第4話 救出

 嘗ては宮廷魔術師だった為か、帝国内の様々な国から先生目当てに貴族や王族が治療にやって来たりする。低い階位の魔法しか使えないと自称するものの先生は多くの魔法が使えた。だがその殆どは低い階位の魔法だった。私は先生から殆ど第一階位だったけどある程度の魔法は教えてもらった。

 階位は第一階位から始まり上がっていく。つまり第一階位は一番簡単な魔法だということだ。

 魔法陣が刻まれた護符などの魔道具が必要な魔術は魔道具が高価で教わらなかった。だけど魔術は魔道具と相応の魔力があれば発動できるので教わる必要はないらしい。魔法で水を氷に出来なくても、凍れと命じる魔法陣があれば魔力を流すだけで水を凍らせることが出来る、それが魔術だと教わった。作る過程を魔道具が担ってくれるらしい。



 △▼△▼



 今年私は十四歳になった。あれから二年経過し私は力を付けた。そして遂に貿易商とは名ばかりの、いや奴隷の貿易が商売なので貿易商には違いないのだけれども、私が働く違法奴隷商を壊滅に追い込め得る情報を手に入れた。なんと、奴隷商が急遽明晩奴隷を外国に出荷するというのだ。予定外でありその計画は杜撰な点も多々あり付け入る隙があった。奴隷は倉庫街の貿易商の事務所から少々離れた所にある倉庫に集められている。その場所は情報にはなかったのだが貿易商の倉庫で使用されていない場所を調査したら直ぐに判明した。この貿易商で働いていたからこそ判明し得たのだたと言える。これでこの貿易商も終わりだと意気込み奴隷の出荷時間と場所を憲兵に知らせることにしたのだ。長年働いて来たのだが貿易商に対しての罪悪感や感慨はなかった。


「さっきおじさんがこの紙をへーたいさんに渡してってお願いされたのぉ。ん? わたしぃ? 良く分からない、ばかだからぁ? みなしごだから孤児院にいるのぉ? 阿保って言われるのぉ?」


 何も知らない阿呆な子供の振りをして憲兵の詰所に居た憲兵に情報を書いた紙を渡す。


「どれどれぇ‥‥ん!! おい、これを見ろ、タレコミだ。明晩奴隷商のマーゴットファミリーが誘拐して集めた奴隷を国外に出荷するらしい。直ぐに上に報告しに行け」

「はっ、直ちに!」


 敬礼するや否や若い憲兵は乗馬して去って行った。恐らく宮殿へ向かったのだろう。って、マーゴットファミリーって何? 私は貿易商の名前しか書いてないのだけど‥‥


 紙には出荷時間と場所を書き時間厳守だと記載した、早過ぎても遅過ぎても駄目だと追記、なので恐らく守ってくれるだろう。


 ▼△▼△


 逮捕劇を見物しようと一時間前から倉庫が見える場所に私は隠れる。裏通りであることもあり既に通りを歩く人などいない。午後十一時が出荷の時間だが、この時間は丁度憲兵の巡回の間隙を縫う時間であり、違法な事をするには一番安全な時間だと言える。

 周囲は虫の声さえ聞こえる程静かだ。だが、まだ一時間もあるというのに突然周囲が騒がしくなった。まさか憲兵が時間厳守の約束を破り早めに来たのかと思いきや奴隷商が動き出していたのだった。


「誰だよ、チクったの」

「分からん。だが、憲兵に味方がいて良かったよ。さぁ、憲兵が来る前に出発するぞ」


 まさか憲兵隊内部に裏切り者がいるとは予想外だった。これでは憲兵が間に合わないかもしれない。私は為す術なく見守るしかないのかと諦めかけた。


 いや、為す術ない事などない。


 あれ以来、殆ど第一階位だけど、魔法を教えてもらい鍛錬を怠らなかった。私なら何とかできるはずだ。いや私が何とかしなければならない、私しかいないのだから。やらぬ後悔よりやる後悔だ、据え膳食わずに後悔するより食って後悔しろって誰かが言ってた。お腹空いてたら食べるよね。

 憲兵が間に合えば良いのだけど、私が時間厳守だと書いたのだ、誰も責められない、私以外は。少し後悔した。


 直ぐに馬車も出てきた。荷台が広めの荷馬車だ、恐らくあれに奴隷を乗せているのだろう。


「中を見通せ」


 私は第一階位の感知魔法を使った、簡単な第一階位の魔法だ。おそよ十メートル内の近場だけだが人の存在を知ることが出来る。

 予想通り、馬車の中には十数人がぎゅうぎゅうに押し込められている状態だった、奴隷に違いない。

 馬車の周囲には馬車を囲むように十人ほどの屈強な男達、恐らく傭兵ギルドか暗殺ギルドのメンバーだろう。皆が皆、腰にマチェットや剣を携えている。背中に巨大なバスターソードを背負っている者もいる。一筋縄ではいかない。非力な私には勝算は無かった。しかし、それは膂力で対抗する場合だ。私には勝算があった。


「ぐっすりお眠りなさい」


 これも第一階位の睡眠魔法で眠気を強める。だから、全く眠くない者には効果が無い魔法。こんな時間だからこそ効果は高いのだ。

 数秒後、馬車は動きを止めた。最初に御者が眠ったらしい、座っているのだから当然か。


「おい、どうした? ‥‥な、何か眠い‥ぞ‥」


 御者に駆け寄った護衛がそこで力尽き倒れた。気が付けば誰も立っていなかった。恐らく、皆過激な重労働でお疲れだったのでしょう。成功だ。これで憲兵も間に合って奴隷も開放されるだろう。

 よし、帰ろう。踵を返した時だった。


「こらぁ! 出てきやがれぇ!!」


 突然の怒声に振り返る。予想外の驚愕に心臓がバクバク言っている。

 馬車から大男が出て来て怒鳴ったのだった。しかも、少女の首に刃渡り五十センチ以上ありそうな巨大なマチェットを当てていた。

 出て行かなければ見せしめに少女は殺されてしまうだろう。

 ヒーローなら「少女を放せ」と登場し悪人に嬲り殺されるパターンだ。

 だけど私はヒーローではないので勿論出て行かない。少女には尊い犠牲になってもらおう。


「そこにいるのは分かっているぞ、魔法を使っただろ? 出てこないと子指から順番に切り落とすぞ」


 うっ、痛そう。私なら耐えられない。でも私でなくて良かった。

 女の子は涙が溢れているのに健気にも口は噤んだままだ。悲鳴さえ上げない。


「さっさと眠れ」


 もう一度睡眠魔法を掛けるが、興奮状態の人間に第一階位の睡眠魔法など効くはずもなかった。


「出て来ないな。まず一本目だ」


 そう言ってマチェットを左手の小指に当てる。

 男は小指に当てたマチェットをにやけた顔でゆっくりと引き始めた。血が滴る。愉悦に浸る偏執的な男。表情が醜く歪んでいる。少女を害することに喜びを感じるのだろう。

 遂に少女の指から血が溢れ始めた。


「ほら、もうすぐ落ちるぞ」


 くそっ、逃げよう。


「待って、今出るから」


 気が付くと私は大男の前に立っていた。なぜ?


「何だ、ガキ、ってデブじゃねぇーか。デブ専いたかな? デブなんて誰も買わないか? だったらここで死んどけ」


 勝手なことを独り言ちる大男、誰がデブだ! って私だったよ。


「死ぬなんて嫌です。それにデブデブって煩いでぶ、って噛んじゃったじゃない!」


 思わず大男の前に飛び出した。人質の命は奴隷だから殺さなくても私の事は殺すのだろうと漠然と考えていた。どうしよう。


「こっち来い」


 そう言ってマチェットを私に向けて私に命令する。

 今だ。


「しゃがんで!」


 そう言うや否や私は魔法を発動させる。


「炎に魔枯れろ!」


 これは第一と第三階位魔法のアレンジ。第一階位魔法の炎魔法と私が覚えた数少ない第三階位魔法の魔素吸収魔法の合わせ技だ。それは炎で攻撃しながら体内の魔素を吸収し魔力を枯れさせる魔法だ。

死にはしないが魔素欠乏と火傷で暫くは動けないだろう。


 終わった。


 安堵し、ふぅっと溜息を吐く。

 さぁ、後は憲兵隊の仕事だ、帰ろうと踵を返す私。


「熱いだろうがよ、絶対殺す、殺す、殺す」


 と微かに聞こえる程度の皺枯れた怨嗟の声。

 起き上がって来た大男がマチェットを振り上げて私に向かって走って来ていた。


 しまった、殺される。


 しかし、男は躓いたのか、それとも先程の魔法が聞いたのか倒れて動かなくなった。

 あわや死ぬところだった、ひやりとしたと胸を撫でおろしたのも束の間、倉庫から別の男が出てきたのだ。新手の護衛? 不味い。


「全員倒れているじゃないか」


 私は身構えその男を見るが暗がりで良く見えない。


「照らせ」


 これまた第一階位魔法の照射魔法。使うと辺りが明るくなる。


「え? ジョナサン? どうしてここに?」


 そこにいたのは家宰のジョナサンだった。


「お嬢様が心配だったからに決まっているじゃないですか」


 ジョナサンには昨日直接情報を伝えていた。一人で大丈夫だと言っていたのに心配性のジョナサン、心の底では来てくれるとは思っていた。

 照明の下で大男の背中を見るとナイフが刺さっていた。


「これジョナサンが?」


 私はナイフを指差す。


「ええ、やはり私が来て正解だったようですね。お嬢様もまだまだですね」


 何か得意げに私をこき下ろすジョナサン、何か悔しい。なぜだか無性に。恐らく良い所を見せたかったのに見せることが出来なかった悔しさなのだろう。


 その頃漸く集団が到着したのに気が付いた。憲兵隊だ。


「お嬢様早く隠れましょう」

「了解」


 ジョナサンはさっさと壁を飛び越えて行ってしまった。私もこんな見た目ではあるが本当はほっそりしているので壁を何とか乗り越えて隠れた。恐らく見られてはいないだろう。恐らく‥‥


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