第14話 テロ
「見つからないぞ」
「この教室にも居ないのか?」
「いない」
「よし、管理しやすい様に予定通り一か所に集めるぞ」
テロリストの会話が漏れ聞こえた。一番後ろの席に座る私には小声で話す会話までは聞こえないのだ。
彼らは何かを若しくは誰かを探しているのだろう。
もし、探しているのが人でその者の殺害がテロの目的なら殺害動機を隠す必要がある犯行と言える。このテロは殺害の動機を隠蔽するためのカモフラージュだということだ。この学園には現在学園を占拠してまでも殺害する対象となり得る人物が居る。皇太子アレッサンドロ・ガルネリ殿下だ。もし身内が黒幕なら殺害をテロの最中に突発的に発生したものとして殺害目的を隠蔽しようとしているのかもしれない。身内なら、例えば第二皇子を擁立する為にその関係者が第一皇子をテロに見せかけて殺害することはあり得そうだ。
だが、もし皇太子アレッサンドロ殿下の殺害でないのなら? 学園占拠の目的が皇太子殿下の拉致ならばアレッサンドロ殿下は殺害されることはなく今後政治的に利用されるだろう。
しかし、実際はどうなのか?
私に分かる訳がない。
まぁ、私の従兄なら勝手に解決してくれるでしょ、真実はいつも一つとか言いながら。頼れるお兄様だから。従兄だけど‥‥
私達は入学式の会場に全員集められた。周囲には十名以上のテロリストが囲んでいる。
だけど私はのんびりと構えていたのだ、私には関係ない事だと、暫くこの事態に目を瞑り悪漢共に従順に過ごせばこの騒動も収まるのだとこの時までは思っていたのだった。
「しかたがない、目的が大っぴらになるがこの段階までくれば目的達成に支障はないだろう」
リーダー格のテロリストが式場を見回す。探しているのはやはり人、ほぼ確実に皇太子アレッサンドロ殿下のようだ。私がいる場所からは皇太子殿下は見付けられなかった。既に隠れているのかも知れない、若しくは‥‥
「黒幕から名前は出すなと指令を受けていただろ、殺害意図が分かれば首謀者にたどり着く、あくまで偶然を装えって話だったが大丈夫なのか?」
「事ここに至れば構うまい。逆に何としてでも見つけなければ目的に支障が出る。見つかれば問題は解消する」
「そうだな。アメリア・ガルネリ、居るのは分かっている、直ぐに出てこないと一人づつ殺していくぞ」
私? 探していたのって私なの? なぜ私なのだろう。私はただ茫然とテロリストを見ていたのだった。
◇◇◇◇
私は勇敢なロックウェル公爵家の娘、エミリーよ。簡単すぎる名前だとはよく言われるわ。もう少し長めな名前つけてくれたらよかったのに。これじゃ愛称もあまり変わらないじゃない。
今あの方達はアメリア・ガルネリって言ったの?
ってあいつじゃん。
今朝会ったけどもう学園には居ないわ。教えた方が良いのかしら。
でもアメリアがいたらよかったのに。そしたらテロリストたちにむざむざと強姦された挙句殺されるのよ。これで殿下は私のものよ、初恋なんてもう忘れてらっしゃるでしょうけど。
でも、もう一人いじられキャラのアメリアがいたわね。私、この状況でもなおこの太ったおデブちゃんを虐めたくなっちゃったわ。いいこと考えた。
「ここにアメリアがいます」
私は声を張り上げ叫んだの。
「どこだ?」
「彼女です」
「誰だ?」
「アメリアです」
「‥‥豚など探してない」
ぷぷぷっぷっ、お、思わず吹き出しちゃったじゃない。相変わらず予想を覆さない弄られっぷりね、アメリア。
「えーっ」
流石に太ったアメリアも私じゃないと言いたげね。可哀そうだけど、どんどん弄るわよ。
「こいつがアメリアです、太ったんです」
ぷぷっ、そ、そんなに慌ててきょろきょろしなくてもよろしいのに。飽きたら間違いでしたって本当のことを言ってあげるから。
「私平民です、只のアメリアです。ガルネリって、そんな帝国の名前なんて付いてません」
「そうだよな、どう見たってただの平民、いや、只の豚だな、あーっはっはっ」
こ、このテロリスト、私を笑い死させるつもり? お、お腹が捩れるわ、ひーっ、も、もう勘弁して、痛い、痛いわよ。センスあるわ、このテロリスト、只者じゃないわ。同じクラスなら二人で太ったアメリアを弄り倒すのに、残念だわ。
「ほ、本当なんですって、こいつがアメリアなんですよ!」
わ、私は笑いをこらえてもう一押ししたの?
「本当か? よし、本当のことを言え、言わないとこの男を殺す」
もう洒落にならないわ、本当の事を話すべきね。
「分かったわ、私がアメリア・ガルネリよ」
な、何を仰ってるのかしらこの豚は。
あれ、太ったアメリアの姿が痩せた? あれ白髪赤目のアメリアに?
何が起こったの?
手品? マジック? 変身?
◇◇◇◇
「ここにアメリアがいます」
何を言い出すの、エミリー?
「どこだ?」
「彼女です」
「誰だ?」
「アメリアです」
「‥‥豚など探してない」
豚ってね、そりゃ確かに太ってるけども。
何かエミリー笑いをこらえてるんだけど、笑いに飢えてたのかしら。
「えーっ」
取り合えず私じゃないアピールをした。これでテロリストは気付いてくれるはずだ。
「こいつがアメリアです、太ったんです」
ばれた? すでにエミリーには気づかれていたの? 思わず私はきょろきょろと周囲を見回し反応を確認した。よし、誰も信じてない。
「私平民です、只のアメリアです。そんな国の名前なんて付いてません」
「そうだよな、どう見たってただの平民、いや、只の豚だな、あーっはっはっ」
只の豚ってね、こいつセンスないわぁ、有り得ないわ。隣を見ればなぜかお腹を抱えて笑い転げるエミリーがいた。もう笑いを堪えることもしていない。笑い声が漏れてるわよ、エミリー。
「ほ、本当なんですって、こいつがアメリアなんですよ!」
「本当か? よし、本当のことを言え、言わないとこの男を殺す」
くそっ、こうなったら正体を晒すほか彼を助けることは出来ないわ。
「分かったわ、私がアメリア・ガルネリよ」
私はアミュレットを外した。
「誰?」
「あっ! 正門付近でエミリー様と談笑していた女性だ!」
「綺麗」
「ってか巨乳!」
「なのに腰が細すぎ、嫉妬するわ」
「プラチナの髪に赤い目って彼女皇帝の一族?」
「確かに、そうよ、だってエミリー様とお話しされてたし、今だってエミリー様の隣に」
「後を付いて行きたい」
「あんた病気」
「持ち帰りたい」
「あんたも病気、病人しか居ないの、この学園」
なんかいろんな反応が面白んだけど一番面白いのはあなたよエミリー。どうして口をあんぐり開けて放心してるの? 知っていてテロリストに教えたんじゃないの? ま、まさか知らなかったの? そうか分かったわ。私を庇う為におデブちゃんを人身御供に差し出したらまさかのおデブちゃんが本人でしたという結末ね。
エミリーなんて優しいの?
でも、デブには冷たいのね。
「やはり、本人だったのか、最初から分かっていたぜ、お前がアメリア・ガルネリだってな」
「いやいや、最初信じなかったでしょ?」
「う、煩い。演技だよ、演技。ものには順序ってものがあるんだ、これ以上何か言えば打ち殺すぞ」
ちっ、何がものには順序があるよ、って意味わかんない。
「アメリア、ごめん、まさか本人だとは思わなくって」
泣きそうな顔をするエミリーに大丈夫よって小声で虚勢を張った私をテロリストは式場から連れ出した。
でもエミリー、泣きそうな顔の割に口元が笑っているのはなぜ?
私はテロリストに外に連れ出され壁際に立たされた。
「お前は直ぐに殺せって命令を受けている、魅了の呪いで操られる前にな。本当なら皆で強姦した後で殺したかったが魅了で操られるから絶対によせと言われているからな」
助かった。けど、魅了で人を操ったことなんか無いんですけど? どちらかというと迷惑を被っているだけというか‥‥
「助けて下さい」
「‥‥無理だ‥‥だが‥‥」
「早くやれ、操られてるぞ!」
「あっ、しまった! 貴様俺を操ろうとしたな!」
いや、してませんけどぉ?
そして、銃と呼ばれていた杖を私に向ける。
バンという音と共に小さな物体が飛び出して来る。魔力で強化された私の目にはそれが回転しているのが見える。魔力で思考を高速化し、
私は第五階位の重力魔法を使う。重力魔法は第五階位からしかないのだ。これを覚えられたのはただの偶然。皇太子殿下が連れて来た宮廷魔術師に教わったのだ。高い魔力と多量の魔素が必要で簡単には覚えられる魔法ではないぞと言われたが私には簡単に出来てしまった。
重力とは物質が持つ引き寄せる力から生まれる、重力が空間を歪め、恰も馬車が崖から落ちるように、物が引き寄せられるという。そして物質が高密度であればあるほど引き寄せる力が強くなる。私は回転して飛来する細長い物質の後方に、高密度の物質をイメージし魔力を集め可能な限り圧縮する。すると回転していた物質は次第に前進を止め後進し始めた。そして魔力の塊の中に落ち込み消滅した。
その後、テロリストは杖から数回物質を飛ばしたが全て高密度の魔力の塊の中に消えて行った。私は魔力の塊を動かしテロリストにぶつけていく。その瞬間テロリスト達は魔力の塊に吸い込まれ消えてしまったのだ。
もうここにはテロリストはいない。私は皆を置いて一人で逃げることにした。
彼らの目的は私だった。だから私がいなくなれば占拠する意味は無くなる。直ぐに解放されるだろう。
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