第9話 露見

 変な太った女に告白された。

 図書室で本を読んでいただけなのに、いつもの様に告白タイム。綺麗な人、そうでもない人、巨乳な人、そうでもない人、身長の高い人、低い人、毎度様々な女性が告白しに来る。もう飽きた。告白されても付き合えない。軽薄だと思われる。だって、俺には相手を決める権利などないのだから。


 今日の告白相手は初めての経験だった。

 そう、こんな太った告白相手は初めてというより、普通に見たことが無い程太っていたのだ。かなり裕福な育ちでなければこれだけ太ることは不可能だろう。貴族なのだなと思った。奥の方にはこの女子を見守る? というより見物する女子たちがいたのだけど見たことがある貴族の息女、ロックウェル公爵家の息女メアリーがいたのだ。だからあの子も貴族なのだろう。


 顔は良くというか全く見えなかった、ずっと下を向いていたのだから。

 ただ一つ気になった。

 体全体を包み込む魔力? いや呪い?

 これは一度感じたことがある。

 あの違法奴隷商マーゴットファミリーへの捜査中に目撃した逃げていく二人組。その内の一人。彼女も太っていた。同様に太っていた二人が同様のオーラを体全体から醸し出していた。これが他人なわけがない。同一人物だ。そして、彼女を目の前にして気付いた。身体強化の魔法ではなく認識誤認の呪いだということに。彼女は呪いでこの姿になっている。魔法で蛙に変えられた物語の中の王子の様に。


 だから告白を受けて「ごめんね。隠し事の多い人とは付き合えないんだ」といった。本当の姿が分からないんじゃ付き合えない。

 本当の姿が分かったとしても俺の妻は政治的に有用でなければ選べないので仕方がないのだが。そして選ぶのは皇帝の我が父だからだ。でも、本当の姿には興味があった。



 ◇◇◇◇



「あれ、まだ居たの?」


 もう馬鹿王子には敬語は不要だと決めて普通に話している。普通に不敬罪だな。


「失礼だな、敬語はどうした? でも仕方がないか。太り過ぎて顎まで二重三重で重いから文字数多いと疲れるよね」


 こいつ殺す、いつか絶対殺す。娼館で梅毒移されて鼻がもげたらいいのに。


「今日も娼館行って来たの?」

「ああ、勿論だ。俺の仕事だからな」


 娼婦で遊ぶのが仕事ってどれだけ子供作って遺産相続で揉めさせようとしてんのよ。もうエインズワース王国終わったな。


「良い娘いたの?」

「勿論だ。今度の攻撃力は半端ないぞぉ。直ぐに送金を国に依頼した。入り次第国に連れて帰る。それまで俺はここで安静に暮らすんだ。病人だからな」


 攻撃力半端無いって何? おっぱいデカいの? どんだけデカいのよ、牛? 牛なの? こいつが即位したらもうスケベ王国って改名した方がいいわ。

 それだけ元気ならもう全快したでしょ? 宿に移ってよ。


「邪魔するぞ」


 って誰よ邪魔しないでしょ。

 って間違えた。患者さんが入って来たのだ。ここは丁寧に。一見どこか貴族風ってか貴族? 金を持ってそうで先生も喜ぶだろう。


「診察ですか? あちらが診察室です。今、他に患者さんいらっしゃらないのですぐ診察できますよ。こちらにどうぞ」

「いや、貴様に用がある」

「えっ、私に? どちら様でしょう?」


 見たことが無い男だ、年の頃は私とあまり変わらない。もしかして父のことがばれたのだろうか、いやそれにしては年齢が若い。護衛を二人連れているところを見ると貴族には違いないだろうけど私の素性がばれる訳が無いし父の件でもなさそうだし。プラチナの髪と赤眼、既視感があるのだけど、父と同じだ。希少だけど全く居ないという訳ではないし。


「は? 覚えてないのか?」

「殆ど、というか全然、初めましてですよね?」

「はぁ、顔も知らない相手に告白したのか?」


 って告白相手ですか!?

 でもなぜここに? ストーカーにジョブチェンジしました?

 逃げてもいいですか?


「え? 何君ぃ? おデブちゃんに告白されたの? え? ぷぷぷ、君も災難だったね。意に添わぬ相手に告白され精神的苦痛を被ったとして慰謝料請求するの? 彼女金ないよ? 出せるのは脂汗位だよ? いいの?」


 この馬鹿王子誰がおデブちゃんだよ、言うに事欠いて出せるのは脂汗位って、普通の汗も出せるわ! お前の首を絞めて油汗流させてあげようかしら。いや、もう娼館でもらった梅毒で簀巻きにされて川に流されたらいいんだわ。


「誰だ君は? 一見貴族のようだがデリカシーに欠ける発言は見過ごせないぞ」


 いいぞ、もっと言ってやれ、あなたは私の味方ね。もっと言って欲しいけど相手は一国の王子様よ、不敬罪で捕まってしまうわ。止めた方が良いのかしら。


「ふん、聞いて驚け! 私はエインズワース王国の第二王子バートランドだ。崇め奉ってもいいぞ」


 何だ第二王子か、エインズワース王国救われたな。でも誰も崇め奉らないと思うよ。だけど早く謝った方がいいよ、告白相手さん。


「お前は俺を見たことが無いのか?」


 あら、強気、もう不敬罪確定ね。


「はい?・・・・あっ! 皇太子アレッサンドロ殿下でしたか、まさかの。へへーっ崇め奉りまするぅ」


 土下座して崇め奉っちゃったよ、この人。しかし、皇太子殿下だったか。こりゃ私も不敬罪だわ。まさかの皇太子殿下に告白するとか。上級貴族の娘のエミリーが知らない訳ないわよね。完璧にやられた! 恥をかかされるだけかと思ったら不敬罪での逮捕を目論んでいたのね。


「交代子? 何と交代するの?」


 取り合えず馬鹿の振りでごまかした。


「馬鹿なのかお前は? 太り過ぎて知恵が総身に回りかねたのか?」

「はい馬鹿でぇ~すぅ」

「お前新入生代表の挨拶してただろ? 目立ってたぞ、馬鹿なわけがあるか」


 見ていらっしゃたのですか、そうですか。

 不敬罪で捕まっても平民の振りをすれば被害が父までは及ばないはずだ。私は大人しく両手を差し出した。


「お前、容姿を偽っているだろ? 魔道具か? 呪具か?」


 やはりバレていたようだ、だが、未だ誤魔化せる。


「御存じでしたか。私はこの呪いのアミュレットで外見が変えられてしまったのです。でもあまり変わりませんけど」

「呪具か。外せないんだよな」

「はい。国教であるアウグスト聖教の教皇にも外せないという話です」

「そうか、俺が外す方法を探してみよう」

「ありがとうございます」


 嘘を吐いた。だって教皇には外せるはずだ。だが相手は皇太子、教皇でさえ連れて来れるだろう。若しくは私を連れて行くだろう。教皇にも外せないのだとすれば時間が稼げる。

 遠くへ逃げるか? 簡単には教皇にも解けない呪いが解ける人など見つからない、はず。解呪できる人が見つかったら逃げよう。どこかの外国で匿ってくれると来ないかしら。

 ピコーン!

 閃いた。

 この馬鹿王子を頼ろう。

 馬鹿王子のエインズワース王国に治癒師として赴こう。開業資金は馬鹿王子に出してもらおうかな。でも、私デブだからな、無理かな? 美人なら直ぐに出資してくれるのだろうけど、愛人は嫌だしな。


「それはそうと、貴様、我々帝国組織犯罪対策班がマーゴットファミリーの馬車を襲撃する現場にいたな? 貴様が逃げていくところを目撃した」


 えっ、それもバレてるの?

 見られたかもとは思っていたのだけど、まさか私を特定して来るとは。

 この皇子まさか優秀?


「何の事でしょう。奴隷の事なんて知りませんけど」

「語るに落ちるとはこのことだな、俺は奴隷などと一言でも漏らしてないが」

「しまった、誘導尋問かぁ!」

「いや、俺は何も誘導してないぞ、貴様が自爆しただけだ」


 じ、自爆だったのか、くそっ。


「逮捕するんですか?」

「まぁ、犯罪者ではないから逮捕などしない。事情を聴きたいだけだ」

「分かりました、暫く待ってもらえますか? あと五十年位」


 それだけ経てば父も亡くなっているだろう。


「阿保か! 良くて一週間だ」

「やっぱりそうですよね」


 一週間では何もできない。二人だといった。ジョナサンの事も知られる。すると芋づる式に父までたどり着く可能性が高い。方法が思いつかない。こうなったら私が消えるしかない。やはりエインズワース王国に逃げるか。馬鹿王子にお願いするのは癪だけど‥‥


「では、俺は帰る。待つのは一週間だ。そのアミュレットを外す方法を探してみるが期待するな。早く本来の姿が見たいものだ、ふふん」


 いえ、逃げますから何も期待しないでください。


「ねぇ馬鹿王子、お願いがあるの」

「はぁ、馬鹿王子と呼ぶやつのお願いを聞くわけないよ」


 しまった、いつも心の中でそう呼んでるから、いざという時に口を突いて出てしまった。


「失言でした。お願いがあるのです、私を御国で匿っていただけないでしょうか?」

「痩せてから言ってね。君を匿える広い豚小屋などないよ」


 ぶ、豚小屋って! ここは我慢よ、我慢。


「どうしても連れて行ってはいただけないのでしょうか?」

「お前が俺に惚れたのは分かる。だが、俺のタイプは巨乳美人だ」


 惚れてねぇし。


「私も巨乳ですよ」

「お前のはただの脂肪だ、太った男とどこが違うんだ?」


 くそぉーこの野郎ぉー、こうなったら‥‥


「だったら、壁の幽霊はどうですか? 彼女なら連れて行けるでしょ?」

「壁の幽霊? そうだね、彼女なら幽霊でも構わないよ」


 こうなったら素顔晒して幽霊の振りして‥‥って無理だよぉ、計画的にぃ、あ、そうだ!!


「私はあなたの主治医も同然。お国に連れて行けば再発しても大丈夫、私が治します」

「再発の危険があるのか?」

「当然です、どんな病気も再発は恐ろしいものです」

「そうか、再発かぁ」


 嘘だよ、知らねぇーよ。再発するかなんて。


「今すぐは無理だよ。金が本国から送られてきた後で召喚の館から連れて帰る者達がいるからね」


 げっ、者達って、いったい何人娼婦を囲う積りだよ。良かった、太ってて。


「まさか、本日も娼館へ行かれたのですか?」

「当然だよ、俺の仕事だ!」


 自分が屑だとそんなに堂々と宣言しなくったって。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る