平成初期②
「落ち着いた?」
「うん、ごめん……」
しばらく、説得するとやっと栗林さんがきちんと話せる状態になった。
「えっと、ここであったことはお互いに口外しない、ってことでどうかな? 俺としても折角集めた宝物を没収されたくないし……」
「うん……」
栗林さんは俯いた状態で言う。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。
「幻滅した?」
栗林さんがポツリと呟く。
「えっ?」
「私がそういった本を見ることにだよ」
栗林さんは置いてあったエロ本を指差す。
「幻滅はしてない。でも、正直、驚いた。栗林さん、ってこういうものに興味が無いと思っていたから」
俺はエロ本を手に取る。
栗林さんはエロ本を目で追っていた。
「えっと……こういう本が好きなの?」
と俺が聞くと栗林さんは慌てて、視線を逸らした。
「…………」
「…………」
また気まずい沈黙が流れる。
「ああ、もう! やめ!」
栗林さんが声を張ったので、俺は驚く。
「安藤君!」
栗林さんは俺の正面に立つ。
「は、はい!」
「私はエッチなことに興味がある!」
栗林さんは顔を真っ赤にしながら、宣言する。
いや、そこまではっきりと宣言しなくても……
「クラスの彼氏持ち、経験済み女子から初体験のことを聞いてみたいし、馬鹿みたいな下ネタを言っている男子の会話に交じってもみたい! 男子の性器がどうなっているか気になるし、他の女子のおっぱいを鷲掴みにしてみたい!」
普段の栗林さんから想像できない下品なことを言う。
「でも、出来ないの……」
栗林さんの声が沈む。
「みんな、私が近づくとエッチな話をしていても、やめちゃうし、私にはそういった話をしてこないし……」
当然だ、と俺は思った。
完璧超人の栗林さんの前で下品な話を出来る奴なんていない。
下品な話を栗林さんにするなんて、さらに無理だ。
「みんな、私のことを特別扱いするけど、普通の中学生なんだよ……尊敬の眼差しとはいらないから、普通の友達が欲しいよ……」
栗林さんは落ち込んでいた。
彼女は別に孤立しているわけじゃない。
むしろ、逆だ。
部活でも、学校生活でも栗林さんは集団の中心にいる。
しかし、思い返してみると栗林さんがいつも一緒にいる友達はいないかもしれない。
みんなが栗林さんを一つ上の存在だと思っている。
俺は戸惑う。
なんて声をかければ、良いんだろう?
分かるよ、とか、じゃあ好きにすればいいじゃん、なんて言えない。
みんなが栗林さんに対して、才色兼備、品行方正を求めてしまっている。
今更、栗林さんを中学校で本当の自分を晒せば、周りは困惑し、拒絶するだろう。
なんて答えれば正解なのか、それはどんなに考えても分からない。
「ねぇ、栗林さんはどんな本が気に入った?」
正解が何か分からないけど、とりあえずは同じ目線で話す努力をする。
「えっ?」
「どんな本が気に入ったか、って聞いたんだ。いいよ。栗林さんがしたい、っていう下品な話をしようよ。ここには色々な本があったでしょ?」
「えっと、特には……」
「良くないな」と俺は指摘する。
「えっ?」
「躊躇っている。栗林さんは自分の性癖を出すのを躊躇っているよ。そんなのすぐに分かる。下品な話をしたいなら、自分の性癖を曝け出さないとさ。それが栗林さんの望んだことでしょ?」
「確かにそうかもしれないけど、恥ずかしい。それにちょっと変わっているかもしれないし……」
栗林さんはモジモジする。
「変わっているってもしかしてSMとか?」
「そこまで特殊じゃないよ!」
と栗林さんは即否定する。
否定されたことには驚かないが、SMで意味が通じたことに少しだけ驚いた。
想像以上に栗林さんは性的な知識を持っているみたいだ。
「じゃあ、聞かせてよ。下品な話がしたいんでしょ?」
「…………女の人が寝取られるやつ」
栗林さんはボソッと答えた。
「えっ? それって、つまり奥さんとか彼女が他の男に取られるやつってこと?」
栗林さんはコクリ、と頷いた。
「確かに少し特殊かも……」
「でもね、でもね、かなりこだわりがあるの!」
栗林さんは廃車のトランクの中を漁る。
「あった! これ、こういうのが好きなの!」
栗林さんは一冊のエロ本を見せる。
俺はパラパラと内容を確認した。
「私はこんな風に旦那さんや彼氏さんにあまり相手にされなくなった女性が他の男性に〝俺だったら、君みたいな人、放っておかないのに〟とか言われて、寝取られるのが好きなの」
栗林さんは早口で説明する。
目は爛々としていた。
それに無邪気に笑う。
俺は栗林さんの素顔を見れた気がした。
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