呪】の効果を持つ特別製の檻だ。魔法を使おうとすればすぐ分かる上に、自動で発動が阻害される」


 展開した我が【幻影】の魔法が即座にかき消され、魔力を吸い取られるのを感じる。

 こ、小癪な……ッ……!


 「あきらめて素直に喋るんだ。いいように使い捨てられた挙句、このまま惨めに死にたくはあるまい?」

 「黙れ……だまれだまれだまれだまれェェ───ッ!!!」


 殺す。こやつ等も、私を愚弄した騎士の娘も、標的であるあの小娘も───そしてあの忌々しき小僧も、全てッ!!!

 私はありったけの魔力を使い、この街全体に【幻影】を展開する。如何なこの牢の小細工とて、我がレニーリョ家の【幻影】を完成させた私の秘奥を前にしては、無力ッ……!

 この地下牢に差し込む満月の光が一瞬、黒くかげったような気がしたが───すぐに消える。何者であろうと、我が月光の力を止める事などできはしない!

 だが、街どころかこの地方全体を【幻影】で覆い尽くすこともできるはずの我が魔力が全て、牢に掛けられた【封呪】に奪い取られる。いや───これは、あの小僧の妙な技によるものかッ!!


 「ほお……大した魔力だ。だが、この程度では伯爵閣下やリアナ様の魔法でも壊れないこの牢の【封呪】を破ることなどできはしない。それに、貴様が狙ったシャロン様だって、魔力だけなら閣下や姉であるリアナ様よりも───」




 ───キサマ等如きが、あんな小僧如きが我が魔法を……我が一族最高の【幻影】の使い手である我ヲ愚弄する……だと?

 許さぬ。このようなこと、断じて許されてはならぬ。




 「お……おおおおヲヲヲオオオオォォォ───ッッ!!!」




 その時、我の怒りに呼応するように黒々としたが入り込んできた。突如、体内から爆発的な魔力が生まれる。


 「な、なんだ……?」

 「こいつっ……なぜ魔法を!!」


 我が真ノ魔力を以ッテすれば、このよウな檻など棒切レに過ギぬ。

 ───格子窓から僅かに覗いた満月の白く妖しい輝きは、いつの間にか黒く不気味な色に染まっていた。


 「───邪魔ダ」

 「ひいっ……!」

 「くっ、すぐに応援を呼───」


 爆音がとどろき、騎士たちの詰め所ごと牢を吹き飛ばす。我を嘲笑っていた騎士たちが紙切れのようにはじけ飛んだ。

 悪くない威力だ。魔力をただ爆発的に解き放っただけだが、原理が単純であるからこそ術者の扱う魔力の量が問われる純粋な破壊魔法。この私にふさわしい、歴史に選ばれた者のみが得られる“禁呪”。

 さらに───我の身体が雄々しく脈打ち、筋肉が肥大していくのを感じる。両手が黒々とした毛のようなものに覆われ、爪は鋭く伸び、五感が研ぎ澄まされていく。試しに崩れた詰め所の残骸を手で払うと、まるで塵芥ちりあくたのように吹き飛んでいった。

 素晴らしい。このチカラがあれば、年老いた《黒鷹》や《剣姫》の一人や二人、赤子の手をひねるように容易く叩き潰せるだろう。



 さて、そうなれば───


 「───アノ小僧だケは必ズ、殺ス」


 歴史の管理者たる暗殺者月夜の死神の名に懸けて、魔法によって成り立つこの国の“秩序”に仇なす者は───排除する。それが私、ヒュプシス・レニーリョに与えられた使命。


 「オオオヲヲヲオオオォォォ──────ンンッ!」


 この世のものとは思えない雄叫びで街中の者を怯えさせ、私は逃げ去った奴の魔力を辿り、飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る