君だけはこの手で守る

 この島の面積から計算すると、ロボットは残り18体。近隣にいたと思われる2体の青いロボットが駆けつける。すばしっこく四方八方に逃げ回りながら、レーザーを照射してくるロボット。シールドを展開しながらカナタと背中合わせで何発か撃つが、なかなかこちらの攻撃が当たらない。

 不慣れだからか、連携がうまく行かない。早く倒さないと、どんどん危険なロボットが集まってますます危険な状態になってしまうのに。焦れば焦るほど、ますます狙いが定まらない。首筋を冷や汗が伝った。

「落ち着いて。いつもの楓らしくないですよ」

 カナタに指摘され、無理矢理息を整える。敵をよく見て、目を離さない。そうだ。青のレーザー照射限界は5秒。向こうから攻撃を食らわなければ、必ず隙ができる。

「楓、赤が1体来ています」

 苦戦を強いられる最中、カナタのレーダーが遠くの上空に赤い影を感知したようだ。赤いロボットは、強力なレーザーを撃つうえ、レーザーで敵を殲滅できなければただちに実弾攻撃を開始する危険な型なので、最優先で片づけなければならない。

「楓、シールドと青の対応は任せました」

 カナタはシールドを解除し、ナノチップを追跡機能付きの望遠モニターモードに切り替える。簡易レーダーはシールドと同時に使えるが、高性能レーダーや遠隔モニターはシールドと同時には使えない。カナタは武器を近距離用の銃から、遠距離狙撃用ライフルに持ち替えた。

「胸のコアを一発で撃ち抜けばいいんですね?」

「そういうこと。頼んだよ。後ろは任せて」

 防御壁をオートマチックモードからマニュアル操作モードに切り替える。先程まで全方位シールドをカナタと交互に張っていたが、面積を絞ってピンポイントでシールドを張ることでエネルギーの消費量をおさえて2体から発射されるレーザーの長時間連続照射を防ぐ。ゲームではよく使っていた技術だが、リアルではもちろん使ったことがない。世界ランカーの実力がどこまで通じるか分からないが、カナタだけは命に代えても守り抜く。

 2体の青いロボットがカナタめがけて一斉にレーザーの発射準備をする、と同時にカナタの左右にシールドを張る。レーザーを無事跳ね返した。2体の動きを同時に追うのは思いのほか難しい。一瞬でも見失えば直ちに攻撃を食らってしまうだろう。かといって、あまりシールドのエネルギーを無駄にすることもできない。相手の照射に合わせて直前でシールドを張り続けると言うギリギリの戦いだ。

しかし、カナタは全く動じずに遥か遠くの赤いロボットに狙いを定めることに集中している。シールド展開をミスすることはないと信頼してくれているのだろう。応えなくてはいけない。守らなくてはいけない。

 ズドンと、大きな音を立ててカナタが発砲する。発砲音から耳を守るため最新型のノイズキャンセルイヤホンをしているにも関わらず、ゲームの10倍は大きく迫力のある音が響いた。

「命中です」

 反動でよろめくカナタを支えつつ、レーザーの軌道を調節するロボットに合わせてシールドの位置を操作する。

「ナイス。カナタ、あと3秒でシールド切れる。攻守交代よろしく」

「ラジャー。近距離戦は任せましたよ」

 シールド操作をカナタに引き継いで、落ち着いて青いロボットに狙いを定める。1体目、11時の方向で停止。今だ、撃て。ズドン。思い切り両足を踏ん張って反動を殺す。被弾したロボットが、地面に落下する。この調子で着実にもう1体も撃ち落とす。こちらはちょこまかと動き回るやつだ。銃を正面に構える。縦横無尽に飛び回られるのは厄介だが、よく見ると規則的な動きをしている。心の中でリズムをとりながら、銃弾の軌道上に奴が入るのを待つ。1,2,3……引き金を引くのとほぼ同時に奴が真正面を通過する。読みは当たり、銃弾は見事に命中した。

「ありがとうございます。さすが楓です」

 残りはおそらく15体。レーダーを確認すると、4体が同時に接近している。影の詳細を確認すると、赤が1体、緑が3体だった。

「やばい。カナタ、4体同時に接近中。赤を最優先で撃ち落として」

「楓、体を支えてもらえますか、この距離だと反動で軌道がぶれると致命的なので」

「了解」

 カナタが一呼吸おいて、遥か遠くの敵に照準を合わせる。一切のためらいなく発射されたライフルの弾道は寸分狂わず、赤いロボットのコアを撃ち抜いた。反動が伝わるが、歯を食いしばって、地面を踏みしめてカナタを支えた。

 かなりの集中力を必要とするハイレベルな狙撃の後にもかかわらず、カナタは次の指示を出す。

「緑のロボット、おそらく楓のアサルトライフルの射程圏内に入りました。撃って」

「OK。カナタももう一体よろしく」

 目視ではなく、ナノチップが映写するモニターを見ながら照準を合わせる。赤い十字が、緑のロボットのコアと一瞬重なる。しかし、すぐにずれてしまう。銃を持つ腕に余計な力が入りすぎて、それが銃口のぶれに繋がっている。息を吐いて冷静にもう一度狙いを定める。時間はかかっても確実に。レーダーの照準がコアと重なって3秒、これなら確実に当たる。落ち着いて引き金を引いた。カナタもほぼ同じタイミングで発砲した。二つのつんざくような発砲音が同時に響き、吐き気がした。モニターを確認する限り弾は2つとも命中したが、集中力も限界に近い。

 いつの間にかカナタの右側から、仕留め損ねたもう1体が間近に来ていた。まずい、この型は。よろめきながら、シールドを張る。それと同時に、大声でカナタに指示を出した。

「カナタ、シールド張って!」

「え?」


 その一瞬の隙をつくように、緑のロボットがレーザーを照射した。レーザーはシールドを貫通して、カナタの右腕をかすめた。カナタのアウターの袖が切り裂かれる。目に映るモーションのすべてがスローになる。カナタを守らなきゃ。緑色のコアを撃ち抜く。ロボットは空中で一瞬制止した後に瓦解してバラバラになって地面に散らばった。追撃が来ないことを確認し、膝から崩れ落ちたカナタを支える。

「カナタ!大丈夫?」

「たぶん……かすったくらい、かな。アウター、意外と優秀ですね。あと、楓がシールド張ってくれた、から、威力が弱まったのかな。利き腕じゃないし、大丈夫です」

 言葉とは裏腹にカナタはガタガタと震えていた。傷口を確認したところ、わずかに掠ったような痕が見えた。出血や筋肉の損傷は見られないが、危険な攻撃を受ければ精神的ダメージが大きいのも無理はないだろう。モニターを見て、敵が来ていないことを確認した後、カナタを後ろから抱きしめて落ち着ける。

「怖い思いさせてごめん。大丈夫だから。落ち着いて、深呼吸して」

「ごめんなさい……足引っ張っちゃって、でも、足に力入らなくて、立てない、ごめんなさい」

「いや、言うのが遅れたのが悪い。カナタは謝らなくていいから、落ち着いて聞いて。緑のレーザーは強いけど、シールド2枚で防げる。だから、緑が来たときは、2人で同時に防御しつつ攻撃。緑は仕留め損ねると、死に際に強いレーザーと実弾で攻撃してくるから狙うときは慎重に。コアを直接撃てば破壊できるから、確実に狙って行こう。青はコアを撃たなくても実弾実装してないから青は当てさえすれば大丈夫」

「え、シールド? え、緑? え、実弾って何? 怖い……助けて楓……」

 カナタは完全に混乱状態で、指示を処理しきれていない。しかし、追い打ちをかけるようにレーダーに2つの反応があった。最悪なことに両方とも1番危険な赤いロボットだ。アサルトライフルの射程距離に入ってから、赤いロボットの実弾攻撃の射程距離に入るまでに1体を倒したあと、銃弾をリロードしもう1体を倒す時間はない。長距離対応のスナイパーライフルを使うしかない。

「カナタ、これ借りるよ。大丈夫。カナタは絶対死なせない。だって約束したから」

 覚悟を決めて、カナタのスナイパーライフルを構える。赤いロボットのコアに狙いを定める。2発とも当てないと死ぬ。百発百中のスナイパーKAEDEの意地をここで見せないでいつ見せるというのだろう。あまり時間がないので素早く照準を合わせる。赤いコアと十字の照準が重なる。その瞬間にすべてをかけて、撃った。

 しかし、使い慣れない武器の使用は完全に裏目に出た。わずかな軌道のずれは長距離射撃では絶望的な失敗につながる。明後日の方向を撃ち抜いた結果、攻撃意志ありとみなされ、赤いロボットは実弾攻撃の準備を始めた。ロボットのコアが禍々しい色に光っている。スナイパーライフルのリロードを待つ間に、ロボットはアサルトライフルの射程距離に入っていた。銃をアサルトライフルに持ち替える。今度は外さない。アサルトライフルなら、大丈夫。FPSでは何万回も撃って来た。この武器とともに勝ってきた。

 正直、動揺している。死ぬほど怖い。でも、起死回生の一撃になることを信じて。とりあえず、1体倒してから考える。モニターの照準を凝視して、肉眼で目視できない遥か上空目掛けて撃つ。バアンと大きな音がして、赤いコアを撃ち抜いた。

 息をつく間もなくもう1体の位置を確認しようとモニターをチェックする。その瞬間、背後からズドンと音が鳴り、倒したのは1体だけのはずなのに、もう1体も撃ち落とされていた。横を見ると、立ち上がったカナタがスナイパーライフルを構えている。

「すみません、目が覚めました。もう大丈夫です」

「カナタ……!」

 カナタの目には赤い光が宿っている。

「楓が必死で戦ってくれているのを見て、守られてばっかりじゃダメだなって。次は自分に楓を守らせてください」

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