第11話 帰宅
「パパいる?」
帝都からそれほど遠くないとはいえ、父が心配で馬車のたった数十分をもどかしいと感じた。家に漸く到着すると焦りながら玄関を開け思わず叫んでしまった。当然いつもの様にお帰りと返事が来るものだと思っていた。しかし、家の中はしんとしていてまるでここはずっと人が住んでいなかった家の様だ。何かが腐ったような
「おい、パパって、子供か! 姫に有るまじき呼称だな」
「煩い、うちはずっと平民なのよ! この馬鹿王子」
「いや、平民なら不敬罪で処罰するよ、アメリア姫」
くっ、何も言い返せない、負けた。悔しい、こんな馬鹿に負けるなんて、私ってどれほど馬鹿なの?
「どうやら手遅れだったようだな」
最後に入ってきた皇太子アレッサンドロ殿下が低めのバリトンでシリアスに呟いた。直ぐに状況を理解してくれる。この期に及んで人の言葉の揚げ足を取って喜んでいる馬鹿王子とは一味も二味も違う、流石我が従兄だ。
「宮殿に帰って皇帝に今後のことを相談してみる。恐らく一連の事件の黒幕であるカルロ・ディアーゴ公爵の仕業だが、捕縛するだけの証拠がないのが現状だ。どうなることか判断着かぬ。だが叔父上は殺されてはおらぬだろう。何かに役に立つかもしれぬからな」
「うん、分かってるわ。希望は捨てない」
「おい、敬語はどうした? 俺は皇太子だぞ」
「従兄でしょ? 硬いこと言わない」
「俺の嫁は権力者だったのだな」
「誰が絶倫娼館男の供物になったのよ!」
「アメリア姫、それ酷くない?」
全ての部屋を隈無く調べる、逃亡中だと認識していてどこにも行くはずがない父がやはり家の何処にもいなかった。父が誘拐されたことを確信し落ち込んだ。
だけど、父の事は心配だったが、所詮ただの学生に出来ることなど無く治療院の部屋に帰ることにした。
「ただいま」
「ただいま」
ん?
「どうして、娼館野郎も来るのよ、スケベ国にでも帰ったら?」
「仕方ないだろ。こんな綺麗な人を見たらだれでも入院を続けるぞ?」
「先生、退院希望患者です」
「アメリア君、王子を追い出すわけにはいかないよ。君いつ痩せたの? 顔も変わってない?」
「元からですよ。でも太ってる方が良いなら太りますよ」
変態王子もうざかったのでまた太ることにしてアミュレットを付けた。明日も学校だし。
「何で元に戻ったの?」
残念がる馬鹿王子。
「馬鹿王子が煩わしかったからよ。理解しろ」
「太った君が言うとなぜだかイラっとするよ」
それはお前がデブが嫌いなだけだろ。
◇◇◇◇
「皇太子殿下、カルロ・ディアーゴ公爵は知らぬ存ぜぬで屋敷の中への官憲の立ち入りを拒んでます。証拠もないのでここが限界でしょう」
「御苦労、グロンキ副官。今日は学園に登校するから何かあったら学園迄誰か寄こしてくれ」
「承知しました、殿下」
翌朝宮殿でグロンキ副官からの報告を受けたが結果は芳しくはなかった。
結局、皇帝暗殺未遂犯の首謀者だと見做していたカルロ・ディアーゴ公爵の帝都屋敷での叔父の捜索は本人の了承が得られなかった為できなかった。だが、拒んだということはそこに見せてはならぬものが存在するということだ。つまり、叔父上が隠されていたのだと推測できる。既に、皇帝暗殺未遂の黒幕は叔父上ではなくカルロだと我々が理解しているとカルロ本人も気づいていることだろう。つまり、証人としての価値は無くなったということだ。だが人質としての価値がまだ残っている。その価値がある限り殺されまい。
馬車に乗り学園に向かう。馬車の中はいつもの様にごとごとと少々煩い。だが、思い出すのは昨日の事だ。アミュレットを取ったアメリアは綺麗だった。
高い身長に小さな顔と大きな尻はバランスが良く、まるで彫刻の神の様なスタイルに思えた。それにあの胸は
だが、昨日の帰りに同行していた宮廷魔術師のファツィオ・シモーニに訊いた。
「え? アメリア様は魅了の呪いになど呪われてませんよ。もともとお綺麗でしたのでそんな噂が立ったのでしょう」
「噂?」
「はい、只の噂です」
ファツィオ・シモーニはそう言ったが俺のこの症状は呪い以外の何物でもないと思える。そもそも、昨日初めて成長したアメリアを見たというのに、未だあれから半日程しか経っていないというのに、この気持ちは説明がつかない。呪いと言わずしてなんというのか?
「只の一目ぼれでしょう」
俺の前の席に座っていた執事が呟いた。
「え?」
・・・・こいつ人の考えが分かるのか?
宮殿からは十五分ほどで学園に到着する。馬車を降りるといつもと違ってなぜか騒がしい。騒動の中心方向を見ると人だかりが出来ている。今日は普通の日で何ら行事の予定はないというのに。
「何かあったのか?」
「ほら、あれ」
立ち止まっている知人を見つけて訊いてみる。すると俺の方も見ずに答えるものだから、失礼だなと感じながらも俺もそいつの見ている方向を見た。そこには容姿を変えていない従妹のアメリアがいた。朝日を浴びて輝く銀色の髪、はじけんばかりの笑顔を時折見せながら俺も知り合いであるロックウェル公爵の息女メアリーと話し込んでいた。二人を見た生徒たちがひそひそと噂話に花を咲かせている。
「誰だ、あの女性? 知ってる?」
「いや、だけど、なんて美しい。プラチナの髪が輝いてるよ」
「うん、オーラが違うよ」
「胸デカいな」
「お前、むっつりだな」
「目が離せない。くっ、胸が痛い。恋かな?」
「心臓の病気だよ。治療院行きなよ」
「あの髪とあの目の色って王族じゃないのか? 殿下と同じ色だぞ」
「皇太子殿下の知り合い? 話してるのは公爵様の御息女だし」
「メアリー様だろ? 美人二人だと絵になるなぁ」
「あの輪の中に入りてぇ!」
「心外だが、お前と同意見だ」
「珍しく気があったな」
「俺は連れて帰りたいよ」
「お前病気だろ? 監獄行け。俺は跡を付けて家を確かめたい」
「お前もな」
これは不味い状況だ。俺はアメリアに駆け寄った。
「アメリア、アミュレットはどうした?」
俺は耳元でそっと呟いた。
「あれ殿下、おはよ、朝からどうしたの?」
「変身しなくていいのか?」
「だって、父の容疑は晴れたんでしょ? もうする必要ないって」
「いや、そもそもお前が変身してたのって魅了の呪いを防ぐためだろ?」
「‥‥あ! そうだったわね。私帰るわ、エミリーまたね」
「早く行け」
俺はアメリアの姿を他の男の目に晒したくなくて、呪いになど侵されていないと知っていながら魅了の呪いだと嘘を吐いた。今日の放課後にでも誤解を解こう。いや、暫くは‥‥、いや、婚約の後でも‥‥
◇◇◇◇
アミュレットの目的を父の容疑が晴れた喜びで失念していた。私は父が捕縛されるのを防ぐ為に呪いのアミュレットで容姿を変えていたのだけど、そもそも魅了の呪いを打ち消すためにアミュレットをしていたのだった。
兎に角失敗だった。だがメアリーに会って話せたのは良かった。綺麗で優しくて性格が素直で純粋で相変わらず良い娘だった。話していると楽しい。時間を忘れる。また会いたい。学園には太った容姿で行かないと混乱するけどメアリーにはそのうち真実を打ち明けるつもりだ。
でも皇太子の忠告は役に立った。体に悪いところでもあれば私の治癒魔法で治療してあげよう。従兄だし。しかし、宮殿には宮廷魔術師がいるだろうから第五階位の治癒魔術くらいは使えるだろうから私など何の役にも立たないかもしれない。
私は足早に治療院へと向かう。早急にアミュレットを付けないと魅了の呪いに侵される被害者が続出してしまう。
「お帰りぃ。早かったね。今日は綺麗だね。そんな君に会えて心臓はバクバク言ってるよ」
「まだ居たの馬鹿王子? 私に会えて嬉しいのはただの呪いよ。早くお国へ帰らないと呪われるわよ。それと心臓は未だ病気が完治してないんじゃないの? 治療院行ったら、ここ以外の」
「なんか歯に衣着せなくなっちゃったね。それに俺の主治医は君だろ? 前の君は太ってはいたけど辛辣ではなかったよ。でも、今の君なら辛辣でもオッケーさ」
「安心して今からでっぷりと太るから。それに治療は他の医者当たってね」
「性格悪いよ」
「馬鹿王子は太ってるって馬鹿にするでしょ。デリカシーの欠片も無い位性根曲がってるしお互い様よ」
「あれは君が太っていたから言ったんだよ、正直に」
「正直は時に害悪よ。デリカシーに欠ける。太ってる人に太ってるって言ったら駄目なのよ。それに今の私に言わないのは単に下心があるからよ」
「良く喋るようになったね?」
「馬鹿に馬鹿だと分からせる必要があるからよ」
早く国に帰って。
「すみません、怪我直してほしいのですが」
「いらっしゃいませぇ」
治療院でこの挨拶は良いのかしら? でも誰? なんか見ない顔。知らない顔というより種族が違う? と言った方が正しいような。いえ、もっと根源的な?
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