第19話  終焉

 真田の魔法で意識を失くしていた私は突然意識を取り戻した。まるで永い眠りから覚めたような違和感が私を包んだ。覚醒した時、見ていたのは皇太子アレッサンドロだった。

 

「逃げろ! 俺のことはいいから逃げろ!」


 叫ぶアレッサンドロ。

 一人では逃げたくはない。しかし、どうにかできる状況でもない。アレッサンドロと二人でも仕方がないかと他の皇族の救出は諦めた。


 アレッサンドロも一緒に逃げるよと叫ぼうとした時だった。

 光の矢が彼の腹部を通過した。吹き出る血。彼は腹部が貫かれたことに気づきもせず普通の顔をしていた。数瞬後漸く気が付いたのか彼は自分の腹部を見た、その光景を私は忘れないだろう。彼が最後に見た光景は自分の腸が腹からぼとぼとと落ちる瞬間だったのかもしれない。願わくば彼がその時即死してくれていて苦しまないでいて欲しかった。


 彼は痛みも感じないようで普通の表情で皇帝を見たその瞬間矢が胸を貫いたのだった。その時彼は死んでしまったのだろう。


「よかった」


 まったく苦しまなかった彼を見た時、私は涙を流しながらそう呟いていた。


 彼が最後に解放したのははまだ幼い双子だったようだ。二人が蹲りきょろきょろと辺り見回しながら途方に暮れていたのだ。彼の意志を無駄にしてはいけない。二人を助ける、それが彼の遺言の様な気がしたから。


 ただ逃げても逃げおおせることは出来ない状況だった。だったら攻撃して隙を作ったうえで二人を連れて逃げよう。そう決めた。


 残りの魔力をすべて使って私に出来る魔法、憶えたばかりの重力魔法だ。それを、残魔全て使って強力にすれば第七とはいかなくても第六階位の重力魔法に階位上昇アップグレード出来るかもしれない。だって、あれは魔力を強固に圧縮する事を基礎とする魔法なのだから。


「集まれ」


 私は目の前に魔力を集め圧縮し始める。

 それに真田が気が付く、余裕の表情だ。真田は今度は私を殺そうと炎の塊を飛ばしてきた。だが、その炎は既に圧縮された魔力の塊の重力に引き寄せられ消滅した。真田の表情から笑みが消失したのが見えた。今度は先程よりも巨大な十メートルはありそうな炎の塊を飛ばす。

 かなりの速度で接近する炎。だが、また炎は圧縮された魔力に吸収された。その瞬間、圧縮魔力のエネルギーが増大した。

 なぜ?

 おそらく、他人の魔法の構成要素である魔力を吸収し私の重力魔法に与える魔力が増えたのだろう。こうなったらもっと魔法を打ってくれと思わずにはいられない。

 私の願いが叶ったのかクールな表情が消え焦りが見え始めた真田が再度直径十メートルはありそうな炎の塊を飛ばす。

 なるほど、焦った状況で同じ炎系の魔法で、しかも、炎の大きさが先程と変わらなかった点に鑑みれば、炎系の魔法が真田の得意魔法であり直径十メートルが真田の限界だろうということが推測できた。


 重力魔法は完成した。このまま皇帝を攻撃しようと決めた。そして残っている誰かを新皇帝にすれば全て上手くいくだろうと思い寄った。

 しかし、突然重力魔法が消えてしまった。理由は恐らく一度に全ての魔力を消費してしまった為重力魔法を維持できなかったのだろう。


 だが、脅威を覚えた皇帝たちが魔法に対処しようと意識を向けた隙に私は二人を連れてその場からは脱出出来たのだ。

 

 二人を連れて逃げようとすると当然前に立ち塞がる兵士達。鎧を見ると帝国の兵士ではなく皇帝カルロの私兵の鎧だ。当然喜んで私達を殺害するだろう。私は遠慮することなく殆ど残っていない魔力を使い魔法をぶち込む。

 風魔法は体が切断され残酷に見え嫌いだから第二階位の雷魔法で意識だけを刈り取っていく。とは言え、心臓が弱ければ死ぬ兵士もいるはずだが、それが兵士の役割であり、兵士になったのだから覚悟はしているはずだ。たとえ死んでも勘弁してもらおう。

 相手は私を捕まえて殺すのだ。当然私だけが殺しては駄目という変な規則などない。私にも殺す権利があるのだから死んでも恨まないで欲しい。


兵士が多い、残り少ない魔力では直ぐに限界が来た。


 二人を連れてここまで来たけどもう無理かも‥‥

 魔力がもうない。魔法を使いすぎた。


「ごめん、もう無理かも」


 二人の子供に向かって謝罪した。


「何やってんだ、不細工な顔で挫けるな」


 勇者の花沢結斗達だった。仲間の猛も一緒だ。馬鹿王子もいる。

 どうしてここだと分かったの? って、騒ぎの中心だから当然分るか。


「ほら、アメリア様、行くぞ、走れ。って二人は皇子様か?」

「違う、皇族じゃない、臣下の子供? 絶対逃がして。皇太子の遺言だから」


 そう言った私に、誰が遺言だ、未だ死んでねぇよと返して欲しかった‥‥


 それも空しく私達が広場の端で逃げ惑う人混みに紛れていた頃に見た壇上で皇太子は首を刎ねられた。その首はころころと転がり吹き出した血で白い髪は赤く染まっていた。その血の勢いは彼がまだ生きていた証拠だった。苦しんでなければ良かったのにと願うばかりだったが、恐らく苦しんだのかと思うとまた涙が溢れてきた。彼の目はこちらを見ていたように思うけど確信は無い。でも最後に逃げ果せる私達を見て安心してくれたのだと願わずにはいられない。彼は天国で私がいなくて寂しい思いをするかもしれない。だから、いつか私もそこに行くから待っててと口だけ動かしその場を後にした。


 振り返りながら最後に見た光景は前皇帝マウリリオが断首される場面だった。それは永遠に続いて行くであろうと誰も疑うことのなかったガルネリ帝国の終焉を意味していた。

 父は逃亡している間に殺されていたのだろう、既に首のない亡骸が打ち捨てられていたのだった。



 ◇◇◇◇



「治療院に逃げるの?」


 逃げる途中そう訊いた私に馬鹿王子は只首を横に振った。


「帝都の外に車を用意している」

「あぁ、馬車ね」


 私達は馬鹿王子、結斗と猛の四人と双子で待ち合わせ場所に向かった。双子は結斗と猛が抱えて走った。追い付かれるのを防ぐ為だ。

 私の荷物は既に持ち出して馬車に積んでいるそうだ。治療院は兵士が来たが馬鹿王子がそんな女は働いていないと納得させたらしい。権力で無理やりだったようだ。


 帝都の外壁の門は帝都に八箇所あるがどれも代わり映えがしないだろうとエインズワース王国とは逆方向の門へ向かった。

 小競り合いは覚悟したが結斗が勇者の紋章を見せるとすんなりと通されて肩透かしを食らった。


 三十分程歩き到着した森の中に馬車があった。


「これ本当に馬車?」


 当然の疑問だ。巨大だ。しかも鉄でできているみたいだ。タイヤは付いているので馬車だろう。


「馬は?」

「四百八十匹いるよ」

「どこに?」

「この中に」


 意味不明だ。こんな小さな家一軒もない馬車の中に四百八十匹も馬がいる訳がない。


「さぁ、中に入って」


 促され中に入るとまるで普通の家の様だった。いや、違う。見たこともない物が沢山あった。火も無いのに明るい灯り。中に小さな人がいる板。物を温めるという箱。しかも魔法ではないという。不思議だ。


「発車するよ」


 結斗の掛け声で四百八十匹の馬が唸り声をあげる。いやいや、四百八十匹もいないんじゃないのとは思ったが「静かだろ」と言われて「うん静かだね」と返してしまった。でもいても数匹だろと思ったが言わなかった。


 ソファーに座ってウツラウツラしていると


「ベッドで寝る?」


 そう訊かれベッドで寝た。双子も一緒だ。なんと天井付近にベッドがあってそこで三人余裕で寝れた。


「みんな頭白くって親子みたいだな」


 猛の声が聞こえた。親子って、母親私? せめて姉妹にしてほしかった。

 そんなことを考えているうちにいつの間にか深い眠りについていた。







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