7. 裏通りの攻防
レヴェンスの街の中心、オースティン広場へと至る道に、目つきの鋭い男たちが気配を殺しながら人混みに紛れていた。
「あの野郎……どこに隠れてやがる」
彼らのうちの一人が、獰猛な獣が唸るような声で零し、近くにいた買い物帰りの母子を怯えさせる。
彼らには厳命が下されていた。「今日、この街の裏通りに現れる高そうな服を着た帽子の少女を捕らえろ」と。
それが先ほど自分たちが捕まえ損ねた、癪に触るあの男に守られたつば広帽の少女のことなのはすぐに分かった。先ほどは邪魔が入ったが、今度は逃しはしない。あの男も随分と舐めた真似をしてくれたものだ。優男風の見た目に騙されたとはいえ、あのようにいとも容易く投げ飛ばされてしまうとは。仲間の中には、
前金として受け取った10ノヴァン銀貨は昨日の前祝いの飲み代で使い果たした。報酬として示された200プロアにも心惹かれるが……もしこれでしくじったら、前金も返せと言われるに違いない。上手くやれば、借金に追われる生活ともおさらばなのだ。決して分の悪い賭けではない。絶対に負けられない勝負を前にして、男は緊張と興奮を抑えきれずにいた。
「おいへゲル、ミドの奴が例のガキを見つけたらしい」
別の場所を張っていた仲間の一人が、彼に声を掛けてきた。
「なに、それは本当か?」
「ああ。しかもあの野郎の姿は見当たらず、歩いてるのは娘一人だけだったらしい」
「そうか……へっへっ、あの時は邪魔が入ったが、今度はお礼も兼ねてたっぷり
男たちは
「確かにあれは、昼間の小娘に違いねえ」
日も傾いて赤い夕焼けが街を照らす中、大通りには一際目を引くつば広帽子が見えた。人混みに紛れて顔は見えないが、背格好はさっきの少女と同じ人物に見える。何よりあの帽子を見間違えることはない。あの少女こそが目的の相手だ。
「おい、あの娘が路地に入ったぞ!」
見れば、例の少女が小さな脇道へと入っていく。
「いくぞ、お前ら! これで俺らも大金持ちだ!!」
「おおっ!」
男たちは勇んで路地に飛び込んでいく。
彼らは道の半ばで佇む帽子の少女を見つけた。
「いたぞ! 囲んで───あん?」
彼らを見た少女は不思議そうに首を傾げた。
「おじさんたち、だれ?」
「な、なんだこのガキは……」
明らかに目的の人物とは違う。
まさかの人違いに、彼らは動揺を隠せなかった。
「やれやれ、こんな簡単に騙されてくれるとはね」
「関係のない子を囮にするようで、気が引けたのですが……」
「だからこうして見張ってたんでしょう。本当なら、さっさと逃げおおせたかったんですが」
彼らの後ろから、聞き覚えのある男女の声がした。
◇ ◇ ◇
戸惑いを隠せない様子の男たちをよそに、俺は帽子を被った少女へと声を掛ける。
「やあ、奇遇だね」
「あ、兄ちゃんたち! お姉ちゃん、さっきは帽子ありがとうね!」
「あ、いえ……大切にしてくださいね」
「うん!」
「迷わず帰りなよ。何かと物騒だからさ」
少女は明るく大げさに手を振ると、パチンと意味深にウィンクをして見せてから路地裏に姿を消した。
「とまあ、軽く囮になってもらったというわけだ。正直、こんな簡単に引っかかってくれるとは期待していなかったんだが」
「テメェ……舐めた真似してくれんじゃねぇか」
「いやいや、決して甘く見ていないからこそ、念を入れてこのような搦め手を使ったのさ。ここでしっかりとケリをつけて、堂々と戻るとしようか」
「お前ら、油断するな。取り囲んで一斉にかかれ!」
男たちの一人を中心に、扇状に広がって俺たちを囲む。
「良い判断だ。二対一程度では敵わないことは理解したか」
「るせぇッ! あんまり調子に……がはっ!?」
挑発に乗った一人が殴りかかってくるのを、杖で顔を殴打してのけ反らせる。
「言わんこっちゃねぇ。甘く見るなよ……所詮は一人だ、全員でフクロにすんぞ!」
ただ、即戦闘不能とはいかなかったようで、態勢を立て直しつつ再び囲みを整えてきた。
「なるほど、言うだけのことはある。ただの脳筋というわけでもなさそうだ。しかし、『所詮は一人』ね」
俺は後ろのお嬢様の方をチラッと見る。
「……わ、わたし、ですか……?」
水を向けられたシャロン様は戸惑い慌てるが、素知らぬ顔で続ける。
「仮にも貴族の子。腕っ節はともかく、その
「え……」
「使えるでしょう? 魔法」
「それは……はい」
そう言って少女は、左の手のひらの上に“火”を灯してみせる。
「ッ……!?」
その火を見た男たちは思わず息を呑み後ずさった。
「ほう、お見事」
“魔法”とは、魔力を駆使して様々な現象を引き起こす技術。普通、人間が保有する魔力は微量であり、魔法の使用には特殊な器具による魔力の補填と精緻な技術力を要する。
ただし何事にも例外はあるもので、それらの制約を無視した魔法の行使を可能とする者たちもいる。
生まれながらにして、ある種類の魔法をずば抜けた技量・効率で使用することができる者たちがいるのだ。それらは家系によって遺伝、すなわち親から子へと受け継がれていく。魔法というものは時に圧倒的な能力・才能として働き、あるいは崇敬の対象となるもので───必然的にそれらの者たちは、その才を以って人々の上に立ってきた。すなわち、“貴族”として。
ゆえに、ほとんどの貴族は“魔法”が使える。少ない魔力を補う手段もなく、腰を据えて鍛錬を積むような時間的余裕もない多くの庶民にとっては、自力で扱うことなど御伽噺と変わらない夢の産物、それが魔法。それを我が物として操るのが貴族という人種なのだ。
そのことを思い出したのか、俺たちを囲んでいた男たちに動揺が広がり足並みが乱れる。そうして生まれた「隙」を、俺は見逃さなかった。
「なッ……!?」
「脇が甘い、ぜッ!」
「ぎゃふッ!」
「くッ……舐めんなあぁぁ!!」
残る三人が同時に襲い掛かってくるが、俺はひょいと後ろに
「見事な魔法の腕前ですね───その“火”、使わせていただきます!」
「えっ!?」
彼女の手の“魔法の火”に手をかざすと、手のひらから大きな魔力が流れ込んできた。
この魔力……
「ヒュウッ、コイツは大したものだ」
感嘆とともに、俺は懐からナイフを取り出した。何を隠そうこの男たちが使用し、落としたナイフである。
左手に発生した魔力を、取り出したナイフに込めて男たちを斬りつけた。
「ぐッ!?」
「ギャアァッ!!」
斬りつけられた男たちがそろって一様に倒れる。
「か、身体が……動かねえ……!?」
「このナイフ、実は【麻痺】の魔法が込められていてね。もちろん発動するには魔力とそれなりの手順が必要なんだが、傷を負わせた相手を痺れさせることができる。高貴な方々の護身用として造られたものなんだよ。貴方たちの手には余ったろう。ああ、塗ってあった毒液は洗い流してある。死ぬことはないから安心しな」
負わせた傷は浅い。切れ味が鋭いこともあって殆ど血も流れていないが、効き目は抜群だ。このナイフは、ほんの少しの傷であっても等しく効果を発揮する高度な魔法具なのだ。
「さて、無事片付いたことだし、行きましょうか。麻痺の効果もそう長くはありません。まあ、これ以上襲ってくる気があるかどうかは分かりませんが」
「……そのナイフにそんな効果があったんですね」
「
「は、はい」
綺麗な銀髪の御令嬢の手を取り、足早にその場を去る。
その際、一瞬だけ彼らの方へ目を向けると、恨みがましい視線を送ってきているのが見えた。
「…………じゃあな」
そんな彼らを憐みの目で一目振り返ってから、俺は小さくそう呟いて走り去った。
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