第18話 皇太子アレッサンドロ

 魔力を封じるロープで後ろ手に拘束されながら俺は皇族を拘束した皇帝を詐称するカルロ・ディアーゴを睨み、悪党に迎合する民衆を睨み、まだ何か出来るはずだと思考を巡らしながらこうなってしまった朝の出来事を思い返していた。




 いつもの様にメイドのロザリアが俺の目を覚まさせる。


「もう少し‥‥」


 小さい頃から俺専用のメイドでどうしても甘えが出てしまう。


「早く起きて下さい」


 甘い声で囁くロザリア。仰向けの俺をごろりと回転させ腹這いにさせる。寝ぼけた頭で疑問も湧かずされるがままになっていた。手に違和感を感じ、気が付けば後ろ手に縛られていたのだった。


「何をする?」


 未だ状況が呑み込めず、メイドの朝のお遊びか、俺をからかっているのかと別段慌てもせずその状況を受け入れていた。


「さぁ、殿下起きて下さい。もう、あなたは只の捕虜、もう魔法も使えませんよ」

「何の冗談だ、縄を解け」


 未だ遊びの感覚が抜けなかった俺は腹に強烈な痛みを感じベッドから投げ出された。ベッドの上には蹴り揚げた脚を下ろしている兵士がいた。少々状況が呑み込めた。メイドは遊びではない事、兵士が俺を蹴り飛ばし俺の眠りを妨げたことを理解した。


「連れて来て」


 メイドのロザリアが兵士に命じる。まるでメイドの部下のようだった。


「お前はメイドだろ?」


 俺の疑問に彼女は只鼻を鳴らして俺を小馬鹿にしたような態度をとった。まるであんたは何も知らないでしょと言わんばかりだ。

 すると、その質問が兵士を苛立たせたのか持っていた槍で俺の横っ腹を小突いた。意識していない角度からの打撃に俺は胃の中身を吐き出す。朝食も食べていない状況では胃液しか出なかったのだがそれでも何も出ないよりましと思える程吐いた。


「立て」


 と居丈高に命令する兵士。直ぐに命令を実行しなかったのが面白くなかったのか兵士は槍の柄で背中を叩く。まるで地面に投げ付けれた蛙の様に俺は無様に腹這いになった。朝食前で自制心が心許ない俺の感情を高ぶらせる。思わず兵士に攻撃魔法をぶつけた。


「何をやっているんだ?」


 にやけた冷笑を湛えた顔で問う兵士。

 この結果を予想していたようだ。俺の魔法は具現化されなかった。魔力さえ体内に閉じ込められたまま? いや、魔力は後手を縛っているロープに吸収されたのだと理解した。


「どうだ、分かったか? ロザリア様が仰っただろ、魔法は使えないって。まさか冗談だと思っていたのか? お目出度いやつだ。これだから、甘えて育てられた皇族のボンボンは」

「この馬鹿の朝立ちを毎日確認するのも今日が最後だったのかと思うと少し寂しいわ」

「でしたら、明日から私の朝立ちを確認するのは如何でしょう?」

「殺すわよ」

「し、失礼いたしました」


 こいつらコントでもやっているのかと思いながら俺は宮殿のロビーに連れられて来たのだった。


 そこには既に皇帝も皇后、兄弟、他すべての皇族が集められていた。既に皇帝の顔は無惨にも腫れる程暴行を受けて意識を失くしていた。


「ロザリア様、これで全員です」

「よし、では時間まで待機」

「待つ間に、やっちゃってもいいですよね」

「構わん、好きにしろ」


 その言葉を合図に兵士達は鎧を脱ぎ捨てそこにいる若い女性たちに襲い掛かった。

 もう待てないと言わんばかりに服を引き裂き裸にしようとする。


「やめろぉ!」


 俺は怒鳴るが兵士達は俺を見ることも止めることもせず姉妹達の服を引き裂き裸に剝いていく。俺は走り出し兵士を蹴り飛ばそうとしたとこで頭に衝撃を受けた。


「元皇太子殿下、ここは大人しく見物して無力な自分を嘆くが良いですわ。怒りで震えながら処刑台の上で首を落とされるて下さい。悔し涙に暮れますこと請け合いですわよ。私はそれを見て歓喜に打ち震えますわ」

「俺に、皇族に恨みでもあるのか?」

「はぁ? 恨み? そんなものある訳ないわよ。ただ私の父が、あっ、知らないと思うけど私の父はカルロ・ディアーゴ公爵よ、父が皇帝になるのは嬉しいわ、それと同様に殿下の悔しがる顔を見るのも楽しいの、だから、兵士に殿下の姉妹たちを強姦させるのよ、ただ私の楽しみの為だけに皇族が食い物にされるってぞくぞくするわぁ、まるで私が支配者になったみたい」


 悔しさで涙が溢れそうになる。だが、この糞女が喜ぶような苦痛や苦悶の表情は見せたくない。だが、既に凌辱は始まっていた。再度止めようと俺の脚は兵士に向かった。だが、また頭に衝撃を受け意識を失くした。その瞬間見たのは笑顔のロザリアだった。狂ってる!


 目が覚めると、皇族が処刑台に連れて行かれるところだった。俺は頭をロザリアの剣の柄で思いっきり小突かれたのか頭が痛い。まさか剣の刃の方では殴らないだろう。ここで殺してしまっては公開処刑の意味がない。

 先頭は皇帝、次に皇太子である俺をロープで繋ぎ、次に皇后、そして側室を繋ぎ、その後に兄弟姉妹たちが繋がれその後に親族が繋がれていった。繋ぎ終えると俺達は処刑台の壇上に連れて行かれそこに立たされたのだった。

 俺は周囲を見回す。未だカルロ・ディアーゴも、来ると聞いたアウグスト聖教の教皇アルチバルド・アウグストも処刑台の壇上には現れてはいなかった。

 俺の右側には父が立たされていた。父は受けた暴行で腫れていた顔が更に酷く腫れ上がり両目は塞がっていた。高貴な服は裂け襤褸の様になっている。既に顔から生気は失われこれから訪れる死を受け入れているようだ。

 逆側に立たされている皇后は年齢の所為で無事なようだが側室は無惨にも服が裂かれ暴行を受け顔は腫れていた。

 その先には姉と年の近い妹達、俺が気を失った後強姦されたようで生気がない。姉の服は裂かれ胸が露出していた。羞恥で胸を隠そうとしてた姉をカルロ・ディアーゴの兵士がにやけた顔で打擲し立たせ民衆に曝していた。悲痛な民衆の叫びの中に姉の裸体に愉悦し兵士の行為に賛同する声も聞こえた。

 その隣に繋がれたまだ幼い弟と妹達は幸いなことに暴行は受けてはいないようだが、泣きはらしたのか目が腫れている弟や未だに泣いている妹もいた。

 特に気に掛けていた妹のアリーナは気丈にも前方を一心不乱に見つめていた。彼女は皇族にはあまり見えない。髪は薄い紫であり目も赤くなく薄い紫だ。彼女が逃亡出来たなら皇族とは思われず普通の生活が出来ただろうに。

 何とか彼女だけでも逃がせないかと思うが、カルロ・ディアーゴの後ろには彼の衛兵がいる。彼の衛兵は全て異界からの勇者で構成されていて、この国の兵士など歯牙にもかけない強さだ。

 これは、カルロ・ディアーゴが帳簿を恣意的に改竄し、屈強な勇者を優先的に自分の部下としていたのだ。本来なら帝国が屈強な勇者を優先的に雇用する手筈だったが、カルロ・ディアーゴが秘かに召喚の館を運営する権利を得、他に勇者の情報が漏れないようにしていた為だった。カルロ・ディアーゴはずっと前から帝国の簒奪を計画していたのだろう。その為、カルロ・ディアーゴの下には屈強な勇者で構成された親衛隊が存在しているのだ。

 特に真田という勇者の武名は轟いている。


 曰く、天下無双。

 曰く、天下一品。

 曰く、鎧袖一触で敵兵を屠る。


 もし俺を後ろ手に縛ったロープが無くても俺は逃げることも戦う事も出来ず殺されるだけだろう。それ程の強さだと聞いた。


 しかし、諦めることなどできない。どこかに付け入る隙が無いか探した。


 結局、付け入る隙など見つかることなく壇上にカルロ・ディアーゴと教皇アルチバルド・アウグストが到着したのだった。

 遂に処刑が始まる。

 カルロが演説を始めた。巫山戯たことにガルネリ帝国の終焉と新たな帝国を興すことを宣言する。到底認められない。だが今の自分には否定出来ないのが悔しい。噛んだ下唇から血が流れ出たのを拭う事さえ出来なかった。


 カルロの演説など聞きたくもなく意識を脱出の手段を探すことに向けていた。もう駄目かと諦めかけた自分がいた。だが、付け入る隙が生まれた。

 突然上空で何かが爆発したのだ。

 見れば上空に光の花が浮かんでいた。直ぐに消えてはまた咲いた。今がチャンスだ。何かするには今しかない。しかし、俺にはできることなど見つからない。


「くそっ」


 声が出た、すると後ろ手に縛っていたロープが切れたのだ。やった、魔法が使える、これで戦えると歓喜し周囲を確認すると太ったアメリアと目が合った。なぜ今更太るという疑問が湧いたがそれ処ではない。

 アメリアは俺と目が合ったことに気付くと頷いた。なるほど、俺に皆を助けろというのだな。俺は魔法で父のロープを切り、伯父のロープを切った。そして少し離れた皇后の下へ向かおうとした時だった。

 突然アメリアが痙攣し始めたのだ。

 この症状は拘束魔法。雷の力で体を麻痺させ拘束する魔法だ。恐らく第六階位。魔力の強いアメリアを拘束するにはそれ程の強さの魔法が必要だ。

 ここで、アメリアと捕らえさせる訳にはいかない。アメリアまで捕まる必要などなかった。俺達を救助しに来たばかりに捕らえられる。そんなことはさせない。


「戻れ!」


 俺は第五階位の遡行魔法を使った。俺に出来る最高の魔法。時間をほんの少し戻せる。これで、アメリアは動ける、アメリアを逃がすことが出来る。

 魔法が功を奏したのかアメリアに意識が戻り俺を見た。


「逃げろ! 俺のことはいいから逃げろ!」


 叫んでいた。何かが腹に当たった。数瞬後焼けた石を腹の中に入れられたような感覚を覚えた。見れば腹は裂け腸が溢れ出ていた。未だ大丈夫。未だ助かる。俺もアメリアに続いて逃げようとした時胸に矢が刺さっていた。それを見て俺は倒れた。振り返りつつ逃げていくアメリアに俺の事は気にするなと告げるのが精一杯だった。そして俺は意識を失くしたのだった。


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