6. 状況を整理しよう




 「ここは……」


 案内された場所を見て少女は息を飲む。


 「没落した旧貴族が手放した邸宅の一角ですね。表は高級宿として利用されていますが、裏手のこの部屋だけは目に留まらなかったようで、使われていなかったので使わせてもらっています。隠れ家のようなものですね」

 「えっと……いいんでしょうか……」

 「ある物を使わないのは勿体ないですから。空き部屋デッドスペースの有効活用というものです」


 裏口から繋がる非常用らしき通用路の一角に、目立たないように築かれた小部屋があった。おそらく元の持ち主が造らせた隠し部屋で……大きなベッドがひとつ置いてあることから、人目に触れたくない“逢引き”のために造られたことは想像に難くない。


 「とりあえず、お座りください。汚い場所で申し訳ありませんが」

 「い、いえ……その、助けていただいてありがとうございます。しかも、二度も……」

 「お気になさらず。帝国紳士として、いえ、帝国男児として当然のことです。どうやらお互い、妙なことに巻き込まれているようですからね」


 その言葉に、少女───シャロン様は訝しむように眉をひそめた。


 「妙なこと……ですか?」

 「ええ。先ほども言った通り、一人で歩いていた貴女が襲われたこと自体は不思議ではありません。ですが、さっきの襲撃は偶然と言うにはあまりに周到すぎます。最初の男たちの襲撃も含めて、貴女が一人になるのを見計らって、計画的に行われたとしか考えられません。貴女は、何者かから明確に身柄を、あるいは命を狙われたのです」

 「……っ……そう、ですね……」


 彼女は怯えた表情で唾を飲む。自分が誰かに殺されそうになっていると言われて、平静でいられる人間などそういない。世間を知らなそうなこのお嬢様には酷な話だろう。


 「失礼ながら、相手に心当たりはありますか?」

 「……わかりません。父は立場が立場なだけに、敵も多いでしょうし……ただ、狙うのならわたしじゃなくて、姉や弟や、あるいは父本人を狙うんじゃないでしょうか」

 「たしかに、貴女の家への直接的な打撃を与えるなら、名高い姉君や跡継ぎである弟君を狙う方が効果は大きいでしょうが。それでも貴女はオースティン伯爵家の娘なのですよ? 攫われたり殺されてしまっては、体面的にも婚姻などの実利的にも大打撃です。このような“お出かけ”は、今までもよくされていたのですか?」

 「それは……その」


 お嬢様はかあっと顔を赤くする。どうやらウワサ通り、ちょっとした家出の常習犯だったらしい。


 「実は、良家のお嬢様と思しき少女が時折一人で街を出歩いているという噂が、巷では流れていたのです。それを知った良からぬ者たちが、貴女の外出を利用して此度の襲撃を計画したのでしょうね。そして……この状況であれば、もう一度狙われてもおかしくない」

 「え……」


 少女がぎょっとした顔を向けてくる。


 「考えてもみてください。貴女が襲われたと知れば、貴女のご実家は慌てて対策に乗り出すでしょう。一度警戒されてしまえば、狙うことは格段に難しくなります。誰が何の為に企んでいるのかは分かりませんが、敵が貴女を害そうとしているのであれば、貴女がご実家に帰り着くまでが残された最大の好機チャンスなのです」

 「つまり……この後ここから出たら、また狙われる?」

 「まず間違いなく。追っ手はありませんでしたからこの場所がバレたとは思いませんが、お屋敷までの道中に襲われる可能性は極めて高いと思われます」

 「……そうですか」


 敵にとってみれば、もう「後がない」わけだ。手間取れば手間取るほど、証拠を残してしまう可能性も増える。

 狙いが伯爵家への政治的なダメージか、それともお嬢さん本人なのかは分からないが、軍事権も握る実質的な街の領主の娘を狙った襲撃なのだ。もしも関与が明るみに出れば極刑さえあり得るだろう。それを防ぐためには、唯一の証人でもあるこの子の口を塞ぐのが一番手っ取り早く確実だ。

 第三の襲撃も、確実にあるものと思った方がいい。




 「そうだ、これを見て頂けますか」


 俺は最初の襲撃の際、男たちの一人が落としたナイフを取り出した。


 「これは、貴女を襲っていた男たちの内の一人が手にしていたものです。このナイフを見て、何か思い当たることは有りませんか?」

 「あの時の人たちが……」

 「手は触れないように。毒が仕込まれていたようですからね」

 「は、はい……」


 怯えつつもマジマジとナイフを見るお嬢さん。


 「この薔薇と百合の彫刻レリーフは……」

 「何か心当たりが?」

 「はい。一度、どこかで見た覚えがあります。たしか、どちらかの貴族の方をお呼びした晩餐会の時に……」


 少女はしばし考え込んでから、ポンと思い付いたように手を叩いた。


 「思い出しました。あれはお姉様の婚約者、オルドラン子爵との晩餐会でした!」

 「ほう……?」


 俺は興味深いという顔色を露わに、彼女に続きを促す。


 「子爵閣下のお付きの騎士様が、たしか同じ柄の彫刻レリーフが彫られた剣を身に着けておられたんです。綺麗な柄の模様ですねとお伝えしたら、『我が家に伝わる由緒正しい紋様なのだ』と子爵閣下ご自身が嬉しそうにお答え下さったので、間違いないと思います」

 「ふむ……つまりこのナイフは、由緒正しいオルドラン子爵家の紋様が彫られたものである、と」

 「それって……あの、売ったり家臣に下賜かしされたものが手放されて、偶々あの人たちの手に渡った、ということはないですよ、ね……?」

 「かの子爵閣下が『由緒正しい』とわざわざ強調していた紋様入りの品です。当人にせよ家臣にせよ、手放すなんてことは決してしないでしょう。しかも、見た目も豪華で毒の仕込みまでされた品となると、とてもあのような人たちが手に取る機会はないはずです。それこそ、どこかの“身分の高い方”から


 お嬢様はゴクリと息を呑む。姉の婚約者から狙われるという絶望的な状況に、身体を強張らせるのも無理はない。


 「こうなった以上、僕も考え方を変えましょう。貴女を全力でご実家にまで送り届ける。そのことを最優先に考えることにします」


 当初の計画を考えると彼女とお近づきになってこのまま“協力”してもらうのが一番なのだが、目的を果たすことだけを考えるならば、このまま彼女を守って送り届け、伯爵家へ恩を売るというのも悪くない。

 むしろ、オースティン家は移民に対しても融和路線を取っていると聞く。ならばこの縁を頼りに、正攻法で“魔法の火”について交渉することもできるかもしれない。


 「どうしてそこまで……あなたは、何故わたしを守ってくれるのですか?」


 どこか不安そうに俺を見る少女。頼れる者がいない中、初対面にすぎない俺を信用することができないのだろう。


 「そうですね……。実は、貴女にお願いしたいことがあって声を掛けたのです。その前に、何やら襲われていたようなのでお助けしたのですが……今はそれは置いておきます。まずは、貴女の安全が第一。何としてでも貴女をご実家まで送り届けます。今はそのことだけを考えましょう」


 そう言って俺は、扉を薄く開けて外の様子を窺った。

 どうやら追っ手はいない。上手く連中の目を出し抜ける可能性はありそうだ。



 俺は、さっとお嬢さんへ手を差し伸べて言った。


 「実を言うと、僕は───は、本当は貴族でも何でもないんですよ。クレメントス男爵とは懇意にさせていますが、その三男ってのは真っ赤な嘘です。ホントの所は、堅苦しいのは苦手でね。俺の名前はミティオ。東街区の移民たちを救いたいという昔馴染みの口車に乗って、領主のお嬢様をたぶらかそうとする悪い大人ですよ。さあ、悪いですがもう貴女に拒否権はない。どうか、ついて来てくれますか?」


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