第7話 完治、〇〇しよう

 そうだ、蝙蝠の飛行方法を応用すれば何とかなるのではないかと閃いた。

 蝙蝠は人には聞こえない声を出しそれが帰って来る時間が速ければ近くに物があり、遅ければ遠くに物があると分かると書いてあった。つまり見えなくても、ある程度は風景が分かるらしい。

 その応用だ。つまり第一階位の感知魔法だ。周囲の状況も分かる、体の中も分かるかもしれない。更に第三階位の感知魔法を使えれば更に詳しく分かるかもしれない。

 心臓の解剖図は数多の書籍に描かれてあった。だから、どこが悪いの分かるかもしれない。出来ないかもしれない。だが何もせずただ死にゆく王子を見ているだけなのは辛い、結局私は自分勝手なのだろう、自分の心を慰める為だけに王子を治療しようとしている、出来もしないのに。だけどやらなければ後悔するだけだ、やってみよう。


 私は王子の手をどけて自分の手を彼の左胸の上に置いて魔力をそのまま放出した。


「何をしているんだ?」

「少し静かにしてもらえますか」


 問い掛ける先生を黙らせ集中する。反響を確認するが良く分からない。蝙蝠にだって出来るのだ私に出来ない訳がない。

 駄目か? 諦めかけたがもう一度魔力を放出して集中する。

 ある程度は分かるが大まか過ぎて病巣までは分からない。


「先生、第三階位の感知魔法を教えてもらえないでしょうか」

「第一階位の感知魔法が出来るなら簡単だよ、第二も第三階位も単に放出する魔力の密度を高く、そして強くすれば良いだけだよ。ただ、広範囲に高密度の魔力を放出する第四階位の感知魔法は難しいけどね」

「なるほど。やってみます。内部を見通せ、より強力により緻密に」


 私は、魔力の放出を緻密に高出力にして病巣を探した。


 見つけた。


 微かに帰って来た魔力で王子の心臓の形が分かった。私には見たものを瞬時に記憶できる能力がある、正常な心臓の形は記憶している。それと比較した時の違いを見つけたのだ。違いを修正すれば恐らく治る。これで治らなければどうしようもできない。

 心臓には四個の袋がある、その下の方の左右の袋の壁に本来存在すべきではない穴が開いていた。そして二つの袋の間を血液が行ったり来たりしていて順調に流れていないといった印象だった。この壁の欠損を治せば恐らく完治する、かもしれない。


「増殖しろ」


 私はそこの細胞が増え穴が塞がるように治癒魔法を掛けた。壁がゆっくりと塞がっていく。第一階位だから遅い、時間がかかる、だが確実に塞がっていく。治癒と感知の魔法の併用だから凄く疲れる。感覚的に数時間経ったような気がするが時計は十数分しか経っていなかったが、そこで漸く心臓の壁は塞がった。

 心臓から手を放し集中していた気持ちを開放する。ふぅっとため息が出た。

 王子には既に苦悶の表情は無く安らかな寝息と共に暫くは味わえなかったであろう深い睡眠を貪っているようだった。


「な、何をした? 王子はどうなった? 治ったのか?」


 狼狽えながら問う先生を、先生でも狼狽えることがあるんだなと妙なことに感心しながら見ていると再度催促され私は事の経緯を説明した。


「そんなことが可能なのか? そもそもよく心臓の構造を知っていたな」

「ええ、私、一度見たものは忘れないので」


 解剖学の書籍は貴族の間では良く購入されている書籍であり当然うちにも置いてあったのが幸いした。解剖学の進化が日常の様に有り触れた戦争のお陰だというのが納得いかないが、この時ばかりは戦争に感謝した。


 王子はぐっすりお休み中だが治療院へ来る患者は少数だが後を絶たない。なぜならここの先生は治療費をあまり取らないからだ。累進治療費とか言って貴族からは高額な治療費を徴収し貧乏人からは僅かばかりの治療費を請求する。無ければツケも受け付けている。ある時払いだ。貧乏人にとっては神の様な先生だった。


 夕食を食べ一息つきそろそろ寝ようかという時に王子が目を覚ました。


「ん? 痛くない、痛くないぞ!! 治ったのか?」


 気勢を上げる王子、その表情はまるで小さな子供の様に喜色満面で落ち着きが無い。


「どうかしました?」

「治ったんだろ? 痛くないんだ、だから、嬉しいんだ。こんなスッキリした気持ちは生まれて初めてかもしれない」


 先生の質問に答える王子は妙にテンションが高かった。酒でも飲んでるの? と言いたかったが言えば不敬罪で首ちょんぱだ。とても言えない。ちょんぱされれば私は今月の給金がもらえなくなる、不経済だ。


「この娘が治療したんですよ」

「ほ、本当か? まだ子供だろう。評判の先生より凄いとは将来有望だな」


 お前も子供だろ! と突っ込みたかったが言えば不敬罪で以下同分。

 まぁ、成人してはいるのだろうけど。


「ええ、将来は帝国に仕官して宮廷魔術師になれるかもしれませんね」

「凄い少女だな、まぁ体格も凄いが、そんなに太ってなければ俺が側室として迎えるのだが」


 ぐさっ!! 刺さった! 私の心臓に! 心臓を治療したお返しに私の心臓に言葉の刃をぶっ刺すとはこの王子は屑だ。くそっ!

 心に刺さる今日の一言。痩せててもお前の側室なんかにはならないわよ。

 例え正室であったとしても嫁ぎたくはない。


「まぁ、痩せてたとしてもその器量じゃな、あはは」


 ぐさっ!!! 本日二度目のぐさっ!!

 例え私が痩せていたとしても、たとえ私が器量良しだったとしてもあんたにゃ嫁がない、絶対だ! くそっ! って言うか、こんなデリカシーの欠片もないやつに嫁ぐやつがいるのか? ああ、政略結婚というやつですね、嫁ぐ女性が可哀そうだわ。


「さぁ、王子、うちの従業員の事など放っておいて美人で器量良しの高級娼婦と遊ぶ夢でも見ながらお休みください」


 先生も呆れて王子を寝かそうとしてくれる、有り難い。


「そうだな。この帝都には美人や高スペックの者たちがいる召喚の館があるそうだな」


 やっぱりあるんだ娼館の館。って館が重複してるよ。阿呆だなこの王子。


「御存じでしたか。そうなんですよ召喚が流行っているようですね」


 そりゃ、人類最古の職業とも言われている訳で最近流行った訳ではないと思うのですが‥‥


「召喚の館で一人と言わず才能豊かな美人でも連れて帰ろうかなと思っているんだよ。それがずっと僕の夢だったんだ、心臓が治った今なら夢がかなう」


 良かったですね、娼館の女の一人や二人、お国へ連れて帰ってください、可愛そうに、娼婦が。


「良かったですね」

「これで夢がかなうよ、ありがとう、太った少女」


 太ったは余計だよ!


「君にもいつか君を好きだと言ってくれる人が現れるから、夢を捨てるなよ!」


 捨ててませんが!?


「じゃあ、僕はもうひと眠りするよ、綺麗な女性の夢でも見ながらね」


 永遠に寝てろ! 

 先生は別の患者に掛かったので私は王子の眉を墨で太くしてあげた。眉間に文字も入れたかったが思いついた文字がこの世のものとは思えず諦めた。四角書いて、下の線を消して、中にバツを二つ描いたような文字だった。何て読むんだろ?


 とは言え流石は王子様、肩まで伸ばした真っ赤な野性味あふれる髪がまるで歴戦の戦士のように見え素直に見惚れてしまう。看取れたら良かったのに‥‥

 今は見えない目元涼しげな碧く切れ長の眼は凛としていて自信に溢れ思わず惚れそうになった。ホント、惚れなくて良かったわぁ。


 治療院の三階にある自分の部屋に戻ると『認識誤認』の魔法陣が刻まれたアミュレットを外し本来の自分に戻る。憎かったプラチナの髪と赤い目もアミュレットのお陰で少しは好きになれたのかもしれない。


 ▼△▼


 翌日授業を終えて治療院に戻ると阿保王子はいた、まだいた。


「おかえりぃ~」


 軽薄、軽くて薄い挨拶。これで隣国エインズワース王国は大丈夫なのだろうかと訝しむ。革命が起こればいいのに‥‥

 皇帝が何とかしてくれるだろう。皇帝が一言『こいつ以外を王にしろ』と命じればそうせざるを得ない。属国だから。大丈夫だろう。まぁ、庶民の私には全く関係のない話だ。


「あれ? まだお帰りになってなかったんですか? 王子が居なくてお国は大丈夫ですか?」

「僕が居なくても国には優秀な兄弟も家臣もいるからね」

「そうですよね、いない方が何かと‥‥」

「君、何気に冷たいよね、それだけ太っていて体は熱いんでしょ、熱い言葉を掛けてよ」


 自分言葉が面白かったのか猿の様にキャッキャキャッキャと手を叩いて大笑いする馬鹿王子。


「熱いのが良いなら熱湯でもかけましょうか、頭から?」


 しまった、つい本音が。不敬罪? 私は恐る恐る王子の顔を見る。相変わらずキャッキャキャッキャと腹を抱えて笑って死にそうになっていた。死ねばいいのに‥‥

 聞いちゃいねぇ、聞けよ、むしろ拝聴しろ。でも良かった。


「熱湯掛けるとか不敬罪だな」


 聞いてましたか‥‥


「申し訳ございません」


 神妙に謝った。


「まぁ、許して進ぜよう。太っているから総身に知恵が回らないのであろう」


 一言余計よ!


 でも器は大きいの? 馬鹿なのか器が大きいのか分からない王子だわ。大きい方に一票入れとこ。私は大きい方をトイレに産み落とさないと。


「王子様、もう完治しました、退院しませんか?」

「まだ嫌だ、それよりどこ行くんだ?」

「トイレですけど」

「それだけ太ってれば出すものも大きいのであろう。溢れさせるなよ」


 糞っ! 酷い! 何気に悪魔! まぁ、出すのも糞だけど。


「ところで、娼館に行く夢は叶いましたか? でもまだ体が治ったばかりですので無理はなさらぬようお願いします」


 酷くなったら私が大変だから。


「あぁ、召喚の館へは昼間行って来たぞ」

「ひ、昼間からですか? お好きですね?」


 何てスケベなやつ、馬鹿でスケベって二重苦じゃない?


「なかなかの拾い者が居てな、スペックもかなり良かったよ。一人国へ連れて帰ることにした」


 おお、流石ドスケベ馬鹿王子、既に一人お国へ連れて帰るの見つけたの? でもスペックって何? 巨乳のGカップでもいたのかしら。お国の将来は不安だらけでしょうね。


「そ、それはようございましたね」

「お前もなぁ、もう少し、いやもっと、いや半分くらい痩せてたら、いやそれに加えて器量良しなら医者としてわが国で雇ってあげても良かったのだがなぁ」


 なにそれ? 妻でも側室でもなく、痩せてて器量が良くても医者どまり? 痩せてて器量が良くてもこっちからお断りだわ。

 もう呆れかえり、ごゆっくりぃと返し自分の部屋に戻りお風呂に向かった。そうなのだ、この治療院には患者さんの為にもお風呂がある。二日に一回は私も使える。当然アミュレットは外す。そうしないと体の輪郭が分からないからだ。外せなかったらどうやって洗えば良かったのだろう? 勘か? 勘で洗うのか? 外せてよかった。


 ゆっくりと湯船につかる。お風呂ってまるで魔法だ、一日の疲れが取れるような気がする。貿易商で働き始めた頃から育ち始めた胸はぷかっと湯船に浮かぶほど育ってしまった。当然それ以上に太って見せているので誰もそれに気が付かない。少しは自慢したいとは思うけど我慢だ。お腹も見せ掛けの太った体とは違い細く贅肉など無い、無いったら無い。お尻も大きく育ってしまったが、まぁ、許容範囲だと妥協する。どうか垂れませんようにと願わずにはいられない。

 あの馬鹿王子に言ったら手遅れだよと言われそうだ。考えただけでムカついた。

 お風呂から出て自分の部屋へ戻る途中何かにぶつかった。

 何?

 馬鹿王子だった。

 や、やばい! 誰にも会わないと思っていたからアミュレットを外したままだ。今更つけると余計にややこしい。

 何事もなければ良いのだけど‥‥













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