12. 相棒

12. 相棒




 「───それで、ていよく年端の行かない女の子をたぶらかして、夜の街をほっつき歩いてきたわけね」


 改めてシャロンを屋敷まで送り届け、家に帰ってきた頃には日も昇りかけていた。今は心配して帰りを待ちわびていた家主、もとい同居人であるモニカから皮肉たっぷりの小言を頂戴していたところだ。


 「えっと、そこまで人聞きの悪い言い方をしなくてもいいんじゃないかなモニカさん?」

 「ただ事実を述べているだけよ。何よ、人が心配してたのに気楽に女の子とデートなんて……」

 「決して気楽なもんじゃなかったけどな」


 目に見えて頬を膨らませる幼馴染に、ついつい口元が緩んでしまう。気心の知れた間柄だけにお互い遠慮は無いが、こうも可愛げを見せてくれることもなかなか無いので貴重な映像だ。しっかりと目に焼き付けておかないとな。


 「……なにニヤニヤしてるのよ」

 「いいや別に。とりあえずは当初の目的通り、オースティンのお嬢さんに伝手ツテができたんだから良いじゃないか? 本人も協力には乗り気だし、目下計画は順調だな」

 「まったく。人の気も知らないで……」


 ため息をついてそっぽを向くモニカ。そう簡単に機嫌は直りそうにない。


 「危ないことは無かったから、そう怒るな」

 「……ホント?」

 「ああ」

 「じゃあ、なんでこんな朝方になるまで帰らなかったのよ」

 「それは……」

 「……やっぱり、ってこと?」

 「…………はぁ、お前に隠し事はできないな」

 「当たり前よ。あたしがいつも、どれだけ心配してると思ってるの?」


 モニカの目の下にはくまができている。俺が帰ってくるまで、ずっと眠らずに待ち続けていたんだろう。


 「わかったよ。心配させて悪かった。ただ予想外の襲撃で多少は危ない場面もあったが、肝心の伯爵家自体に動きは無いし目を付けられるようなことにはなってない。その辺りは抜かりないから安心してくれよ」


 本気で怒っているらしいことを察して、俺は素直に謝った。

 モニカは基本的には世話焼きで優しい心根の持ち主なので、怒るのは本当に心配した時だけ。そういう時は下手に逆らわないに限る。




 「それなんだけど───考えてみたらやっぱりおかしいわ。いかに冷遇されているとはいえ、帝国東部を纏める大貴族の娘なのよ? そんなお嬢様が誘拐されかかったのに、実家が動かないばかりか大した騒ぎにもなっていないなんて」

 「……だな。まぁまだ夜中だし、朝になってから一気に騒がしくなるって可能性もあるが……そうじゃなかった場合、事は思ってた以上に大きいのかもしれないな」

 「それって……その子と一緒にいて、何か気付いたのね?」

 「いや、お前の勘が“怪しい”と言ってるんだ。何かあると仮定して改めて考えてみたら、どうにもきな臭いなと思ってな。不自然に冷遇されたお嬢様、そんな彼女を狙って行われた誘拐未遂事件。背後にいるのがこのナイフの持ち主なのは間違いないだろうが、そうすると動機が考えつかない」


 昼間、チンピラ連中から巻き上げたナイフを取り出す。華美な彫刻レリーフが刻まれた上に魔法具でもあるという高価な代物で、シャロンの記憶が正しければ彼女の姉であるリアナ様の婚約者、オルドラン子爵のものだという。

 帝国でも有数の貴族を娶るかの子爵に、婚約者の妹を害する理由などあるだろうか?


 「そのナイフっ……お祖父ちゃんの!」

 「そうだな。【麻痺】の魔法も込められてたし、爺さんの作品で間違いないだろう。ならこの彫刻レリーフもあの子の言う通りオルドラン子爵家のものなんだろうな。一体何が狙いなのやら」

 「オルドラン子爵……東部地域を治める三伯の一人、クロシェット伯爵の右腕とも言われる有力貴族ね」

 「へえ、詳しいな?」

 「クロシェット派は移民への風当たりが強いことで有名だもの。オルドラン子爵も先代は強硬な移民排斥主義者だったらしいわ。親が死んで代替わりしてからは比較的寛容になったそうだけど」

 「ふうん。だから融和派のオースティン家と婚約できたってことか。敢えて敵対勢力に嫁がせるのは、政治的なバランスを考えてのことか?」


 貴族同士の微妙な力関係の要石かなめいしとも言える貴族家による今回の事件。いよいよもって謀略の匂いがしてきた。




 「ねえ。なんだかこの一件、深入りすると本格的にヤバい気がする……。あたしが頼んでおいてなんだけど、お願いだからもう手を引いて。アンタに何かあったら、あたし……」


 珍しく弱気な様子で服の裾を掴んでくるモニカ。

 彼女の心配ももっともだが、それでも俺は首を振った。


 「たしかに、俺もそんな気がしてる。だが、ここで手を引くわけにはいかない。融和派と排斥派のバランスが崩れれば、東街区や移民街への弾圧にも繋がりかねないからな。そうなったら俺たちにとっても他人事じゃない。それにあのお嬢さんがどれだけ事の深刻さを理解しているかは分からないが、この分だとあの子にも更なる危険が迫ってそうだし、今さら知らないフリをするのもな」

 「……それって、その子が白い髪の女の子だから? アンタの大切な人と同じ───」

 「関係ないさ。まあ、何も感慨が無いとまでは言わないが、“あの人”とシャロンは別だよ」


 白い髪の少女。かつて俺が出会い、ほんの少しの間ともに過ごした相手。僅かな時間ではあったが、彼女は俺と心を通わせ───とある災害にて俺を救い、いなくなった。

 彼女もまた、白い髪のせいで不吉だの不幸を呼ぶだのと言われていた。そんなところを、シャロンと重ねて見ている部分が無いとは言えないが……


 「……“シャロン”ねえ。街一番のお嬢様を呼び捨てなんて、大層立派になったじゃない?」

 「仕方ないだろ、本人にそう呼べと言われたんだから」

 「アンタは本当に……いつもいつも、見ず知らずの相手を助けて慕われたり、勝手に家を出たかと思えば遠くの貴族様に三男扱いされて来たり。今度は両手で数えられるくらいの地位の大貴族の娘と、相手を呼び捨てにできるくらいの関係に。モテる男も大変ねぇ……?」


 拙いな、本人がいない所では迂闊に呼ぶべきではないかもしれない。場合によってはタダじゃ済まなくなる。

 モニカが再びツンと口を尖らせて、拗ねながら言った。


 「もう、いいわ。どうせあたしはアンタの言う通りにして、待ってるしかできないんだから……代わりに、もうあたしを置いていかないで。アンタのいない三年間、あたしがどれだけ心細かったか……」

 「……すまない」


 泣きそうな声を漏らすモニカの頭を抱きしめる。

 心優しく、心配性で寂しがり。憎まれ口をよく叩くし強がりを言うことも多いが、こういう面は昔と何も変わらない。血は繋がらないとはいえ、俺たちは兄妹なのだ。家族ゆえに助け合っている部分も多く、俺にとってはモニカはいてくれないと困る存在だし、彼女にとってもそれは同じ。三年ほど、彼女の元を離れたことはあったが……結局こうして戻ってきた。




 「言われなくても、今回はモニカにもしっかり協力してもらうぜ。───作ってもらいたいものがある。それと場合によっちゃ、ここを引き払う必要もある。心して当たれよ?」

 「……それって……?」


 モニカは誰よりも信用できる家族であり、俺の最も信頼する技師でもある。この仕事は、モニカ以外には決して頼めないことだ。

 さらっと無茶を言ってのけた俺に、モニカは「はぁ?」と呆れとも叱責ともつかない声を出しつつ、悪態を吐きながらもどこか嬉しそうに仕事に取り掛かった。


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