3. 撃退




 「舐めやがってェ……っ!?」


 挑発に乗せられた男たちの一人が、勢いよく殴りかかってきたのを軽々と投げ飛ばす。見た目通りの力任せの突進だったので、拳をかわすのも力を流して投げ倒すのも簡単だった。


 「ッ……テメェ……!」


 力自慢の仲間が伸びて地面に這いつくばるのを見て、他の男たちが後ずさる。

 残りは三人。大した苦労は無さそうだった。


 「野郎、調子に乗るなよ……!」

 「調子に乗っているつもりはありませんが、今日の腕の調子は良さそうですね」


 これ見よがしに肩を鳴らして、手にしたステッキを構える。帽子に杖は帝国紳士の象徴とも言うべき装いだが、使い方次第では十分武器にもなりうる。


 「うらあッ! っ、ガッ」


 殴りかかってくる男の顔面を、思いっきり杖で殴り返す。やはりリーチの長さのぶん、得物があった方が有利だ。

 鼻血を流してうずくまる男の後から、残りの二人が同時に襲い掛かってきた。


 「舐めんなッ!」

 「後悔しろやッ!」

 「そうですね。もう少し穏便に済ませるべきだったと後悔していますよ」


 一人の鳩尾みぞおちを杖の柄で突いて失神させつつ、返す刀でもう一人の拳を躱して腕を絡め取り、無理な力で関節を外す。


 「ぐぎゃあああ!?」


 明後日の方向に曲がった腕をかばいながら、男が絶叫する。

 これでまともに襲ってくる男はいなくなった。




 「……すごい……」


 少女の感嘆が漏れる。


 「なに、大したことではありませんよ。腕っぷしだけの連中でしたからね」


 そんな少女に俺は涼しい顔で答える。ここで下手に怖がられて、野蛮な人間だと思われてしまっては困るのだ。


 「……あっ、あぶない!!」


 とその時、目の前の少女が咄嗟に叫んだ。が、俺は振り返りもせずにチラリとだけ後ろに視線を寄越す。


 「死ねやあぁぁ!!」


 そんな俺の背後から、物陰に隠れていたもう一人の男が刃物を手に突進してきていた。

 ……が、その男の吶喊とっかんも、帽子の姿から戻った黒い狐猫が足元にまとわりついて阻んでしまう。


 「な、なんだお前はっ……!」

 「この子は僕の───同居人でね。流石に、死ぬのは勘弁ですので」


 勢いを殺された男の手から杖の一振りでナイフを叩き落とすと、その勢いのまま男を跳ね上げて地面に叩きつける。


 「きゅう……」


 最後の男は、最初にのされた男と仲良く並んで横たわった。


 「さて、まだやるなら相手になりますが、騎士団を呼ばれたくなければ早目に立ち去ることをお勧めしますよ」


 ステッキで地面を突いて、脅すように男たちに言い放つ。


 「ち、ちくしょう……」

 「おぼえてやがれっ……!」


 お決まりの捨て台詞とともに、男たちは伸びている仲間を引きずりながら一目散に逃げ去った。




 「やれやれ、骨が折れましたね」

 「そんな風には見えなかったんですが……」


 ひと息ついて、つい口にした言葉を少女が訝しがる。


 「いえいえ、こう見えて結構無茶をしていたんですよ。おかげで指がこんなことに」


 と、左手をぐりんとあらぬ方向へ曲げてみせた。


 「え……!? ほ、骨が……っ!? だ、大丈夫ですかっ!?」


 すると少女は跳び上がらんばかりに驚いて心配しだした。帽子の下に隠れた可愛らしい顔があたふたと慌てる。


 「あっはっは! いや失礼。目の錯覚を利用して、曲がったように見せかけただけです。実際にはご覧の通り、怪我ひとつありませんよ」


 隠した左手の関節の先に右手を置いて、あたかも変な方向に曲がったように見せかける視覚トリックの一種だ。


 「え……だ、だましたんですね!?」

 「ふふふ、すみません。反応が面白かったので、つい」

 「む〜〜〜……!」


 そうとは知らずに慌てて駆け寄り、なんとか手当てをしようとオロオロしていた少女に謝罪すると、彼女はたいそう立腹した様子でむくれる。意外と表情豊かで面白い子だ。跳ねた前髪がぷんすかと立って遺憾を表明している。

 黒い同居人が、女の子をからかうなと咎めるような目を向けてくるのに目を背けながら、俺は奴らが逃げ去った方を見た。


 「しかし、四人がかりのうえ伏兵つきですか。お嬢さんもなかなか人気者ですね」

 「あぅ……その、助かりました」


 少女が深々と頭を下げる。


 「いえいえ、帝国紳士として当然のことをしたまでです。淑女レディをお守りするのは騎士の誉れ。もっとも、僕は騎士ではありませんが」

 「えっと……。その、あなたは……?」

 「ただ、通りすがっただけの名も無い一般人です。たまたま、襲われている貴女あなたをお見かけしたのでお助けしただけです。ですが、そうですね……折角ですから、どこかのお店でお茶にでもしましょうか。先ほどの手当てもしなければいけませんし」

 「あ……っ……」


 手の傷を思い出したのか、少女が手を胸の前でおさえる。


 「痛みますか?」

 「あ、いえ……」

 「ふむ……再度、失礼致します」


 彼女の手を取り、両手で包んだ。


 「えっ……あっ、あの……っ……」

 「大丈夫、魔法を掛けるだけです。心配しないで」

 「そ、そういうことじゃなくって……っ……!」


 少女の顔がどんどん火照っていく。ああ、手を握られることに照れているのか。


 「ふふふ、これは失礼。……はい、終わりました」


 そう言って手を離すと、彼女の傷口はつるんとした水膜ジェルに覆われていた。


 「これって……」

 「菌の侵入を防ぎ、傷の治りを早くする薬のようなものです。これも一応、水の魔法ですね。水の扱いは得意なんですよ」

 「そ、そうなんですか……」

 「断りもなくお手を拝借してしまい、申し訳ございません」

 「い、いいえ、イヤだったわけじゃないんです! ただ、その……ううぅ……」


 そう言って耳まで赤くなる少女。初心うぶな様子はますます貴族の子女らしい。こんな世間を知らなさそうな少女が、誰も伴わずに一人で出かけてきているというのもおかしな話だが。やはり、というウワサは正しかったということなのだろう。

 彼女が胸元でおさえる左手の甲には、やはり紅色の紋様が見えた。やっぱりこの“魔法紋”は。再び肩に乗ってきた黒狐猫こびょうも興味深そうな様子でのぞき込んでいる。


 「えっと、その、黒い猫ちゃんは……?」

 「ああ、この子は使い魔の……ペットのようなものです。お気になさらず」

 「は、はあ……」


 釈然としない様子のお嬢様。変な誤解を生むから、できればまだ出てきてほしくなかったのだが。




 「ん……?」


 ふと、先ほどの男が落としたナイフが目に留まる。

 拾い上げて調べてみると、なにやら刃に細工がしてあることに気が付いた。


 「これは……」


 刃の溝から、僅かに液体が染み出しているのが見える。これはもしかすると、毒だろうか?

 よく見れば、柄の部分には精緻な花の模様が彫られており、とてもさっきの連中が手に入れられるような安い代物には見えない。

 それに、この造りは───


 「どうされました?」

 「ああいえ、何でも」


 不思議そうにのぞき込む少女の視線を感じて、俺はそっと革袋で覆ってからナイフを懐に仕舞った。




 「とりあえず、場所を変えましょう。ここは、お嬢さんが居るのには、およそ相応しくない場所ですよ」


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