4. 目抜き通りの散策




 「わあ……っ……」


 目抜き通りに出ると、少女はぱあっと顔を輝かせた。うずうずと身体をゆすり、全身で興味津々な様子を表現している。

 東街区は東方に繋がっていることもあり、帝国と東方の文化が入り混じった独特の雰囲気を持っている。中でも大通りの中ほどにあるこの辺りは、華やかさでは東街区で一番と言っていい。帝国式の洒落た喫茶店カフェと異国情緒の感じられる茶店が軒を連ねる、庶民の社交の中心地だ。土産物や果物、小物を扱う店なども立ち並んでいる。


 「どうです、大したものでしょう」

 「すごいです。綺麗なお店がこんなに……」

 「東街区の観光の中心地とも言える場所ですからね。この街並みもそうですが、各所にある東街区の名所と呼ばれる場所のちょうど中継地となっているので、観光客は自然と足を運ぶことになります。かの有名な小説『薔薇と奇術師』にも登場していて───」


 と、つい語ってしまいそうになるのを踏みとどまり、案内を続ける。

 お洒落な雰囲気に目移りさせているお嬢様を先導しながら、喫茶店の並びを指差して───止める。


 「このまま喫茶店に……の前に、まずは一通り見て回りますか?」

 「あぅ、そ、その……」


 俺に訊ねられてはじめて目を輝かせていたことを自覚したのか、御令嬢は頬を赤らめながら小さく頷いた。



 とりあえず手近な小物店を物色する。ネックレスや髪留めなどの装飾品や焼き物といった、職人の丁寧な手作業が見てとれる見事な品が並んでいて、見ているだけでも目が楽しいのがこの露店の醍醐味。

 普段こういった店を見ることが無いのだろう。隣にいるお嬢様は目をキラキラさせながら、めつすがめつ眺めている。ここまで興味津々な様子を見せられると案内のし甲斐もあるというものだ。

 店主も気分を良くしたのか、あれこれと彼女へ解説する。


 「それは、東街区一番の職人が手掛けた作品だよ。お嬢ちゃんもお目が高いねえ。ほら、手に取って確かめてくんな!」

 「え、いいんですか?」

 「ああもちろんさ。しかもなんと、不思議な香りを漂わせるっていう香水代わりになる便利な魔法付き! ウチとしても自慢の一品だからな!」


 彼女が手に取ったのは、東方の花を模した髪飾りだった。この国がある大陸中南部よりもさらに東方───スデンマカル地方と呼ばれる土地に咲いているという薄紅がかった白い花。しかも魔法付きということは、これはれっきとした魔法具だ。シャロン様が試しに軽く魔力を込めると、ふわりと良い香りが漂った。モノ自体も、精巧な仕上がりにも関わらずちょっとやそっとの衝撃では壊れなさそうな頑丈な作りをしていて、街一番の腕利きというのも頷ける出来。

 ……その東街区一番の職人というのに心当たりがあり過ぎて、少々複雑な心境にもなるのだが。しかも魔法具としての効果も付与できるとなると……


 「おまけに、魔除けの効果がある銀も使われてるときた。お嬢ちゃんにもお似合いだよ。どうだい、ひとつ?」


 店主も少女の身分の高さには気が付いているようで、目ざとく高級ハイグレードな逸品をすすめてくる辺りはさすが商売人といったところか。帽子を被った相手に髪飾りを売りつけて、お似合いも何もないと思うのだが。

 しかし、お忍びで家を抜け出してきた感がアリアリのこのお嬢様が、自由に使えるお金を持っているのだろうか?


 「あの……似合います、か?」


 少女がこちらを向いて訊ねてくる。あいにく帽子のせいで髪が見えないので、似合うかどうかを問いかけられても困るのだが……はにかみながらも期待のこもったこの目を見て、否定できる男は世の中にそうはいないだろう。


 「ええ、とてもお似合いだと思いますよ」

 「じゃあ……頂いてもよろしいですか? 今日の記念に」


 そう言って彼女が懐から1プロア紙幣を取り出したので、俺は内心驚いてしまった。

 プロア紙幣といえば大金だ。1プロアもあれば、東街区の庶民なら1か月は慎ましく暮らせる。そんな大金をポンと出せること自体にも驚きだが、それだけのお金を持って出かけて来ているということに意表を突かれた。もしかすると、単におたわむれで家を抜け出しただけではないのかもしれない。

 これには店主も驚きを隠せないようで、額に汗をかきながら声を上ずらせていた。


 「さ、さすがに気前がいいね」

 「やっぱりちょっと多過ぎます、よね」


 少しためらいがちに言う大貴族の御令嬢。だが、差し出した手を引っ込めることはなかった。


 「なら、そちらの羽根の髪飾りも一緒に付けて下さりませんか。それと……」


 彼女はそう言って、口元に人差し指を当てると声を潜めてこう続けた。


 「もし、後から誰かに聞かれても、わたしがここで買い物をしたことや、何を買ったかということは言わないでください。それで、どうですか……?」

 「……あい分かった。商談成立だな。お嬢ちゃんのことは口にしないと、神と精霊たちに誓おう」


 店主は最初は呆気に取られていたものの、彼女の言っている意味を理解するとたちまち商人の顔になって頷き、1プロアを受け取って握手を交わした。




 「お待たせしました」


 買った二つの髪飾りを腰の小鞄ポーチにしまうと、少女は振り返った。


 「……大したものですね」

 「? 何がでしょうか?」


 はて? とまるで心当たりのないように首を傾げるお嬢様。


 「そのお歳で、しっかり使を分かっているのだなと。最初に倍以上の金額で度肝を抜きつつ、しっかりオマケを確保した上に、差額も口止め料にしてしまうとは。いやはや、御見それいたしました」

 「えっと、そんな、大した事は。一番の物をお勧めしてもらったみたいなので、とりあえず1プロアを出して反応を見てから決めようと思っただけで……」

 「その駆け引きを咄嗟に出来るのが凄いのですよ。流石ですね」

 「そ、そうでしょうか……」


 照れているところを見ると、素で機転を利かせただけらしい。先ほどの上目遣いといい、成長すれば相手を手玉に取るとんでもない佳人が生まれるのでは……

 末恐ろしいものを感じながら、彼女を案内して本来の目的である喫茶店へと向かった。




 「こちらの店でお茶と致しましょう。道からは少し外れたところにありますが、店主の腕も良く品質の良い茶葉を扱う、隠れた名店ですよ」


 案内したのは大通りから少しそれた場所にある年季の入った喫茶店。装飾は簡素で地味そうに見えるが、造りはしっかりしていてある種の風格を備えていた。


 「そ、そのわりには人が多くないですか……?」

 「良い店には人が集まります。人の目が気になるのでしたら、そうですね……この屋外席を使いましょうか」


 なかなかの盛況ぶりを見せる店内の様子を見て、少女が帽子を深く被り直す。お忍び故に目立ちたくないのだろうが……その幅広の帽子では無理があるだろう。

 オープンスペースになっている店外の席の、一番端の席に行き帽子を取って手招きする。この店の位置ならば通行人の目もさほど気にならず、他の客も反対側の端の席にいる男性ひとりだけだ。

 おずおずと、しかし礼儀は乱さない丁寧な所作で彼女が座るのを確認して、俺も向かい側の席に腰を下ろした。お茶と焼き菓子を注文すると、俺は早速とばかりに自己紹介する。


 「僕の名前はミティオ・クレメントスと申します。辺境の地を守るクレメントス男爵家の三男で、この街へは商売の勉強のために来ております」


 明らかに高い身分の貴族と思われる少女を前にして、俺はもっともらしく自分のを名乗った。

 勿論、本当のところ俺は貴族でも何でもない。クレメントス男爵家は実在するし、かの男爵とは親交もあるのだが、その三男坊というのは真っ赤な嘘だ。

 身分の高い方々の信用を得るためにはやはり“貴族”という肩書きは有用で、以前お家断絶の危機にあったのを助けたことに恩義を感じてくれているかの御仁が、その名前をくれているのだ。

 余計な手間を省けるという意味でこの申し出はありがたく、必要に応じて使われてもらっている。無論、この名前を使う時には、男爵家の名誉を傷つけないように普段以上に気をつけなくてはいけないのだが。


 「あ……ご丁寧にありがとうございます。わたしは……その」


 俺の挨拶に対し、少女は俯いて口ごもる。


 「ふふ……うら若き乙女に秘密は付き物。淑女レディが名を名乗りたくないと仰せになられるのであれば、それ以上訊ねないことにやぶさかではないのですが……そうですね」


 少し考えるような素振りをしてから、ふとちょっとした悪戯心が湧いて、片目をつぶって見せながら言った。


 「ここはひとつ、勝負といきましょう。僕が貴女の名前を当ててご覧に入れます。もし当たらなければ、名乗って頂かなくて結構です。その高級なお召し物、プロア紙幣を軽々と出してみせる財力。そしてその帽子の下に隠された、。それらから察するに───三伯と呼ばれる、この地方を治める三つの伯爵家の長。この街を統べるオースティン伯爵家の次女にして、雪の如しと讃えられる見事な白銀色の髪を持つ御令嬢。《白の娘》の名を冠する伯爵令嬢、シャロン・オースティン様。それが、貴女のお名前ですね?」


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