平成初期③

「ちょっと、何で笑うの? 私がこういう話をするのはやっぱりおかしい?」


 俺が「うん、おかしい」と返すと栗林さんはムッとする。

 これも初めて見る表情だ。


「だってさ、完璧超人の栗林さんがエロ本について熱く語っているんだよ?」


「私の中身なんてこんなものだよ。みんな、私に期待しすぎ」


「でも、どうしてここにエロ本があるって知っているんだい?」


 こんな場所、普通なら誰も来ないはずだ。


「クラスの男子が話しているのを偶然、聞いたの。廃墟の廃車の中にエッチな本がたくさん入っているって」


「えっ、マジ?」


「うん、一ヶ月くらい前だと思う。でも、男子たちは私が近くに居るのに気付くとエッチな本がある場所の話をやめちゃった」


 なんてこった。

 ここは俺だけの秘密の場所じゃなかったらしい。


 言われてみるとエロ本が無くなったり、増えていた気がしてきた。


「それでね、この一ヶ月、それっぽい場所を探し回っていたの。それで二週間くらい前にここを見つけて、その……ほぼ毎日、通って……」


 なんてこった。

 栗林さんがそこまでエロいことに興味津々だったなんて……


 というか、言わなくても良いことまで言っているような気がする。


「でも、変だな。毎日、来ていたなら俺ともっと早い段階でこうやって出会っていそうだけど?」


「普段は部活があるから、もっと遅い時間に来ていたの。でも、ほら、今日からテスト一週間前で、部活は休みになったから、この時間に来れたの」


 あっ、そうか。


 俺は帰宅部だから気にしてなかったけど、今日から部活が無いんだっけ。


 それにしても普段は部活の後に、今日はテスト勉強をする時間を犠牲にして、ここに通うなんて、とんでもない体力と性欲だな。


「なんか、失礼なことを考えているでしょ?」


 栗林さんは俺に疑いの目を向ける。


「あはは、気のせいだよ。それにしても栗林さんが寝取られ好き、っていうのは意外だった。でも、それだったら、ここにある本じゃあまり満足できなかったんじゃないの?」


 ここに隠してある本は把握しているが寝取れるような展開の内容は少ない。


「そんなことないよ。寝取れる展開の本は結構あるよ」


「えっ、そんなはずは……」


「例えば、これとか」


 栗林さんはヌード雑誌を手に取る。


「それって、写真集でしょ?」


「安藤君は写真しか見てないんだね」


 栗林さんはヌード雑誌をパラパラと捲る。


「ほら、これとかだよ」


 栗林さんが見せてくれたのは、俺が飛ばしていた官能小説だった。


「文字なんかで興奮するの?」


「興奮する」と栗林さんは即答し、しまった、という表情になる。

 

 そして、顔を赤くした。

 栗林さんは咳払いをして、自分を落ち着かせる。


「他にも好きなシチュエーションはたくさんあるよ。結構、色々なジャンルが好きみたいなの。こういうのも好き」


 次に栗林さんが手にしたのはエロ漫画だった。


 しかもファンタジー色の強い漫画で、ヒロインたちが触手とかスライムとか、あとは魔法をかけられたりして、凌辱される作品だ。


「こういうのもいいかも」


 次は露出ものだった。

 しかもご主人様に命令されて、コート一枚、その中は裸で街を徘徊する作品。


「あとはね、あとはね……」


 どうやら今まで話したくても話せなかった欲望が爆発したらしく、栗林さんはどんどんと饒舌になっていく。


 そして、栗林さんが性癖を曝け出すうちに一つの傾向が分かってきた。


「栗林さん、ってもしかして、M?」


 彼女の好きな作品の傾向は女の子が、男やモンスターに攻められる展開が多かった。


 栗林さんは黙り込む。


 俺は不安になった。

 さすがにデリカシーが無さすぎることを口にし、栗林さんを怒らせたかもしれない。


「私がM? それは考えたことが無かった。もしかして、こういう展開を私自身が望んでいた……ってこと?」


 栗林さんはそんなことを口にした。


「いや、俺には分からないよ」


「う~~ん、でも現実にモンスターはいないし、知らない人に襲られるとか、絶対に嫌だし……」


 栗林さんは俺とじっと見る。


「安藤君なら良いかな」


 その言葉に俺はドキッとした。


「…………なんて言ったら、エッチな漫画の導入っぽいよね」


「……あのさ、男子って馬鹿だから、今みたいな発言はやめた方が良いよ」


「そうなの? じゃあ、ごめんなさい。確かに男女の情事に興味が無いわけじゃないけど、私はまだ他に優先してやりたいことがあるから、そういうことは早くても大学に入ってからにしようかな、って考えているよ」


 栗林さんから言ってきたのに、なんだか俺が振られたみたいになってしまった。


「さてと、今日はそろそろ帰ろうかな」


 栗林さんは広げていたエロ本を廃車のトランクの中へしまう。


「ねぇ、またここに来ても良い?」


 栗林さんは少し不安そうに聞いてきた。


「別にここは俺の土地じゃないし、許可は要らないよ。でも、今度来る時はもっと警戒した方が良いよ。他の誰かに見つかって、驚かれるのは嫌でしょ?」


 栗林さんのことを心配しているようで、俺は私利私欲で言った。


 だって、こんな栗林さんの姿を他の誰かに見せたくない。

 俺は独占したかった。


「そうだね。安藤君みたいに受け入れられると限らないし、気を付ける。…………ねぇ、また一緒にその……エッチな本の話をしても良いかな?」


 栗林さんは不安そうに言う。


「良いよ、俺も面白かったしさ」


 俺がそう答えると栗林さんは「じゃあ、またね」と言い、笑う。


 この日から俺には意外過ぎる同志が出来た。


 学校では特に会話をしない。

 それがお互いの暗黙の了解になっていた。


 でも、この廃墟に来ると俺たちは遠慮なく、会話をする。


 そんな秘密の関係は俺と栗林さんが中学校を卒業するまで続いた。

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