極限状態で君と手を組む

 朝起きると、昨日よりも近くにカナタの顔があった。無防備な寝顔でもカナタは綺麗だ。ラベンダーの香りがする髪にそっと触れた。起こしたら可哀そうなので、優しく触れた。何かいけないことをしているような罪悪感があった。

「おはようございます」

 しばらくそのまま髪を撫でていると、カナタが目を覚ました。

「あ……おはよう」

 昨日の告白のせいか、大変気まずい。けれども、カナタは昨夜の出来事は全部幻だったとでもいうように平然としている。

「今日はいよいよ本番ですね。昨日はよく眠れましたか?」

「まあ、一応」

「それはよかったです」

 ヘアゴムを口にくわえて髪を結んでいる姿は昨日よりも一層見てはいけないもののように感じられた。けれども、ついチラチラと覗いてしまう。たまたま近くを巡回中の治安維持ロボットが通過した。やっぱり僻地は旧型の青いロボットなんだなと思うより先に、見知らぬロボットにカナタの映画のワンシーンのような仕草を見られたことへの苛立ちを覚えた。髪を結び終わると、カナタはこの間プレゼントした月のペンダントを首にかけた。合金で重いというのに、一日何万歩も歩くこの旅の間中ずっとつけてくれていることが嬉しかった。一方、狩りで激しく動くのに疲れないのかなと心配にもなるけれども。アウターのファスナーをきっちり上まで閉めていつものように笑う。

「お待たせしました。準備できました」

 また、脈がおかしくなった。体をスキャンしても、いつ見てもチェック項目はオールAの健康体だ。なのに、どうも時々調子が狂う。

 カナタが紙の地図を見ながら進む。アサルトライフルを肩にかついで、狩猟区域へと向かう。

「えーっと、狩猟区域は北北東の方角ですね」

「紙の地図、初めて見た」

「一応、データ自体は最新のものですよ。端末のバッテリー節約と、こっちの方が雰囲気が出て好きなので紙を使っているだけで」

「最新?」

「政府が定める狩猟区域は時々変更になるんです。今いるここも30年前は狩猟区域だったみたいですよ。気を付けてくださいね、狩猟区域外で発砲したら治安維持ロボットに粛清されちゃいますから」

 口調は普段と変わりない。いつもと同じカナタのように見える。が、少しだけ違和感があった。

 カチッ。カナタが何かを踏んだ。目の前を矢が通り過ぎる。

「あっぶな……」

「ごめんなさい、何か踏んでしまったみたいで。えっと、昔のハンターの仕掛けた罠みたいです。すみません、注意力が散漫になっていて……」

 カナタがおろおろとうろたえていた。

 ビーッビーッ。けたたましい警告音が鳴り響く。


「狩猟区域外ニテ、矢ノ発射ヲ確認。犯人ハ2名。銃器ヲ所持。攻撃ヲ開始シマス」


 上空に治安維持ロボットが接近していた。先ほど見た旧型の青いロボットだ。実弾は非実装。レーザーは防御壁で防御可能。光線銃耐性あり、実弾耐性なし。ロボットがこちらを目掛けてレーザーを発射した。

「オートシールド発動シマス。タダチニ安全地帯ヘト避難シテクダサイ」

 レーザー発射と同時に、ナノチップがオートシールドを起動して、レーザーを跳ね返す。

「違います! あれは自分たちがやったんじゃないです! 話を聞いてください!」

 カナタが弁明するが、旧型には言葉は通じない。三十六計逃げるに如かず。パニックになっているカナタの手を引いて、とにかくまっすぐ走って逃げる。昨日のペルセウスとアンドロメダの物語を思い出す。カナタだけは絶対にこの手で守る。

「ごめんなさい、ごめんなさい、自分のせいで」

 カナタは必死に謝りながら走っている。注意力が散漫になっていたと言っていたが、明らかに昨夜のことが原因だ。ならばこちらにも非があるが、今は責任の所在を論じている場合ではない。

「あ、ダメです! 楓、止まって」

「止まったら撃たれて死ぬ! いいから黙って走って!」

「違う、そっちは立ち入り禁止地区!」

「だからって、背に腹は代えられない! シールドのチャージタイムまで何としても逃げきらないと!」

 端末のオートシールドの防御壁は10秒程度で消える。青いロボットの連続レーザー照射時間は5秒程度なので問題はないが、防御壁のチャージには多少ダウンタイムがある。その隙をつかれたら終わりだ。むしろ立ち入り禁止区域まで行けば最新型がいて、話が通じるのではないかという希望を信じて走った。

 防御壁エネルギーはなんとかフルチャージされたが、立ち入り禁止区域に侵入してしまった。足を踏み入れた瞬間、先ほどよりも不穏な不協和音交じりの警告音が上空から鳴り響く。


「侵入者発見、排除シマス」


 最悪の事態だ。ちょうど、青いロボットを改良して強化したもののギリギリ言葉の通じない型の赤いロボットが立ち入り禁止区域を管轄していた。それも実弾実装かつ、レーザーの火力は防御壁を重ねようとも貫通する。形式上警告音を鳴らしてはいるが、こちらの行動に問わず事実上の警告なしでの攻撃を開始する対テロリスト用治安ロボットだ。赤いロボットは頭上を旋回していたが、空中で停止して攻撃態勢をとる。

 咄嗟に、それこそ考えるより先に、かついでいた銃で赤いロボットの胸部のコアを撃ち抜いた。火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、一発で命中した。

「楓? 何で撃ったんですか?そんなことしたら……」

 後ろから気配を感じた。ますます混乱しているカナタを無視して振り返る。先程の青いロボットに追い付かれた。狙いを定めて、即座に実弾で撃ち落とす。


「説明は後。いつでも撃てるように準備して」

「ラジャー」


 我ながら無茶苦茶をしているが、カナタは反射的に指示に従った。カナタが長距離用スナイパーライフルを構えたのを確認して、最悪な状況になってしまったこと、撃つしかなかったことを説明する。

「ごめん。目論見が甘かった」

 そこそこ新しい型のロボットがシステムで、島中のロボットに信号を送ったようだ。複数のロボットがこちらに向かってくる音がする。カナタの目つきが、夢見る詩人の目から戦う狩人の目に変わった。


「どうやら、今日の狩りはロボットが相手のようですね」


 コンピューター相手のタッグマッチはいまだに0勝。実弾の実戦は初。無謀にもほどがある勝負だ。


「ぶっつけ本番とか絶望的だけど、やるっきゃないっしょ」

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