第20話 故意ある恋? それとも故意無き恋?
私は青柳一華、この世界に召喚された勇者だ。もうこの世界に来て一年経とうとしている。今でも前の世界の事は良く思い出す。帰りたくてたまらない。ホームシックに罹っているようだ。
私が生まれたのは九州の北の方の都市、極道と製鉄で有名なところだ。そこを通る紫川の傍近、それも海に近い都会の真ん中にある街で生まれ育った。父に聞いた話だがまだ私が生まれていないころ近所の交差点にある横断歩道から五百万円ほどの現金をばらまいたタクシー運転手がいたらしい。どうして私が生まれた後にしてくれなかったのかと思う。あれを拾ったら拾得物ではないはずだ。ただの贈与だろう。贈与税は掛かるかもしれないが、自分の物と出来る、はずだ。政府は違うというかもしれないけど‥‥
現在、そんな街を後にし私はそこから少し離れたドームのある都会の大学の法学部に進学した、未だ法律を勉強し始めたばかりの一年生だ。
「次はあの教室に行くとやろ?」
そう聞かれた私は思わず答えてしまった。
「違う、バイト、バイトに行くっちゃ」
方言が出てしまったが同じ九州気にもしなかった。
「え? 行くっちゃ? ラムちゃん? うるさい星から来たの?」
とか言われた。それ、『だっちゃ』だから!
それ以来、なぜか話すことが億劫になってしまった。
そんな私にも春が訪れた。
「好きだよ、私が誰より一番」
そう告白された。けど。それ歌詞でしょ? 方言弄ってるから!
始まりそうな恋はその途端終わりを告げたのだった。
傷心の私はドーム近くのタワーから身を投げようと、いや、単に観光でタワーに上った。この街に来たばかりで登ってみたかったのだ。身を投げるつもりなどなかったというのに私は意識を失くしタワーから落ちた。落ちるはずなどない、周りを囲まれているのだから。でも、落ちていた。落ちていく中で意識を失くし気が付いたらこの世界にある娼館の館と呼ばれるところにいた。
他に三人同時に召喚されていた。元の世界に居た場所は私とは違ったようで他の三人は標準語を話していた。まるでテレビドラマを見ているようだった。私はいつか東京の人に会ったら江戸城どうなっているのと、歴史を勉強している人なら知っていることさえ知らず聞いてみたかったのだが、うるさい星の住人扱いされるのが嫌で話しかけることさえ憚られた。
そんな私もこの世界に来て恋をした。その相手はまるでダーリンの様に軽薄な男だった。名前は花沢結斗、この世界に召喚されてきた勇者だ。美人の多いこの帝都、美人と見ればすぐに話し掛ける。私はあんまりそわそわしないでと言いたかった。けど、話しかけられなかった。
だけど遂に現れた。浮ついた彼の心を射止めた女性が。そう、彼は巨乳派だったのだ。私は巨乳とは言えないまでもそれに近いものは持っているのだ。ストーカー気質の芽衣より、私の方が優位に立てると喜んだのだが彼の心を奪った女性には勝てる気がしなかった。私が誰より一番好きよと彼に向かって叫びたい。そんな衝動に駆られた。
その女性は帝国の姫だった。事情があって姿を変えて平民として隠れ住んでいたらしい。普段見た彼女は太っていて、見るも無残な鬼舞辻無惨だった。でも、本当は腰まである長いプラチナの髪とルビーの様な赤い目をしたエルフかと見紛うばかりの綺麗な女性。結斗が惚れるのも分かる気がする。だから私は彼に思い切って聞いてみた。
「好きなのは分かる。だけど、それって故意ある恋? それとも故意無き恋?」
「は? 意味わかんねぇ」
そんな答えが返って来た。法学部の私は覚えたての知識を使ってみたいのだ。
「つまり、打算的な恋かどうか。何らかの目的があり好きになった恋、例えばお金持ちだから好きになった場合、それが故意ある恋。逆に突然何の目的も打算もなく好きになった、いえ恋に落ちた、それが故意無き恋よ」
どっち? でも、あなたは、太ったアメリアを見ても小馬鹿にしていたのだ、美人だから恋をした、つまりそこに打算があった、故意ある恋だと言えるのではないか。
だとすれば私にもチャンスはあると考えたのだ。彼は故意に自らを恋に陥れたのだ。そうであるならまだ彼をその落とし穴から引き上げる方法はあるはずだ。彼を私の恋の落とし穴に、つまり故意無き恋の落とし穴に陥れ落とす、つまり陥落だ。彼を陥落させることが出来る。
ここは、あのストーカー気質の芽衣を利用しよう。しつこくされれば安らぎを求めて私の元に来るかもしれない。芽衣を故意無き恋の道具として利用しよう、つまり間接正犯のようなものだ。それは少し姪に吹き込むだけで済む。後は彼女が勝手に暴走してくれるだろう。
「結斗も芽衣を好きみたいちゃ」
明らかにそうだと分かる嘘を吐いた。
「え! 本当! でもボクはもう王子様一筋だから。エインズワースの妃にボクはなる!」
「そんなぁ、海賊王じゃないんだから」
「でも、うるさい星人の真似してるの? こっちじゃ受けないよ? 向こうの世界でも受けないだろうけど‥‥」
やはり、会話は標準語をマスターしてからだと心に決めた。
でも、うるさい星人なら好きだっちゃと言うんだ。まぁ、どうでもいいことだけど。
「なぁ、一華は結斗が好きなのか?」
空気を読まない猛。そんなこと聞くなっちゃ。
「知らんちゃ!」
デリカシーに欠ける猛に語感の激しさで抗議する。
「知らんちゃって、新しいイタリアの車か? シランチャストラトス?」
なんじゃそりゃ。方言弄りすぎっちゃ!
方言のちゃとうるさい星語のだっちゃを一緒くたにしてるっちゃ!
地元では知らんちゃと言っても『ちゃっちゃ、ちゃっちゃ、五月蠅いっちゃ』で終わるのに。
しかし、そんな馬鹿なこと言っていられない出来事が起きた。クーデターだ。私達を召喚したガルネリ帝国が滅亡した。皇帝も皇太子も殺された。皇帝の一族郎党皆殺された。唯一残っているのが一緒に居るアメリア姫だ。最早姫ではないし、本人も私はずっと平民だよと言っている。アメリアが保護した二人の子供は皇族ではないというのだけどその髪と目はどう見ても皇族だよね。この三人はこれから狙われ続けるのかもしれない。
今その三人は目の前のキャンピングカーのサイドオーニングの下のテーブルでコーヒーとミルクを飲んでいる。どうでもいいことだが横の屋根と言ったら猛にサイドオーニングだよと注意された。どうやら猛なりの拘りがあるらしい。
このキャンピングカーは猛の能力で元居た世界から召喚したらしい。それが猛の唯一の能力。ただし、物だけ。人は召喚できない。そこは召喚の館とは違うところだ。
噂話よれば召喚の館はこれから新ディアーゴ帝国が独占し、新たな勇者はどこにも売らないらしい。恐らく新ディアーゴ帝国がこの惑星に覇権を唱える為の準備ではないかと思われる。まるで元居た世界の赤い国のようだ。
「どう、おいしい、アメリア?」
「うん、美味しいよ、勿論ミルクと砂糖は入れてるけどね。って、語尾にちゃってつけないの?」
いやいや、方言は猫獣人が最後ににゃって付けるのとは違うよ、アメリア。
アメリアは太った体をさも軽そうに動かし飲んでいたカップを片付ける。黒い髪が鬘の様に見え違和感があり、彼女の顔を更に醜いと感じさせる。正にアメリアが望んだ変身、凄いアミュレットだ。
まだ幼いチーロとアリーナの双子は処刑台での衝撃が深刻過ぎたのだろう、未だに元気がないのが心配だ。チーロは男、アリーナは女性の双子だ。チーロはアメリアと同じプラチナ色の髪に赤目だけど、アリーナの髪は紫がかったプラチナで目も薄い紫で本当のアメリアと同じくらい美人だ。お姉さんは将来が心配っちゃ。
カップを片したのかと思ったがアメリアはお代わりを注ぎに行っていたようでコーヒー片手に戻って来た。
「お姉ちゃん、僕達を助けた綺麗なお姉ちゃんはいないの? 僕太ったデブは嫌だよ」
こらこら、アメリアに向かって太ったデブって言ったら嫌われるぞ。それに太ったデブって同じ意味を二回続けて強調したの? 流石、隠してはいるけど元皇族、横柄だ。そのお陰かアリーナは素直だ。未だ猫を被っているだけかもしれないけど。
「あのお姉さんは一緒に行かないのよ」
どうやらアメリアは正体を子供達には隠すようだ。何かが起こってアメリアの正体が知られることを避けたのだろう。子供達を信用してないよね。でもまぁ、相手は子供だし、知らなければ子供たちが無事で済むかもしれない事も有るし、教えない方が良いよね。
でも、知っていれば子供だから直ぐに吐くだろうから教えないの? 結局は信用してないのかな?
外は日が陰り既に星が見え始めていた。流れ星に結斗が私を好きになりますようにと願う。ただ三回も願う事なんて絶対に出来ない。出来るのは好きと三回言うくらいだ。それは最早願いではなく単なる感情の吐露に過ぎないとどうでも良い事を考えながら私はキャンピングカーを運転している免許取りたての十八歳だ。
キャンピングカーは、私の思考も帝国の動向も気にもせず、ガタゴトと舗装されていない馬車の轍が残る道路をエインズワース王国に向けて進んで行くのだった。
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