第12話 妄想癖の女達

 私の名前はメアリー・ロックウェル、ロックウェル公爵家の娘、お嬢様よ。私は自分の容姿に自信があるの、誰にも負けないとの自負もあるわ。だというのに、今朝、とんでもなく嫌なものを見せられたわ。ここ数年見なかったのに私の目は清らかだったというのに腐りそうよ。早く愛おしい皇太子殿下にお目にかかって目の保養をさせていただかないといけないわ。だって、未来の私の旦那様だから。私こそがこのガルネリ帝国皇帝の妃に相応しいの。全ての帝国民が、いえ、この世の全て人々が私こそが皇后にふさわしいと常日頃から思っているの。

 誰よ!

 お前のこと世界中の殆どの人が知らないぞって言ったの! 出てきなさい!

 出て来れる訳ないわよね。だってそんなこと言う人、この世にはいらっしゃらないのだから。

 話が逸れちゃったわ。あのアメリアよ。皇帝の姪だというのをいいことにカランドレッリ公爵の嫡男のクリフォードに大怪我を負わせてお咎めなしってどういうことよ。まぁ、その後父親が皇帝暗殺の容疑で一緒にとんずらしちゃったのには腹を抱えて大笑いしたわ。漸く溜飲が下がったの。ざまぁ見ろって感じよ。

 だと言うのに私に会いに来るなんて、何の脅迫よ! そのまま逃げ続けていればよかったのに、学園を守っている衛兵さんが捕まえてくれれば良かったのに。

 気分が悪いから将来の旦那様、皇太子殿下を探さなくっちゃ。あの女の老人の白髪の様な髪、それにあの赤い目、気持ち悪いったら無いわ。兎じゃないんだから。もう勘弁してよ、朝から嫌なもの見せないでよ‥‥って考え事してたら殿下と目が合ったわ。まぁ、殿下ったら朝から私を見つめていらっしゃったのね、私があまりにも美しいから。でもあまり見つめられると照れちゃいますわ、殿下。早く挨拶をしないと‥‥


「殿下、ご機嫌よう。本日も眉目麗しいですわ」

「あ、ああ、おはよう」


 なんか引き攣っていらっしゃいますが当然ですわね。分かってますわよ、私があまりにも綺麗で気後れされていらっしゃるのですね。

 そのプラチナの髪、素敵ですわ、好き!

 その赤い目も、まるでルビーのようですわ、好き!

 あの女とは全然違いますわ。あの女殺す!


「どうされたのですか? 私があまりにも美しいからとはいえ、ずっと見つめられると照れちゃいますわ」

「いや、従妹と話していただろ。何の話をしていたのかなと思ってな」

「朝から嫌なものを見て御気分が優れないのですね。お察しいたします。だから私を見て口直しをされていたのですね。いえ、目直しでしょうか? お気が済むまでお続け下さい。いくらご覧になられても私の美は損なわれませんのよ」


 将来の嫁だからとここでキスされても構いませんの、でもそれは恥ずかしいから口には出せませんわ。でも人気のないところでしたら構いませんよ、で・ん・か。何ならここでもよろしいのですが、結婚前だからと遠慮されていらっしゃるのですね。そんな謙虚なところも好き。


「あ、ありがとう、先行くよ」

「あ、そんなに早く行かれなくても‥‥」


 なんかビビッてらっしゃてるみたいだったけど気のせいね。

 もう照れ屋さんなんだから。

 あぁ、結婚式が楽しみだわ。でもその前に殿下からの告白タイムね。殿下ははにかんで少し照れながら『好きだ、結婚しよう』って告白するの。きゃーっ! 私は少し考える振りをするの。それからおもむろに下から上目づかいに殿下を見上げて『はい』って返事をするのよ。殿下も私の上目遣いにコロッと逝っちゃうわ。そしてベッドで‥‥もう予習は完璧よ。いつでも告白宜しくてよ、殿下。私は殿下の背中にそう語りかけたのよ。


「あれ殿下、どうされたのですか? 震えてますが」

「悪寒が少しな。変なものにでも魅入られたかな? そんなわけないか、風邪かな」


 えっ、殿下がお風邪を? それなら放課後フルーツ持ってお見舞いに行かなくっちゃ。そしたら殿下が『一人で寂しかったんだ』って私を抱きしめて‥‥


 あぁ、興奮しちゃう、早く放課後にならないかしら。ま、まさかアメリアまでお見舞いに行かないわよね? 殿下の初恋はアメリアだって噂があるのよ。アメリアだけは近づけちゃ駄目。でも、あんな気持ちの悪い白髪なんですもの、殿下だって『うえっ』って吐きそうになること請け合いよ。目だって吸血鬼か? って位赤いし、まぁ吸血鬼なんて見たことないけど。ほんと、ずっと逃亡してればよかったのに‥‥



 ◇◇◇◇



 早く学園に行かなくちゃいけないのに見慣れない容貌の人達が治療に訪れた。まだ私はアミュレットを装着してないというのに、焦る。


「どこ怪我しました? 今先生呼んできますね」


 朝も早く先生は未だ二階の自宅にいるようだ。


「あれ? 巨大な胸部装甲の美人ちゃんだよ! 見て見ろ猛、俺もろタイプ。ねぇ、彼氏いるの? マック行かない? ってマックないのか。でも君美人だね、いくつ?遊びに行こうよ? 僕君に惚れちゃったかも」


 それはただの呪いですよ。また馬鹿登場? ここ馬鹿の集会場なの?

 

「結斗、どこでもナンパするなよ。芽衣ちゃんの怪我治療してもらいに来たんだろ?」

 何処でもナンパしてるのね。でも馬鹿な女が惚れちゃったりするんでしょうね。性格良さそうだし、明るいし、屈託のない笑顔が素敵だし‥‥って馬鹿な女って私じゃないでしょうね?


「結斗、他の女ナンパしないで!」


 怪我をしていたのは気と独占欲が強そうな棒の様に細身で黒髪黒目の女性だった。あんな性格の人を嫁にしたら多妻は夢のまた夢ね。


「何だよ芽衣。お前はこの世界で知り合っただけのただの知人だろ。なぜ彼女面するんだ? そのうえ、独占欲丸出しって、ストーカーだぞ。刑務所へ一名様ご案内ってやつだぞ」

「だって愛してるって言ったでしょ、ボクの目を見て無言で」


 無言でって、それじゃ愛してるって言ってないだろ、私は突っ込まずにはいられなかった。この人、本物?


「それはお前の歯にネギがついてたから見てただけだろ。都合よく解釈するとこなんてストーカー以外の何物でもないぞ。お前はストーカー二段だ。早急にやめろ」


 この人の気持ち良く分かるわぁ、私が男にこれだけ付き纏われたら隣のエインズワース王国に逃げてる自信があるわよ。


「まぁまぁ、結人、それ位で勘弁してやれよ。芽衣ちゃんだって悪気は無いんだ」

「いや、悪気が無い分余計に悪いだろ。悪気があったら少しは自分の行為を省みるよ」

「確かにね。だけど芽衣ちゃんに悪意が芽生えたら結人は殺されちゃうかもな」

「殺さないよ、だって、結人はボクの彼なんだからね。もう将来も約束してるんだ」

「って、いつだよ。いつ約束した? ってかその前にいつお前の彼氏になった?」

「怖!!」


 何この人達? 変な集団ね? 


「先生呼んできますね。ではごゆっくり。先生、急患です」

「えぇー、もう行っちゃうの? 僕寂しいなぁ」

「ゆ、結人!? ほんとに殺されちゃうぞ、あんまり刺激するなよ」


 もう絶対関わりたくない集団だわ。特にあの女の子、変な黒い靄が掛かってるし。呪い?


 私は自分の部屋まで戻りアミュレットを装着して一階の治療院へ戻る。よし、デブ降臨っと。


「いらっしゃいませ」


 初めて会った振りするわよ。


「あれ? 先程の巨乳ちゃんは?」


 胸しか見てないのかよ! どんだけ只の脂肪に夢と希望と幻想を抱いてんだか。


「もう帰られましたよ。もう来られないと思いますよ」一生。

「え~、もっと話したかったのになぁ、あんな美人元の世界にはいなかったよ、残念。彼女次はいつ出勤するの? だって『いらっしゃいませ』って言ってたからこの病院の人でしょ?」

「いえ、治療に来られてた患者さんですよ。私が降りて来る迄代わっていただいてたんです。もう一生病気しないと言われてたのでもう一生来られないと思いますよ」

「一生かぁ、そうなんだ、僕悲しい。でも、君、す~んごいデブだね。でも希望持ちなよ。世の中にはデブ専っという奇特な方もいるからね」


 煩い、夢も希望も持ってるわ。


「結斗、太った人にデブって言っちゃ駄目だよ」


 何気にこの大男も辛辣、大男過ぎてデリカシーが口まで届かないのかしら。


「そうだな、猛。ごめんよ、おデブちゃん」


 なんか、謝罪になっていないんだけどぉ。ちゃんを付ければ酷いこと言って良いって言うルールでもあるの?

 

「もしかして君たち召喚の館の人達?」


 娼館の館の人達か。さすが馬鹿王子、毎日遊びに行くからこの人達の素性が分かったのね。だとすればこのお嬢ちゃんは独占欲の強いストーカー娼婦ね。男達は女衒と言ったところかしら。

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