第16話 処刑
「皇帝が捕まったぞ、皇太子も。クーデターだね。明後日宮殿前の広場で一族全て皆殺しにするみたいだ。ガルネリ帝国復活の芽を摘む為に血を絶やすのが目的だ。だから巨乳ちゃんも狙われてるんだろう。死に物狂いで探すだろうな」
分かってたけど聞きたくもない情報だった。しかしなぜ、そこで笑顔になる、この勇者。人様の不幸を喜びに変えないで欲しい。
しかし、伯父ではあるが会ったことのない皇帝などどうでもよい、だけど皇太子は少し話したことのある従兄だ、少々気が重い。気掛かりなのは攫われた父の事だ。明後日一緒に処刑されるはずだ。
「首謀者は誰?」
「カルロ・ディアーゴとかいう公爵らしい。直ぐに皇帝に即位するという話だったよ」
「国教であるアウグスト聖教の教皇が即位式で戴冠させると広場の掲示板に書いてあったな」
結斗の説明を猛が捕捉した。
納得いかないことだらけだ。突然学園で勉強できなくなった。尊敬できる従兄が捕まって殺される。見たことのない伯父も殺される。父も殺される。私も血が繋がっているから殺されかけた。だけど私だけがおめおめと隣国に逃げ安穏と隠れ住むことなどできない。
「馬鹿王子、私は直ぐにエインズワース王国には行けない」
「見つかったら殺されるぞ。ディアーゴ公爵は皇帝の血筋を根絶やしにし禍根を絶ち帝位の安定を図る積りだろう。直ぐに逃げるべきだ」
「私は自分だけ逃げたら一生自分を許せない。許せないのならここで死んだほうがまし。だから伯父たちを助け出すよ」
「無理だよ」
そう呟いた結斗の表情はいつになく暗く陰っていた。
「ディアーゴ公爵を守っているのは過去に召喚された勇者達だ。勇者の魔法師は第六階位の魔法まで使える。特に俺は見たことないけどサナダとかいう勇者は過去一の強さらしい。到底勝ち目がないよ、逃げるべきだよ」
いつもお茶らけている結斗の真剣な顔は初めて見たような気がする。黒髪と黒目が似合っていて、これで軽薄でなければかなり好ましいと思っていた事だろう、残念だ。彼の言葉は私の心に響いて挫けそうになったけど行かないという選択肢は選べなかったんだ。
「そうだね一緒に逃げよう。でも私は姿を変えられるから宮殿前広場まで最後の姿を見に行くことにするわ」
「でも太った姿はテロリスト達に知られたんだろ?」
太った姿も本当の姿も知られてしまった。もうアミュレットは使えない。でもアミュレットの呪いを自力で解くことが出来た私だから何とか出来ないものだろうか。
アミュレットは他者の認識を誤認させるのであって実際に変わる訳ではない。アミュレットに刻まれた魔法陣は一定の姿に変わったように見せる術式が含まれている。だから、その姿を別の姿に変えることは出来ない。それは魔法陣を使った魔術だから。もし魔法で使えたら? 魔法には汎用性があり術式など無くある意味自由だともいえる。だとすれば、別の姿に‥‥
◇◇◇◇
処刑の当日未明、未だ皆が寝静まる中、私は一人で治療院を出た。他の誰も先の見えない戦いに引き込もうとは思わなかったから。既にこの戦いの真っただ中に放り込まれている私だけは戦わない訳にはいかない。
時間を掛けゆっくりと宮殿前広場に到着した。処刑の時刻にはまだ間があるというのにそこは沢山の民衆で溢れ広場の中央で何が行われているのかさえ目視出来ない状態であった。人をかき分け広場の奥の方へと進む。私は女性にしては背が高い方で人々の頭の隙間から漸く処刑場が確認できる位置まで来れた。それは帝国側からも私が見えにくいことを意味していて都合が良い。だが見えても構わない。
私はアミュレットを使わず魔法で容姿を誤認させようとしたのだけど、結局出来なかったからまたアミュレットを使った。恐らく変貌の魔法は高階位の魔法なのだろう。誰かに教われば可能だろう、例えば皇太子と共に来た宮廷魔術師のファツィオ・シモーニさんとかだ。しかし、既に彼も拘束されている可能性もあるし、宮殿が公爵に抑えられている現状ではシモーニさんとの接触は不可能だろう。まさかまたアミュレットのお世話になるとは思わなかったけど、この姿の方が本来の真っ白で目立つ髪の色よりだいぶましだ。
処刑場は一段高い
一時間程待つと処刑の準備が始まった。
十数名の兵士が囚人を引き連れて壇上に上がる。皇帝だと分かる服装をしたマウリリオ・デ・ガルネリを先頭に皇族が続いた。囚人となった皇族は数十名はいて、皆、後手に縛られ逃げられないように全員がロープで繋がれていた。初めて見た皇帝である伯父は力なく民衆を見回していた。睥睨するような意志の力は感じない、自然の風景をただ漠然と眺めているそんな感じだった。逆に皇太子アレッサンドロは周囲の兵士や観客を睨みつけ未だ生を諦めてなどいなかった。その横には恐らく皇后と側室が三名、更にその横には皇子達が繋がれた。まだ幼い皇子や皇女達もいる。皆が皆私と同じ髪と目の色ではなかったけど繋がりを感じる。
だが父の姿はなかった。私はほっと胸をなでおろしたのだった。
目を覆うばかりの惨状だった。この大帝国を支配していた皇帝とその一族。最早見る影もない。高貴な服は裂かれ襤褸の様になり、若い女性は強姦されたのか服は乱れ、裂けた服を辛うじて着ている者、胸が
この人達が私の親族だと思うと私だけが免れている状況を指を咥えて見ているだけの自分が許せず、これから不可能なことに挑もうとする私を奮い立たせる。
この処刑場をつぶさに見回しどう行動するかの計画を練る。
兵士は彼らの周囲を取り囲み、更にこの広場の到る所に兵士が配置されている。全員を助け出すどころか一人を助け出す事さえ無理に思えた。もし私が魔法に長けていたとしても勇者の魔法師がいて私など相手にもならないだろうし、私には武力さえもない。
どうするかと逡巡している内に壇上にはこの騒動の首謀者である貴族と思われる者達とアウグスト聖教の教皇服に身を包んだ太った男が衛兵に護衛され現れた。
「我がカルロ・ディアーゴ公爵である」
男は高らかにそう宣うと言葉を止め周囲を睥睨する。魔法で拡声しているようだ。
『我が』と男は言った。まるでみんなご存じディアーゴ公爵は俺だと言わんばかりだ。誰も知らねーよ! と言いたかったが大事の前の小事。突っ込まない。
「この度、我が、この帝国に害をなす白髪赤目の一族を退治した。我々は不当にこの一族によって使役され迫害を受け続けて来た。その歴史もここに終焉を迎えた。我が終わらせた! 」
力を籠め宣言し周囲を再度睥睨する、反応を確かめるように。
「そして、ここに新たな帝国を興し我が皇帝に即位することを宣言する。帝国の名はディアーゴ帝国。アウグスト聖教の教皇アルチバルド・アウグスト殿もこの建国を祝福しに来られている。戴冠式は後日執り行うが一般民衆は残念だが見ることは叶わぬ、許せ民衆よ」
また周囲を睥睨し反応を確認する新皇帝カルロ・ディアーゴ。望んだ通りの観衆の反応に満足したような表情を見せた。皇帝の横に立つアウグスト聖教の教皇アルチバルド・アウグストも歓喜の表情を見せている。心からこの建国を喜んでいる。つまりはこのクーデターはアウグスト聖教もグルだったという事だろう。アウグスト聖教は国教でありほとんどの帝国国民がこの宗教の信者である。クーデター後の帝国国民の人心掌握の為に皇帝カルロ・ディアーゴはアウグスト聖教を味方に引き入れたのだろう。これではガルネリ帝国の再興は、ここで元皇帝マウリリオ・デ・ガルネリやその後継者が逃げ
「者共、ディアーゴ帝国の名を心に刻み過去の名は忘れ去れ。そして今から帝国を衰退せしめ我々を不当に使役した犯罪者共の公開処刑を行う」
遂に処刑が開始される。
それに待ったをかけるように声が上がった。
「出ていけ、この反逆者共め!!」
突然静かでもない広場に男の怒声が響いた。この状況に不満のない者がいないはずがない。だが兵士に囲まれた状況ではそれは無謀であり死を意味する。男は直ぐ様兵士に取り押さえられ連行されて行く。
「反逆者というのはこの帝国を恣意的に自儘に腐敗させた前皇帝の一族達だ。我はその腐敗した帝国を健全な国へと作り替える。まずは端から首を落としていけ。一番最後に今は無きガルネリ帝国の最後の皇帝マウリリオ・デ・ガルネリだ」
歓声が沸いた。
何か妙な気がしたが連行されていく男の表情を見て理解した。どうやら男は桜だったようだ。一仕事終えたような満足そうな笑みを浮かべていた。
元皇帝マウリリオとは真逆の端から処刑は始まった。茶色い髪の男性が跪かされ首を項垂れさせられる。横に立つ兵士が刃渡り一メートルはありそうな長大なロングソードを両手で抱え振り上げる。一瞬間をおいて振り下ろされた剣は首と胴体を切り分けた。数メートルは吹き上がる血液が壇上を濡らす。どさっと崩れ落ちる数秒前まで人だった物。ゴトッと落ちた首はころころ転がる。その首は観衆の方を向いて止まる。目は見開かれまるで観衆を恨み見つめているようだった。
早く何とかしなければ皆殺されてしまう。
そう考えていた時だった。後ろ手にロープで縛られた一人の男性が頭に袋を被せられて皇帝カルロ・ディアーゴの前に引っ立てられて来たのだった。
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