第13話 勇者

「そうだよ、俺は勇者の花沢結斗。こいつも勇者の山崎武。この女も勇者の玉木芽衣だよ、宜しくね。お兄さんは貴族の人?」

「俺はバートランド・エインズワース、隣のエインズワース王国の第二王子だよ」

「へぇ、お兄さん王族なんだ、凄いね」


 って、何が!? こいつの凄いところは毎日娼館通いする所だけよ。騙されちゃ駄目。


「えっ? 王子様なの? ボク、タイプかも。イケメンだしぃ、王子様だしぃ、白馬に乗ってそうだしぃ、その長くて赤い髪とぉ、空のような青い瞳がぁドストライクだよ」


 このボクっ娘、結人って人のストーカーだったよね? 性格破綻してない? 

 くねくねとすり寄ってるし。これでもう少し胸とお尻があれば艶っぽかったのに。馬鹿王子の好みじゃないな、うん。


「結人、芽衣ちゃんの標的認定が解除されたぞ。良かったな」

「あぁ、これで心置きなく彼女を作れるよ。芽衣、側室目指せよ」

「どうして側室よ、失礼過ぎて草、ボクは正妃を目指すよ。エインズワース王国の王妃にボクはなる!」

「海賊王みたいなこと言ってるけど彼第二王子って言ってたぞ?」


 なぜか口をあんぐりと開けて衝撃を受けているボクっ娘。


「ゆ、結人は王様になるんでしょ? ボクやっぱり結人の方が好きかも‥‥」

「いや、俺はただの勇者だし王様なんてなれる訳ないよ、よしんば成れたとしても辞退するよ、モゴモゴ(君が王妃なら)」

「なんか最後の方が良く聞こえなかったけどぉ。だったら、バートランド王子にする。第一皇子撲殺して私のバートランドを王太子にするの」


 撲殺は止めて! せめて暗殺しろよ。でもこの娘凄いわ。私でさえ覚えていなかった馬鹿王子の名前を既に記憶してるんだもの。あなどれないわ。


「頑張れ芽衣! 応援するよ」

「そうだよ芽衣ちゃん、俺も応援するぞ」

「うん、ボク頑張って撲殺する」


 いや、撲殺は止めて‥‥


「だけど大丈夫か? 芽衣はおっぱい無いから王子のタイプじゃないかもしれないじゃん」

「結斗煩い! 私にもちゃんとおっぱいあるわ! 二つも!」

「どこに?」

「ほら、ここ!」

「見えないけど?」

「男だって見えないけどあるでしょ!」

「男の胸はおっぱいとは言わないんだぜ。つまり、芽衣にはおっぱいは無いということだな」

「くっ! で、でも、王子様はおっぱい無くても大丈夫だよね? ね?」

「いや、俺巨乳派」


 再び茫然とするボクっ娘、顎が落ちそうだよ?


「いや、芽衣、未だ望みはあるぞ。人はタイプの巨乳に出会えるとは限らないんだ。巨乳の割合から言えばほとんどの巨乳派は貧乳または虚乳と結婚することになるんだ」

「そ、そうだよね、私諦めない。エインズワース王国の王妃にボクはなる!」


 そうか、漸く馬鹿王子にも春が来たか、良かったな、馬鹿王子。


「結斗がそんなに巨乳が好きならそのおデブちゃんでもいいんじゃないのか?」


 人を一山いくらのジャガイモみたいに言わないで。


「なぁ猛、おデブちゃんのおっぱいもおっぱいとは言わないんだぜ。お腹の脂肪と変わらないだろ? 夢も希望も詰まってないんだ」


 はぁ? 夢も希望も乳腺だって詰まってるわぁ!


「結斗、鑑定スキル持ってたよな? おデブちゃんのおっぱい何カップか鑑定してみてくれよ」

「え~~? それ無意味じゃね? まぁいいか、気乗りしないけど。鑑定‥‥えっ!? て、帝国の御姫様でしたか? へへぇー」


 そこ、土下座しない。汚れるよ?


「お姫様?」

「皇帝の姪だって。痩せてたら彼女にしたのに。その醜い体じゃね。う~ん、顔もねぇ、なんだかなぁ、残念だよねぇ、側室にするにしても十三番目かな?」


 醜いって。もうデリカシーとか思い遣りとか気使いとか気配りとか温情とか全部まとめて異世界に忘れて来たんじゃないの? こっちも女衒の側室にはならないわよ。


「良かった、アメリアたんは僕が嫁に貰うから安心してね」


 煩い、馬鹿王子。なんだよ『たん』って?


「えっ、デブ専?」


 ・・・・



 ◇◇◇◇



 癪に障るわ、あのアメリア。でも私の席の太ったアメリアは今日はお休みかしら。からかい甲斐のある娘なのに。また今日も弄り倒して楽しく一日を過ごしたいわ、そうすれば一日が早く終わり殿下にすぐにお会いできるのに。毎日私を見て頂ければ皇后の座はもう目の前よ。


「お、おはようございます」


 遅かったのね、消え入りそうな声、気弱そうな表情、反論しない性格、虐めたくなる要素満載ね。


「あら、ご機嫌よう。今日は遅かったのね。便秘?」


 勿論そうでしょうよ。それだけ太ってたら出るものも出ないでお腹の中はうんこの貯蔵庫と化していることでしょうよ。


「いえ、朝から住まわせていただいている治療院の手伝いをして遅くなったんです」

「あら、あなた治療院手伝ってるの? 貧乏だと大変ね、朝から仕事してそれから授業だなんて」

「はい、大変ですが、貧乏なので働かないと食べていけないんです」


 それだけ太っていて食べていけないってどれだけエンゲル係数高いのかしら。脂肪を養うのも大変なのね。


「そう、頑張ってね」

「はい」


 おデブの割に頑張り屋さんなのね。いえ、おデブが頑張らないとかいう意味ではないの。あら、先生がいらっしゃったみたい。


 あら? だけど入って来られたのは誰? 三人もいらっしゃったけど先生ではなかったわ。


「お前ら席に着け、今日は特別授業だ。静かにしろ」


 なんか居丈高な先生ね、でも特別授業って何かしら。お三方共に何か棒の様な物を持ってるのだけど授業で使うのかしら? それと、もう少し声量を落としていただけないかしら、耳が痛いわ。いえ、言われたくないことを言われたのではないのよ、まじで。


 教室はがやがやとした騒ぎが収まらない、騒然とした状態が続いているわ。先生達もお困りのようすよ。すると突然棒が爆発したのよ、バンって。先生たちお怒りよ。私驚いちゃった。みんなも驚いたはずよ。隣のおデブちゃんは驚き過ぎて体重が十キロくらい減ったんじゃないかしら。

 その直ぐ後に人が倒れたの。

 見れば体から血を流しているじゃない? あの爆発が原因? ま、まさか爆裂魔法? いえ、爆裂魔法の威力があんなに小さい訳が無いわ。まぁ、倒れたのは平民だから良いのだけど。


「この銃の威力が分かったか? 遅れた世界の住人でもこの銃の威力が分かっただろ?」


 遅れた世界? どういう意味? 意味は分からないのだけれどもあの棒が銃という名前だという事と爆裂魔法に比較して威力が小さいということは分かったわ。でも人は殺せるのね。攻撃魔法の魔法陣を刻印した魔法の杖かしら? 私賢いから分かってしまったの。皆さんもお分かりになったかしら、心配だわ。 


「我々はテロリストだ、この学園を占拠する」


 何宣ってらっしゃるのかしら? 偉そうだわ、この方達。でも少し怖いわ。

 隣を見れば太ったアメリアはなぜか平然としていて何ら不安も恐怖も感じてないように見えるわ。おデブさん総身に恐怖が回りかねてるのかしら? 太っている分、肝も太っているから肝が据わっていらっしゃるのね? 良く分かったわ。でもやっぱりくそったれの白髪アメリアがいるのだからこのアメリアは太ったアメリアと形容詞を付けて名前を呼ぶべきよね、私って天才? まぁ、自覚はあるわ。



 ◇◇◇◇



 テロリストに占拠されたというのになぜだかエミリーは私の横でほくそ笑んでいる。何が嬉しいのか良く分からない。けれど流石私の幼馴染、肝が据わっている、この状況で笑えるなんて。何て器が大きいのだろう。彼女の性格の良さがそれを裏付けている。

 そうこうしている内に漸く静かになった生徒達とは裏腹に騒がしくなるテロリスト達。別動隊がこの教室に入って来て元からいたテロリストに何か告げたかと思えばまるで喧嘩しているように怒鳴り合う。焦ったような表情が占拠の目的達成に障害が発生したことを物語る。

 クラスの皆は落ち着きなく苛立ち、それでも会話する事も愚痴を言う事もテロリストによって禁じられている状況では如何どうする事も出来ず、只不満が表情に現れるだけだった。だというのにテロリスト達はエミリーに不安も不満も恐怖さえ与えることは出来ていない。流石ロックウェル公爵の御息女不動のエミリーだ。彼女の心は風の無い日の湖面の様に静かで波立たせる事など何人なんぴとにも出来ないのであろう。だからこそ『不動』の二つ名を私はこっそりと彼女に送ろう。私だけが彼女を『不動のエミリー』と呼べるのだ。私の信頼し合える友人の一人だ。

 騒然とする教室の中で私はこっそりとエミリーに尊敬の眼差しを向けていたのだった。









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