第21話 異世界ドライブ

 フロントガラスから見える風景は暗くヘッドライトが照らす狭い範囲が心許ない。見えない部分が多過ぎてそこに何者かが隠れているような気がして恐ろしい。小さな子供がベッドの下や押し入れに怪物が隠れていそうで怖いというのとは違う。実際にその暗闇には恐怖が隠れ潜んでいるのだ。ここは異世界、見たこともない凶暴な動物や魔物が存在する世界だ。

 しかし、最も恐ろしいのは知恵ある人間だという。徒党を組んで逃げられない状況に陥れてくる。気が付いた時にはもう逃げられない。戦う事さえ出来ない、だから恐ろしい。


「おい、一華、何やってるんだ? もう夜だろ、止まらないと何が起こるか分からないだろ」


 たけるに怒られてしまった。異世界の感慨に耽っていただけなのに‥‥

 だが、確かにこんなに光を出しながら走っていれば盗賊に見つかる可能性が高くなるのだ、直ぐに停車してキャンプの準備をする。

 キャンプするのは敵が来てもすぐに分かるように開けた場所だ。敵が来れば銃で攻撃できる。

 キャンピングカーの屋根はサンルーフを加工し銃座を前後二か所に設置してある。この銃座は軍用のMRAPマックスプロ用の銃座で、それぞれに12.7mmのM2機関銃が据えられていて敵が来れば殲滅する予定になっている。当然猛が召喚したものだ。


 帝都脱出でお疲れの皆さんを起こし遅めの夕食。メニューはカレー、これも猛が召喚した。一家に一人猛さんだ。便利な男だ。こんな男と結婚出来たらこの世界では勝ち組だろう。だけど、私は便利でも紳士でも一途でも私を好きでもないただ優しいだけの結斗を好きになってしまった。話題の結斗は私の想いなど気付きもせずカレーを搔き込んでいた。


「うまいね、このカレー。猛の能力最高だよ。アリーナちゃん食べてる? 美味しい?」

「うん、美味しい。こんなの初めて食べたよ」


 まだ元気に陰りが見える双子の片割れのアリーナ、目の前で両親も親族も殺されたのだ。簡単には元気になれないだろう。そんなアリーナを気遣う結斗は優しいなと感じるがその優しさを同じ境遇の双子のもう一人チーロにも向けて欲しいものだ。


「美味しいよね。アリーナちゃんもアメリア様みたいに美人だから大きくなったら俺のこと好きになってね」


 って、やっぱり下心ありありだった。何て軽いの結斗。


「アメリアって美人なの? 結斗さんって優しいのね?」

「え? 太っていて美人でもないのに気を使って美人だと言っていると思ってる?」

「違うの? そうとしか思えないけど」

「結斗、止めて!」


 アメリア様が言葉を荒げて結斗を止めた。

 結斗口軽すぎ。アメリア様がその正体を子供たちに隠しているのにまさかばらそうとするなんて。まぁ、あまり隠す意味があるとは思えないのだけど‥‥

 アメリア様の忠告にバツの悪そうな顔をしてまたカレーを搔き込み始める結斗。全く子供っぽいところが抜けない。でもその明るさがこの殺伐とした異世界で私達を明るく照らし導いてくれているのだ。そう思えば嫉妬もしない。

 食後一人オーニング下のテーブルで私は一人珈琲を飲んでいる。まるで一華の一人キャンプだ。一人じゃないけど‥‥


 街の灯りなど一切なく夜空の星だけが、地上を照らしもしないのに煌煌と輝いていた。ここからも天の川らしきものが見える。つまりこの星も当然ながら銀河の中の恒星の周りをまわる惑星なのだろう。それが私達の居た地球のあった天の川銀河ならいつか帰れるかもしれない。だけど並行世界なら帰ることなど不可能だろう。だけど、同じ天の川銀河だとしてもこの星の科学力では地球へ帰ることなど不可能なのだ。もし、帰れるのなら地球を目の前にして絶対に「地球か、何もかもみな懐かしい」と言いたい。


 また星が流れた。

 私は祈らずにはいられない。

 方言が消えますようにと‥‥



 翌日も快晴の中、キャンピングカーはガタゴト道を快走していく。車の屋根、つまりルーフの前方の銃座に座って物珍しそうに機関銃を眺めるアメリア様。風が彼女のプラチナ色の腰まである長い髪をなびかせる。顔に纏わり付くのを嫌い両手で艶っぽく後頭部で一つに纏めポニーテールにする。常に容姿を変えているアメリア様の初めて見たような気がする彼女の耳は少し尖っていた。


「アメリア様の父上は皇帝の弟で人間だよね? 母親はもしかしたらエルフとか?」


 浮かんだ疑問が訊いては駄目なのかなと思いながらも少々の後ろめたさと共に口を突いて出た。


「母の記憶は無いんだよね。だけど人間だと思うよ。父は皇族だったみたいだから異種族間の結婚は認められないと思うし。なぜ?」


 アメリア様は風になびくプラチナのおくれ毛を抑えながら小首をかしげる。


「耳がね、少し尖っていたから。でもそんな人も普通に居るし」


 アメリア様の美の根拠をエルフに求めてしまったのは唯の私の厨二心かもしれない。やはり、ただの個体差なのだろう。


「エルフ、会ったことあるの? 私、最近までその存在さえ知らなかったよ」

「私もこの世界に来て一年経つけどまだない。でも、アミュレット外して大丈夫? 双子に知られちゃうよ?」

「大丈夫、この場所は車の中からは見えないから。後ろからも見えないよ」


 銃座の周りは鉄板で覆われていて後ろからは見えなくなっている。ここが今現在、彼女が本来の姿に戻れる唯一の場所かもしれなかった。


 時折車外の草原に居る小動物を今晩のおかずにするのだと結斗がライフルを発砲する音が周囲に木霊する。見事命中し獲物を仕留めると運転している猛に命じ車を停止させ、そそくさと獲物を回収する。その光景を遠巻きに眺めるゴブリン達。獲物を横取りされたとでも思っているのか、然も悔しそうにしている。とはいうものの結斗を襲うようなことはしない。多分彼らには結斗の強が分かるのだろう。勇者である結斗はレベルが既に五十は超えているという。私はまだ三十三らしい。鑑定スキルを持っているのが結斗だけなので、本当かどうかは結斗のみぞ知るといったところだ。だが結斗の強さを見ればそれが真実であることを物語っている。


 後方の銃座に座っていると太陽がちょうど真上に来たのに気付く。そろそろドライバーの猛が腹減ったと車を止める時間だ。するとまるで私の考えを感じ取ったかのように車は川沿いで停止した。私はオーニングとテーブルを出し昼食の準備する。アメリア様と双子が一番最初に降りて来てテーブルに座る。キャンピングカーはアメリカ製で大型バス位の巨大さがありオーニングもかなり広く十人は余裕で座れる。

 勇者組四名、アメリア様に双子、王子に新たな勇者二名の丁度十名だ。王子の護衛も来る予定だったが乗車定員の都合上馬で追いかけて来ることになった。

 このキャンピングカーは日本では販売できない大きさらしいがここでは関係ない。更に広くても良い位だが問題は道路だ。ある程度の制限が付き纏う。だがいざとなれば猛のアイテムボックスに仕舞い込みオフロード用のバイクと小型車をを出すから問題ないらしい。

 昼食のメニューは豪華にインスタントのソースを掛けたパスタ。アメリア様と双子は初めて見た料理に見惚れてか手を付けずに眺めている。


「お前ら大人しくしろ! この馬車と女は俺達が頂く。殺されたくなければ男どもは金目の物だけ置いて逃げだせ」


 十数名の盗賊が現れた。やはり異世界で盗賊はテンプレなのだろう。既にキャンピングカーは囲まれているようだ。双子は恐れ戦き抱き合い震えている。だというのにアメリア様は太った体に似付かわしく盗賊など一瞥しただけでパスタを頬張り始めたのだった。

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